メッセージが来た件

物心ついたときには鉄道が好きでした。
でも写真を撮りにいく訳でも乗るわけでも作るわけでも買い集めるわけでもない。
祖母か誰かが買ってくれた鉄道図鑑みたいな本を宝のように抱えて・・・
父親はその本に限らず私がなにかを大事にしていると認めるとこれ見よがしにごみ箱に投げ捨てるような人だった。
父の前で私は、楽しんではいけなかった。
自分の楽しみは隠れて気づかれずにできることである必要があった。
例えば車両形式の振り方にはルールがある事を発見するとその法則に美しさみたいなものを感じてどんどん覚えていく・・覚え系だ。
その、目の前に並んだものの法則や隠れた意味を読み取り愛でるということは、実はクラシック音楽を聴くという事の中にも大きく存在します。クラシック音楽ってそういう要素を非常に強く持っていて求める人間にこたえるところがあるんですね。
鉄道趣味と音楽鑑賞なんて全然違うもののようですが、私の中では一本の同じレールに乗ったもののようで非常にすんなりと移行できたような記憶があります。

またふらっとよってみた
6402.png
大井川鉄道の本陣みたいなところで休む3両のSL。
皆今日も仕事をしたんだろう、まだ煙突には陽炎が登って下の方からは蒸気が漏れ出てる。
青いのはトーマスでしょう?
赤いのは初めて見た・・C56じゃないこれ?
これもなんか名前があるんだろう。きっと子供に大人気なんだろうね。
鉄道会社は切符を売らなきゃ商売にならないし乗ってくれそうな層を狙って攻めていくのは当然でしょう。
昔を懐かしんだり憧れる世代はどんどん減ってゆく・・そもそもSLなんか知らない世代にもう孫がいるんだから・・
こんなことを書いていたら思い出した。

私の祖父はどうも機関士をやっていたらしい。SLの運転手さんというやつだ。
関東大震災の話は聞いたけど、機関士な話は一度もできなかった。
10人兄弟くらいの末っ子にできた孫が私なので曾祖父みたいな年齢差でイメージもないけれど、
祖父はかなり血の気の多い人で周囲と衝突し曲げることをしなかったし、「最近の若い者は情けない」が口癖だったという。
亡くなる間際にお前に伝えたいことがあると枕元に私を呼び、
「どんなことがあってもなにくそと思って乗り越えろ」と言われたのを思い出した。
私の頭がいかれ、世の中全員が私を知っており嗚咽とつばをかけてくると感じるようになったのはそのすぐあと。
ブログだからこう書くけれど私自身は私の頭がいかれたとは思っていなくて全部事実だという認識から逃れられない。
心が腐っていたので自分は大学へは行かないなんて思っていたある日、
いいからいけ!っという強いメッセージというか声ではない声を聞いた気がした。
同時に亡くなった祖父ことが頭に浮かんでいた。
不思議とそこで考えが変わり私は進学した。

いまそのことを思い出してここに書いてみただけで私の中に少し強気な心が戻ってきたりするんですね。
それで急にたちあがって、よし楽器やりに行くぞなんつってスタジオに電話したりして・・


https://www.youtube.com/watch?v=jm-Iwi3zVWY
全然関係ないけれど、この曲。
穏やかな気持ちで。

学生となり、時期が来ると私も就職活動を行った。
何だかわからないけれど形式に乗ってまず企業訪問、人事部長さんにアポイントを取って・・・
しかし情けないことに人間と接する経験を避けてきた自分は不安につぶされそうになった。
目的地へ向かう列車の中で不安はどんどん増大し、悲鳴でも出したいくらいになったその時急に
「怒られに行くわけじゃないのに何でおまえが下がってる必要があるんだ堂々としていろ」
みたいな何かが自分の中に入ってきた。
不思議なことにその瞬間から自分でも驚きの強気なポジティブ思考が充満し、先ほどまでの不安やうつ状態は消え失せていた。
自己催眠みたいなものか、討ち入りにでも行くような勢いで胸を張って肩を揺らして歩いた記憶がある。
その勢いで向かった訪問先では・・・・今考えれば訳の分かんないのが一生懸命になってるのを大きな心で受け止めていただけたのだと思うけれど・・充実したやり取りができ(たと思った)非常に大きな自信になった。
その最初にいただいた自信はそれ以降の私を大きく助けてくれた。もしかすると20年以上たった今へもつながっているかもしれない。
あの列車の中での不思議な体験のときも、ふと祖父のことが頭に浮かんだ。

結局就職活動は全敗で、何とか逃げ込んだ先は睡眠時間は仕事をせず会社へ迷惑をかけている時間だと洗脳するようなブラック企業だった。
ある日、他の人間とはちょっと違う経緯でそこにいた後輩に「俺何かおかしいと思うんだよ今夜逃げようと思う」と止められる前提でこぼしたら、
あんたなんでもっと早く気が付かないの?もっと早く逃げるべきでしょ馬鹿じゃないの?
くらいなことを言いだして笑った。
それから半日、彼は何事もなかったかのように私や周囲の人間の間で仕事をしてくれた。
その晩私は夜逃げをし、何百キロか逃げた先で活動後正気に戻りその後正式に退社の処理をした。
これは不思議な声じゃなくてあいつだけど。

就活のさなかに生まれた異常なほど自信満々な私の臨時人格は、その後も現れて主に仕事の面で私を助けてくれた。
時々暴走しすぎてまずいことになったりもあったけれど。
大変ありがたいことにいい人に助けられたり長年やって実態的な経験や自信を積んだため、今あるこの仕事用人格があの時の偽すごい奴と同じなのかはわからない。

ずっとあの自信満々第2自分みたいなのがいてくれれば人生も変わったかもしれないけれど、そうはさせてくれず普段はオリジナルな超自信不足の私が支配している。
しかし私が高齢ニートみたいになってないのは時々でてきて助けてくれるその第2人格のおかげかもしれません。

最近私は自分は自分で自分を悪く考え押し込めようとしていることに気付いている。
この記事を書き始めた時も自分自身で自分を貶めていた。
これを書き祖父のことを思い出していこう気分が変わり、ハッピーにはならないにしろ、前へ上へ、進めないものかと考える気持ちが何となくある。
そのこと自体、どこかから私へのしっかりしなさいというメッセージじゃないかと思う。

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こんなものも見た。
子供の頃、SLといえば大井川鉄道か国鉄の山口線で、貴婦人と呼ばれたC57の1号機・・カレンダーとか筆箱とかあの写真だらけだったような。
大井川鉄道はよそで引退いしたいろんな車両を譲り受けるんだけれど、使わず腐らせてしまう事も結構あるらしい。
厳しい経営状況で、いろいろあるんだろう。

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展望車・・
この車両、SLに合わせて古めかしい化粧がしてあるけれど、大阪万博の頃に登場した近代の客車を改造しものなので、そういう目で見れば色々おかしいというか微笑ましい。
ハープやテューバを含む4管編成のオーケストラでバッハをやるみたいな感じ。

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しばらくここから動いてないのね。
超絶スターを支え頑張ってきたんだよね。
疲れちゃったでしょう。
しばらくゆっくり休んで。

6401.jpg
ふと見れば月・・
満月だなぁ・・

この車両、全く覚えや思い入れがないので調べると1988年ころに改造されたようだった。
私がクラシックに目覚めたのが87年頃。
ちょうど私が鉄道を避けようとしていた頃に頑張って働いてたんだね。

お疲れさん。
でもまだ終わったわけじゃないよね。
俺も終わんないし。


この記事もいろんなことをさんざん書いた挙句に他人様に見せられる内容じゃないと削除することを繰り返しました。
それは自分からの自分に対するメッセージだったと思う。

Tag:フォーレ  Trackback:0 comment:8 

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クラシック音楽が好きです。

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