山の上

11月に入っても花を見せてくれた朝顔。
嬉しいね。
ありがとう。

雨降って来てるのになにやってんの?
早く家に入りますよ!
この日は天気も悪いうえに次の日朝から苦手で嫌なことから逃げられない事実に負けて気分停滞。
昼飯でもと行ってみた店では店員とのやり取りで不愉快な思いをする。
落ち着いてみると因果応報の文字も頭に浮かんできた。
ここで感情に任せた行動をとれば、自分が同じ目に合うかもしれない。
後日であるが、私もあるお客さんへの対応にまずい点があることに気付かされた。
振り返ると、あの前にあったあれは警告だったのかな?
なんて思うことが時々ある。
何か起こったら怒ってないで冷静に先の自分を見た方がいいかもしれない。
ホームセンターで嫁さんがいろいろ買い物をして。
このまま帰るじゃあんまりだけど、
でももうすぐ日が沈むのに今更ドライブったって・・
山にでも登るか。

ここは山の稜線を走る観光道路のちょっとした展望台というか広場みたいなところ。
この場所は家からよく見えて夜になれば夜景を見に来た車のヘッドライトの明かりが見えるし、たまにカメラのフラッシュが見えたりもする。
車の運転ができない子供のころ、遠くに見えるここは手の届かない異次元的憧れの場所だった。
自転車を引いてここを目指し登ったはいいけどたどり着けなかった思い出・・
あー富士山少し見えてきた・・
https://www.youtube.com/watch?time_continue=530&v=9Psr7qr5Lx8
先日モーツァルトのジュピターを聴いてたら2楽章のあたりで何となく雲の上というか天国の音楽みたいだなとかと思ったりして。
モーツァルトはあんまりというかほとんど聴かない作曲家なのでカテゴリも作ってなかった。
モーツァルトは聴かないけれど「ワルターのモーツァルト」というのが自分の中で独立したカテゴリみたいになっちゃっててそれは結構好き。
3つほどあったどの記事にもワルターのモーツァルトなんて今時聴いてると笑われるかみたいなことを書いていた。別に誰に笑われても関係ないよね考えてみりゃ。
そろそろほかの曲も聴いてみればいいと感じられるんじゃないかとニ短調のピアノ協奏曲をかけてはみたけれど、ピアノが出てくる前に止めちゃった。
家からここが見えるということは

ここから私の家も見えるわけで、あの光の中に私の家もある。
双眼鏡で見ると空の上みたいなところからから自分の家が細かいところまで見えて面白い。
また少し走って別な展望所へ

今は藪に埋もれて途中からなくなってしまっているけれど家のそばから山へ向かって登っていく古い道、
多分このあたりへ出るんじゃないかと思う。
日が傾いて桃色富士山。

いいねー夕日。
あれはさった峠とか三保、日本平も見えてる?

見てると富士山一瞬で雲に隠れちゃったりするのね。
もうだめかと思うとまたぽっと顔を出していたりする。
見られるかどうかはタイミング次第。
昔、海の向こうに見えた利尻岳が忘れられず何度も稚内に通ったりした。
行くと雨が降って何度行っても全然見られなかったのはきっと何かのメッセージなんだろうと思う。
遠くから来た人は雲で富士山いなくてもあきらめないで粘ると見えたりするのかも。
帰り道、おでんでも買うかとコンビニによったら若いお兄さんの対応がものすごく良くて気持ちがよかった。
妙に気取った店で嫌な思いをすることがあるけれど、何の期待もないこんなところで去り際にありがとう!と言いたくて仕方がないような対応に遭遇することもある。
いいこともあるのか。
家に帰ると

また夜まで咲いて見せてくれていた。
いいこともあるよね。