妙な思いこみ

人間の意識って単一のものじゃなくていくつか並行して存在するものが互いに影響しあって全体を作っていると思う。今朝起きるとそのうちのいくつかは停止した状態なようでいつもと違う意識の自分だった。
うだうだ嘆いたようなことをブログに書いたりしているのを非常にみっともなく情けない・・と本気で感じてた。
時間がたってくると寝てた意識が起きてくるのかいつもの自分に戻る。
あの時間にはなんかヒントがあるし、自分を変えようと思うなら寝ぼけてるうちかもなぁ。

嫁さんが口に出したお店へいった。
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光の演出が多用されて・・
私はこのお店にあんまり盛り上がらないんだけど、
嫁さんが気に入っているみたいだし嫁さんの記念日だから。

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なんかいい感じですかね。
私的になんかしっくりこないのはなんでかな?
多分お店じゃなくて私のせい?

車で店の前までやってきて駐車場へ入ろうとすると威張ったようなでっかい車が散々切り替えしていた。
シーソーみたいに何度も前後した挙句ちょうど白線の上にまたがったまま終了。
体のでっかいおっさんだった。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=1898&v=AculPJcCOcI
なんか威張ってるでしょこの人。
でも多分ただの酔っぱらい。
威張ったようなというのは私の意識が勝手に作り出したもので実際どうかはわからない。
事実としてあったのは駐車場が狭かったこととでっかい車の運転手がへたくそだったという事だけ。

おしゃれ店のパスタは量が女性基準で単品だとひもじい思いをするという思い込みが・・
大盛にしていいかな?とか言ったら嫁に怒られた。
実際はもう年も取ってきて食べる量も減っているはずなのに、20年くらい前の足りなくてひもじかった記憶がいまだに支配しているのね。

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写真で伝わるかわからないけどこのサラダはすごくでっかい。
これはすごい。
そういえば以前来たときにもそんなことを思ったような記憶がかすかに・・結構来てないなここ。

私は多分前回食べたパスタについて味が好みに合わなかった記憶があった。
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のに多分また同じの頼んじゃった。
牛乳と生クリームがそのまま出てきたような味にちょっと。
でもきっと他の系統はおいしんだろう、今度他のにしてみよう。

嫁さんも多分前回とおんなじの。
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和風スープ仕立て
なんだけど蕎麦みたいだよね。
土鍋に見えるお皿とか・・お皿も愛でるとこなんでしょうね。

この店を最初に教えてくれたのは昔通っていた床屋のお姉さんだった。
自分より年上だと思っていたけれど、同い年くらいだったのかもしれない。
実際行ったのはここじゃなくて別なところにある姉妹店だった。
おいしかったという記憶もあるけれど、どこかに教えてもらった以上は行って感想とお礼を言わなければならない・・しなければならない・・みたいなのに支配されているところがあったような気もする。
床屋でも話しかけるなオーラを噴射しているので無言で終わることが多い私に毎回笑顔でいろんな話をしてくれるのは仕事上のツールとしてだったんだろうけど、ストレスを感じることもなく適当に楽しい時間をくれた。
話すことは楽しかったはずなのにそのうち別な店を探してしまったのもいつもの自分な感じか。

2度目にこのお店を教えてくれた人にはそこ知ってるよと言えず、初めて聴いて嬉しいみたいな反応をした。
そしてまたすぐに行ってとてもいいお店でしたみたいなことを伝えたり。
私がこの店にあまり行こうと思わなかったり、いまここでなんかわさわさしてんのはそのあたりだろう。
その人と今どうなっていようがそれは今の私やこの店とは何の関係もないことで全く考慮する必要はない。
なのにわさわさだけが残って意識や行動を支配してんのか。
あほか。
そういうのばっかり。

最初は記念日みたいなときに何度か行ったレストランに行くつもりだった。
でも行ってみたら看板が変わって焼鳥屋になってた。
そこはいつ行ってもイタリアンレストランだったけれど実際お店は何度か入れ替わってたと思う。
行くたびに違ったかも。発展的にもっと街の中心へ出て勝負してやるってのもあったかもしれないし、単に行き詰って終わっちゃったのもあったろう。この前のは後者だろうな。若い人が何人かで夢をかなえてたんだと思うけど金払う方には夢とか関係ないもんね。
でっかいサラダと、ゆっくり時間をかけて食べたおかげでおなかもいっぱい。
周りから嫌な感じの会話も聞こえてこない。
後ろでは、店内いっぱいで見たいな話で仕方なく帰ってゆく人・・
その後も何組かのお客さんが来ていた。
みんなに好かれた、いいお店なんですねきっと。
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まあ来てみましょう。

Tag:音楽を聴く話  Trackback:0 comment:0 

桜パフェ

雨を予感してカエルが鳴いているのが聴こえる。
もうそういう時期か。
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天気悪いなりに雲の中から顔を見せてくれる富士山。
色々あったみたいで最近Googleマップがおかしく、どっか気持ちのいい喫茶店に行きたかったけれど見つけられないまま街まで降りてしまった。
じゃあいいやあそこに行こう。

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駐車場へ車を止め、裏口というか裏階段から・・
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テラス席を横切り・・
なかへ入ると

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一番眺めのいい席が空いてた。
夜来てもいいだろうなぁこれ。
ごちゃごちゃした模様みたに見える街をようく見てると、ちっちゃく電車が動いてるのが見えたり、目印みたいな目立つ建物が目についたりとなかなか面白い。

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誰もいないわけじゃなく、
カウンターに常連さんがいて盛り上がっている。いいね。
でっかい音でLINEの着信音がなりまくり。
それがどうした神経質な馬鹿はこないでくださいってなとこでしょうね。

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メニューを見るとスイーツ関係がすごい数でひしめいていて迷う。
いいねこういうの楽しくて。
薄っぺらいおしゃれ店とは違う実用的な店って感じだなぁ。
もちろん薄っぺらいおしゃれでもいいんだけど。
気取ってんのか砂糖やミルクなんか出さねーよみたいな店もあったけど、普通のスティックシュガーが置いてあった。
ほうじ茶のチーズケーキ。
落ち着いた和の感じのお皿に桜のクッキーがいいじゃない。
ちゃんと桜の葉の塩漬けみたいな味がしたんだよ。

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嫁さんのは桜パフェ。
いいねなんか・・抹茶のポッキーみたいなのを一本もらったりして。
盛り上がった大音量会話は続く。
でも、人の悪口や自慢じゃなく刺がない。花が咲いたとかなんとか・・
人が入れ替わると話題もガラッと変わる。
突然、
今、子供できなくて困ってる人ばっかりなんだよぉー
そんなにできるなんてすごいじゃなーい

あーあ。
でも嫁さんそういうのは大丈夫みたいだ。
今日はその嫁さんの誕生日。


https://www.youtube.com/watch?v=14yIJlgXVlE

ショパンのこの曲、穏やかですごくいい時間を過ごしているような音楽で始まり
ああいいなぁなんて思っていると何の前触れもなく突然荒れ狂う。
え?怒ってる?
こういう人いますよね。
勝手に吠えると自分でおさまりまたいい人に戻ってゆく。
また吠えるんだけど今度はいい人に戻ろうにも戻り切れないのね・・不穏な予感みたいになのに押し切らてまた暴れちゃって・・
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ねえ?なに怒ってんの?
別におこってないけど!
・・・ごめん今日ダメだから帰る・・
っと勝手に終わっちゃうところがいいですね。

この音楽だったら例えばロンド形式みたいに
平和-荒-平和-関係ないやつが入ってくる-荒-何かさとったように平和
とかやるのが王道なんだろうけどあえてどんな構造形式にも乗らず整合もとらずに言いたいことだけ言って終わっちまうというのをやろうとした意欲作かなんかなんでしょ。
ロマン派初期の若い作曲家の・・って感じでいいですね。

突然怒って帰るとか言い出す人がいますよね。
本人は主役気分だけど周囲はそう思ってないので実際みっともない人位にしか思われない。
他人事みたいに書いているけれど自分がそう思われたこともあったと思う。
ダメだねそういうの。
逆もありますよね。
無神経な口をきいて相手をいら立たせていることに気付かず何怒ってんの?と怒り出す人。
いろんな人がいて、みんなそこをうまくやっているんでしょうね。
私はうまくやれませんしもうやりません。

うちの嫁さんはそういう人じゃなくてほんとによかった。
1人きりだったらこんなお店には絶対来ないだろうし、きても外なんか見ないだろう。
見たとして、周囲の楽しそうな声に押しつぶされ怒ったような顔で会計して帰ったりするんだろうなぁ・・
そんなだったこともあったかも・・
いまそうじゃないんだからいか。

嫁さんの希望するホームセンターにいって買い物してるのを待つ。
昔はホームセンターなんか行くとみてるだけでも楽しかったもんだけど、今じゃい場所もない。
駐車場で空を見上げると
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こんな空だった。
雲が5本伸びてて戦隊ものみたいだ。
きっといいことがあるでしょう。

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馬が助けてくれた

北海道の道北でもさらに北の方は稲作や畑作の限界を超えているんだろう延々牧草地が広がっている。ある時見た輝く青と緑にやられて何度も通った。
何度も通ったのは何度行っても曇りか雨で青と緑にたどりつけなかったから。
延々続く湿った色のない風景はおなじ場所だとは思えない虚しく寂しい世界だった。
事情ができて旅行も行けなくなってしまい、いまだにみたかったあの景色を見てはいない。
うちから一時間くらいのところにもある小さな牧草地帯に行ってみたけれどこの日は曇天。
まあ、近いしべつにいいか。
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都会生活じゃないし牛も別に珍しくないんだけど、この時嫁さんはニコニコだった。
追いついてきた車に道を譲ろうかと思ったらアホみたいにあおるそぶりを見せた。ほっといたら狂ったようなジェスチャーで追い越して行く。自分もあんなことをしたことがあるかもしれず、馬鹿にすれば自分に返ってくるのか。
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曇天で富士山も隠れお気に入りの店もこんな感じ。
駐車場は車でいっぱい・・
ビニール張りの窓の向こうには小さな子供とその声。
少しまずい予感。
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嫁さんは超絶不安定化。
誤解を得るだけだから書かないけれど当事者である私にも感じることがあり、ようするにハッピーではない場が出来上がる。
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ランチのご飯が少ないのをみてなんだこれ?みたいなことを書いちゃったけどどこでもこんなもんなんですね。
量はともかくみんな丁寧でおいしいんですよこれ。
素材や料理自体もおいしいんだけどこの好意的な何かは多分お店の人に嫌味や刺が全くないのが伝わってきてるんじゃないかなぁ?
ちょっと今日は重たくなってしまったけれどそれはこのお店のせいでは全然ないから・・
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手作りの建物増築工事はまた少し進んで、この日もなんかやってた。
またきましょう。


https://www.youtube.com/watch?v=hZl1ph4UIus
昔、土曜の北海道行き始発便に乗るため朝4時頃家を出て車で空港へ行き、日曜の最終便で戻ってくるというのをよくやった。
一番好きでよくいったのは稚内周辺だったけれど、便が少なすぎるので土日なら旭川とか釧路とか女満別。
車の中でこれを聴いていたらしく、曇天の牧場を見るとこの曲が頭で鳴ったり、これを聴くと曇天の大草原が頭に浮かんだりする。
道幅も広くずっとまっすぐな北海道の田舎道より帰りの東名の方がずっと貧弱で走りにくく見えたりして。


曇天の牧草地を行くといくつもの真新しい新築の家が目に入る。
小学生くらいの自転車が2つとかそういうとこに目が行く。
こんなところで育ったらいいかなぁ・・
農家ってすごく大変なんだろうなぁ・・俺には無理だなぁ。
多分みんな俺より若い夫婦とその子の家族。
がんばるね。
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こんな絵が結構好き。
北海道でこの天気だったら腐りそうだけど。

馬のいる牧場、車も来ないし路肩へ車を止めて・・
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と車から降りるとすぐにく一頭の馬がこちらへ向かって突進してきた。
ちょっとうれしい。
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馬もびっくりしてがぶっ!とかあると思う。
そっと手を差し出すと
触るの?
・・・いいよ。
みたいな反応が返ってくる。
そっと触れると小さく掃き出される鼻息が次の答え・・
話しかければちょっとした動作でちゃんと聞いてくれていることを教えてくれる。
べらべら喋ったりしないけれど、お互い通じている前提での静かなやりとりが続く。
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顔がでっかいので近いと全部は見えない。
ずっとこの鼻と会話をしていた。
見上げれば、優しい目・・
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優しい顔。
結構長い時間私たちをかまってくれて、もういいねと背を向けてからも目でこちらを眺めていてくれる。
気が付けば、嫁さんにはまた笑顔が戻っている。
そしてさらに気が付けば、俺もだ。

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白髪がちらほらとあったけどそもそもあれ白髪なのか?
きっと優しい青年なんじゃないかと勝手に思う。
そんなことより
ありがとう。

Tag:ラフマニノフ  Trackback:0 comment:3 

そばとコーヒー

嫁さんがスーパーに併設の百均に入って出てこないのでプラプラしていた。
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砂に埋もれ、寸断されたレール。
なにが面白いの?馬鹿じゃないの?でしょ?
でも人口の0.1%くらいはこれを見て何か感じる人もいるんじゃないかと思うんですよね。
少ないと間違えみたいな考えがあって、進化論みたいなのに照らして考えれば確かにその通りだけどなぁ。

この近くにカフェがあって駅に看板も出ていたので歩いて見に行くと閉まってた。古民家カフェじゃない現役住宅カフェみたいなの。
ネタ系カフェは行くとやってないことが多い。商売じゃなくて趣味でやりたいときにやるんでしょうね。
探すと近くに癖のありそうな店が見つかる。こちらは道楽でやってるとかじゃなくてちゃんと実体のある店だ。やってないことはないだろう。
スマホとナビで今ほんとにどんな店でも簡単に行けちゃうのね。知る人ぞ知る店・・と言うのはもう存在しえないのか。
ずっと常連さん相手にやってきたようなお店からするとそのあたりどう思うのかな。
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ちょっとした丘の上、学校が近くにあるようだ・・地元の人以外通らないだろうという道の途中。
いってみると外観からやりたいことやりたくてやってます的なお店があった。
窓にはたばこ店内で買えますの表示。
カフェなんかじゃない喫茶店だ。
たばこかぁ・・・
まあせっかくだから入ろう。

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入るとカウンターを挟んでマスターと店の前に置いてある信用金庫なバイクの人。
サボりに来たのかと思ったけどそうじゃなくて仕事だったみたいだ。
カウンターとテーブル席が3組。
マスターの一瞬戸惑うような反応にこちらもたじろぎそうになりつつ、一番よさそうな奥の席へ勝手に座る。
いいねーあの光。
教会みたいじゃんか。
予想をはるかに上回るいい空間感にちょっと嬉しくなる。
他にお客さんはいないのでたばこの煙もなく・・

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窓もいい感じ。窓の外は牧草地・・じゃなくて隣の家だけど。

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本棚には奇麗にそろったゴルゴ13他大量のマンガが・・
いらんこと書かなくてもいいけど、子供のころ私はマンガも読まなかった。
無かった以前に自分は読みたいと思ってはいけないのだと思い込んでいたし、今でもその異常な洗脳は生きていて色々支障をきたす。もういいけど。

メニューにケーキを見つけ、価格も安価でほっとしたりしていると、
どうもマスターそばを打つらしく、正真正銘の手打ちですという各種蕎麦とコーヒーのセットが・・
あー食いてーなー蕎麦。
今まで何度も手打ちです!みたいなそばに落胆しても来たけど、でも見つけると食いたくなるよね蕎麦。
しかし、先ほど食べた昼食がまだ腹の中で暴れている。

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出てきたケーキのこの家庭的なデコレーションがいいでしょう?
なかなか見ないよねこんなの。
そしてコーヒー。
私はコーヒーに砂糖とミルクを入れちゃうような人間で珈琲を語れる人間じゃないけれど、飲みながら感じていたあの味。
うまく言えないけれど子供のころ食った焚火から出てきたサツマイモの焼き芋の甘みと香ばしさみたいなの・・
あれが、豆の味、渋み焙煎の強さ・・みたいなもんなんでしょう?
素人にもそんなものを感じさせてくれるこのコーヒーはおいしかったよ。

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壁に張られたもののなかに、
蕎麦の持ち帰りできます・・というのがあった。
コーヒーを持ってきてくれた時に頼んでみると・・
二人で召し上がりますか?わけますかいっしょにしますか?
え?
よくわかんないけどこれ自分でゆでて食べるんですか?なんて変なこと聞くと
そうしてもらってもいいけど細いし・・
ゆでてあげましょうか?
あっ、そうしてください。
わけますか?いっしょにしますか?
え?
二人別に盛ってもらうことにした。

わー、たのしみがふえたじゃんか。

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マスターが無言でこれをもってきてくれる。
マスター多分すごくいい人。
常連さんとは饒舌にしゃべるんだろうけど、わたしとの会話は蕎麦の注文の話だけ。

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蕎麦を作り終えるとマスターは湯を沸かし・・
自分でなんか飲んでた。
すごくいい表情で・・

そして、無音だった店内に音楽がかかる。
よくわかんないけど多分シャンソンだ・・
女性の歌と、かなり達者なピアノ、アコーディオン、すごく少数のストリングス・・
多分マスターが好きでなんでしょうね。
なかなかいいなと思う。
私、頭がいかれていてみんなが好きな音楽やテレビやそのほかに触れちゃいけないという強迫観念に支配され続けているので踏み込めない。病気でも故障でも変態でも馬鹿でも何でもいいけど治らない。
クラシックだけは聞いていいことになってるのね。
多分みんなが嫌いだから。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲の1番、第2楽章の中間部にあるのは当時はやったシャンソンの旋律だとかいう話を聴いたことがあります。クラシックな作曲家の中にも仕事が終われば街へ出て酒を飲み流行歌に興じてみたいな人は沢山いたというかみんなそうだったのか。
健全な話でいいですね。

https://www.youtube.com/watch?v=fg0g9FzW7Jk
これはプーランク。

普段からゆっくりな飲食進行の嫁さんが食べ終わった後もコーヒーを飲みケーキを食べ・・
ゆっくり時間を大切に・・というより口内炎が痛くて食えないから・・

この日、しょぼくれたような気分でいじけてた。
でも帰りがけにふと、気持ちが楽になっていることに気付く。
こういう空間、時間、食べ物飲み物って、魔法みたいなのを持ってるよね。
私の場合は常連さんのいない時間に行けたからというのもあると思う。
たばこの煙、常連さんの大声の会話・・があったら外様感でつぶれてたかもな。
でもそれは私の個人的な問題ですごくいいお店だと思うし、マスター多分すごくいい人。

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持ち帰ったそばで晩飯。
ぼそっと短く切れちゃうところが本物っぽい。
超絶いい香り・・・とかじゃなく、味も香りも歯ごたえも丁寧な普通においしい蕎麦という感じ。
食っててうれしかったので買ってきてよかった。
いい蕎麦だったらツユは思い切り薄味か、出汁だけとかでもいいかな。
通ぶって水で食うまではいけないなぁ。

次の日、口内炎が痛く単純なものを食べて胡麻化したかったのでスーパーでやっすい蕎麦を買って来た。
見る人が見ればそんなの蕎麦じゃねーとか言ってバカにするようなのだ。
あれ?これでもいいなとか思っちゃったのは内緒。
そんなもんだ俺なんか。
通じゃなくていいし、みんなが絶賛するものじゃなくてもいいし自分に合ったものを見つけられることが豊かな何とかというやつなんじゃないかと思う。

Tag:プーランク  Trackback:0 comment:2 

鉛色の世界から

経済学者が景気が変動するのは当たり前で悪くなるのは仕方がないと言っていた。学者じゃなくてもわかるような当たり前の話が妙に響くことがある。気分も下がる日があっていいんだろ。
この日湿った気分が尾を引き、天気も湿って鉛色。
行き先が決まりかけると全然違う事を口に出す嫁さんの話に乗って昨年発見した昭和な和食屋に向かう。
あのとき、食った後楽器のレッスンの契約に行ったんだった。暗雲が立ち込めちゃってるじゃんかとか言ったりして。

あ、
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あれ・・
つぶれてる?
俺の人生もつぶれてる?
いや俺はつぶれないけど、
なんだよこれ。
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向かいの山には季節外れの雪。
行きたかった店がやってなかったという以上の何か重いものを感じながら・・・


https://www.youtube.com/watch?v=A2El2BPzZ0Y&list=PL5NtnZdjpDm7xiXXRWMvep3FJqQKX88oH&index=3
これが頭の中で流れたりして。

この音楽は非情に残酷な虐殺の場面のあとに続くもの。
朗々とというか淡々と歌われているのは労働者の革命歌みたいなので弾圧の犠牲になった人への追悼なんだと思うけれど、中間部の別な歌がいよいよ盛り上がって長調へ転調するのかっという期待をなんども裏切り一向に転調してさけんではくれない。なんというかそこに救いのなさが・・
この曲を初めて聴いたのは高校の頃。
何も知らず初めて聴いた人間にも冷たく凍った空気の中たくさんの人が無残に殺されていったことを告発し、追悼する音楽だというような事がわかった。
分かりやすい視覚的描写にはどことなく娯楽性みたいなものも感じ、重く悲惨な内容ではあるけれど聴いた自分の気分まで沈んでしまう事もなく映画を楽しむような感覚で楽しんでしまうところがあると思う。
このかなり個性的な演奏でショスタコーヴィッチの交響曲第11番を初めて聴いたとき、鉛色の音楽だと思った。
今でもそう思う。鉛色のにおいもする。

代わりの店を探す気持ちも盛り上がらず、
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ファミレスでいいにする。
安定していていいと思うけれどどこも人を減らして食洗器だけに頼っているらしく取り皿や箸など油断ができない。口紅べちゃーなカップにもまいったけれど、箸についた汚れは最悪な想像を呼んで厳しいものがある。
あらかじめ用意されている箸を確認していくと何本もあるのにほとんど使えないのはリードみたいだな。
ずっとリードのせいだと思っていた不具合はやっぱり自分の側に原因があることに昨日気づいた。
それは私にとっては朗報で、景気対策が効いた瞬間みたいなものでもある。
だからと言っていこれから良い結果が得られてゆくわけじゃないのもわかってる。
そもそもそんなこと何にも教えない小さな子供にでもいきなりできることらしい。
標準のフォーマットが読めないのでめちゃくうちゃやって偶然見つかればできるようになるかもしれない程度。出来損ないというやつであろう。まあ当たり前だし、しかたがない。
小さく明るいものを拾い集めて・・すぐに消えちゃいそうな明かりを大事に抱えて・・

嫁さんが買い物をしている間、周囲をほっつき歩く。
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しょっちゅう車で通過するこの橋を歩いて渡り立ち止まったのは40年以上ぶり。ちょうど日が差して・・風が吹き抜ける。
かけ替え前の古い橋だったと思う、状況から考えてまだ4歳になる前の私はここへきて川を見下ろした・・そして・・
残念なその記憶は自分を考えるヒントとして何度も思い出されてきたのだけど、40年たった今やっとそのことに対する考えが変わった。
もうそれはいいにしようよとあの時の自分に言ってみる。
反対側には
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川沿いに遊歩道みたいなものが。あんなのあったんだ。
あっちへ行ってみようか。
子供のころからこのでっかい川は近くに来ると生活排水の匂いがものすごかったのだけどあまり気にならななかったのは公共下水道整備の効果が出てきたから?
堤防下の公園では若いお母さんが3歳くらいの子供を遊ばせていた。
いいね。
橋の上にいた俺も年齢的にはあんな感じかな。
あの子はこの日のことは忘れちゃうのかな?
具体的な記憶は消えてもその時感じたことの積み重ねがその人間を作っていくと思う。

かなり行った先で
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行き止まり。
俺の人生も行き止まり?
行き止まらねーよ戻ればいいだけだ。
人生に後戻りはありません。
まあそうだよなぁ。
先を見通す力はないけれど、後で今を後悔しないようにはしたいなぁ。

嫁さんから電話がかかってきたので戻ることにする。
途中にコーヒー豆の商社があって焙煎もやっているらしくとてもいい香りがする。
幼いころ父親とこのあたりに来たときに、コーヒーのにおいがするね・・どこかに喫茶店があるのかな?
と話した記憶がある。
見つけられなかった香りの震源地をその20年後にここに発見し、それからまた20年たった。
父親との会話は数も少ないけれど別に全部が鉛色なわけでもなくわずかながら色のついたものもあった。
私自身は父親にならなかった。

ずーっと楽器の練習は欠かさなかったんだけど、この日は練習を休んだ。
口内炎ができてるから・・・
でも実際口内炎は楽器と関係ないところにあり、それが痛むようなら間違った吹き方をしているということ。
そんなつもりは毛頭ないと自分で思っていたけれどでもこういうの、そのままずるずる行っちゃってそれっきりというのがよくあると思う。
でも行ったよ練習。
言われたほど、自分で思い込んでいるほどひどくないんじゃないかと感じ
まあ他人から見ればひどいんだろうけど、またやろうと思えた。
それがどうしたってな話でしょうけど、
私にとっては東の山から日が昇るくらい大事なことなので。

後で調べると畳んだあのお店、何で閉めたのかは知らないけれどあの夫妻はどこかに元気でいるようだ。
そっか、じゃあいいか。




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ラーメンと花と電車と人生

この日、いい歳して気分はしょげ気味。
若干投げやりな頭の中にある中華料理屋が浮かんだ。
ちょっと遠くわざわざ行くのはどうかというくらいの距離。
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でもこの現場事務所みたいなプレハブの外観が面白いと思って。
駐車場には結構な車。美味しいってことでしょうか?
同じ駐車場には仮設トイレみたいなものが常設化されていてまたちょっとそれっぽい。
そういえば子供のころバスの廃車体を使ったバスラーメンというのがあって何だか知らないけどすごく行ってみたかったのを思い出した。行こうと思ったって無くなっちゃえばいけないよな。
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入るとたくさんいたお客さんはちょうど終わって出ていくようなところ。
内装はきれいに仕上げてあって仮設な感じじゃない。お店の人も普通にいい感じ。
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おいしそうじゃない。
半チャーハンにしないと多すぎるかな?と思ったけどちょうどいいくらい。
単品だとちょっと足りないかな。
変わったことなんか何にもしてないおいしいラーメンとチャーハン。
でもこれがいいよ。
流行りの新興勢力的なラーメン屋にもいろいろいってみたけど何時頃からかギトギト油とか強い味でみたいなのは味以前に体が逃げるようになっちゃった。あと15年早く出てきてくれれば楽しかったんだろうと思うけどなぁ。
今はこんな素朴なラーメンのがいいよ。
これも美味しいけどスープ濃いなもう少し薄味でもいいけどとか思っちゃう俺は歳食ったというか高血圧。
ラーメンなんかでも食いたいと思ったらその時食っとかないとだめなのね。
やりたいことが今あるのなら、けなされようが邪魔されようがやっとかないともうその人生にそれはないのかも。
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さほど遠くないところには私鉄の無人駅
あんなのいなかったよな新しい車両入れたのか。
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終着駅ですね。
あの家の人怖くないのかな?そういうこと言っちゃいけないのか。
あの先へ延伸する計画もあったけれど資金難でとん挫したらしい。
計画というかうわさ通り沼津まで到達していたらどうなっていたかなぁ・・と思うけれど資金難というのは客観的にみて投資しても絶対うまくいかないよそんなのということなんでしょう?
でもその架空の展開を想像し始めると面白くて止まらなくなる。
鉄道の開通でで沿線は急速に宅地化し通学需要で・・とか。
クラシック音楽にも素晴らしい作品なのに未完のままになってしまった曲があって、ああでもないこうでもないと補完していくことはとても楽しく、でもはがゆく、時にむなしく寂しい、でもやめられなくなったり。

経営的にはかなり厳しいようだけれど本数はそこそこあって、ボーっとしてる間にも何本かの電車がやってくる。
18切符のシーズンなのかそれ系な人が降りてきてでっかいカメラで駅の写真を撮って戻ってゆく。
のんびり走ってゆく電車。
時折、
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新幹線が轟音を立てて、でも滑らかにスーっと通り過ぎてゆく。
同じ鉄道なのに規模もスピードも何もかも全然違うのね。
違っていいしみんな同じだったらかえっておかしいですよね。

蔑むような顔でこれ見よがしに
同じ歳なのになんでこうもちがうのか?
そう言われて悔しさから奮起し登ってゆくみたいなのが正しいストーリーなんだろうけど。
嫌な人だなくらいにしか思えなかったのでこんなになちゃった。

この日、久しぶりになんで自分だけできないの?とか言っちゃってたりして。
で、なんとなく頭の中にはブルックナーの8番。
苦難を暗示するような暗い開始から、長い時間を経てこの
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輝かしい終結へ・・

ブルックナーの音楽というのはベートーヴェンやブラームス、マーラーみたいに人間個人の強い意志によって苦難を乗り越え苦悩を打ち破り・・という音楽ではないと思う。
この世の自然も、人間も、人の歩みや死、いいことも悪いこともみんなそのまま受け止め描き出し、自分の感じるこの世のありようを神に報告する。
そういう音楽だと思う。
とはいえ、全楽章のテーマが集まりこの世の全てが神の光に照らされたようなあの奇跡のコーダを聴くと、俺だってまだまだ頑張って生きてやるとかなんとか思いますよ。
ブルックナーは度重なる演奏拒否や音楽史残る初演の大失敗なども結構有名。
大失敗な頃もう結構な年齢だったりして、でもめげずに奮起し続けそこから不動の高みみたいなところまで登っていった。
その印象とこの曲も重なって見えたのかなぁこの時は。

この次の9番というのも深く重い内容を持った他の誰にも書けないような音楽なのであるけれど、それだけに作者は書きかけたフィナーレに満足できず足踏みをしており、完成を見る前に亡くなってしまった。
だから8番は最終結論を聴くことのできる彼の最後の交響曲。
8番はというか8番も、初演を託そうとした指揮者に酷評されて精神的にかなりめげてしまった話が有名。そういうのを読んでると何だかその酷評した人がとても悪い奴のように読めることがあるけどそれは間違いだと思う。
それでよしとされてたら数度演奏されてそれっきりお蔵入りだったかもしれない。

今じゃブルックナーはオタクみたいなファンがたくさんいて版の問題や演奏論なんか始まれば止まらない状況だけど、いろんな本を読んでるとどうも50年くらい前までは日本じゃマイナーな作曲家だったみたいだ。
現在普通に演奏される改訂された稿はまた異なる版が両方生きていたりという問題があるのもこの人らしいのか。大改訂によって、開始から終結へ向けた大きな流れを妨げるような動きを排除し、ストーリー的なものを聴き手にわかりやすく感じさせるような配慮がなされいる。そう考えると個人的にハース版は作者の意図を帳消しにしている部分がある気もする。でもノヴァーク版でもどっちでもいいよ。両方聴きゃいいんだよ。
ダメだよと言われた初稿は流れよりも形式、構造を優先していたり、オルガン的な極端な場面転換などの神への奉納音楽みたいな要素を強く持ったいつものブルックナーの音楽だった。改訂稿では暗く沈んでゆくことになった第1楽章のおしまいにとってつけたような輝かしいコーダがあることなんかは有名でしょう。今じゃいろんな音源が聴けるんだろうし、ネット上に楽譜もあった。

初稿を問題視した人の指摘には構造的な問題もあっただろうけど、管弦楽法の扱いに対してこんなの弾けるわけねーだろみたいなのもあったと思う。
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初稿のスコアを見てて笑うのがこのコントラバス。
ストラヴィンスキーのスコアにこういうのがあっても驚かないというかやっぱり驚きそうだけど、ブルックナーのこの音楽はこんなのが出てくるような世界じゃないと思う。
いつも現場の最前線にいたマーラーのスコアは全員ソリストみたいだけどこんなのは絶対に出てこない。
あえて狙った3番の絞るような高い音とか、4番でハ音記号というのはあるけれど。


https://www.youtube.com/watch?v=ufqC1LCpHV4
昔、ブーレーズのブル8が出るとか聞いたときはネタかと思いました。
でも買って聞いてみたら意外に普通というかちゃんとした演奏で驚いた。作曲家だからハース版は拒絶するのかと思ったのにハース版で驚いた。
先程久しぶりに聴いてみると・・これ見よがしにさらっと終わっちゃうんだろうと思った終結で思い切りテンポを落としてるのでまた驚いた・・確かに楽譜にもリタルダンドって書いてあるけどそれ以上ですよね。
ああ、この人この音楽が好きなんだなぁ・・

2925.png
いいね!お花。
花の名前もわかんないけど・・

2926.png
心がしょげちゃってるようなときはほんとに・・
人の笑顔に縁もないけど、
花の笑顔がしみるね。

2927.png
貨物で食ってたこの鉄道は貨物取扱全面廃止でかなり厳しく、補助金打ち切られたら終わりという話のようだ。
でも、中古の中古とは言え新車も入ったんたんだし、
花壇に綺麗なお花を世話してくれる人たちがいるみたい。
こういう花って人が手間や熱意や愛情を入れてることの証だもんね。
できるだけ長くこの鉄道ががんばれますように。

2928.png
新しいテプラみたいなので4ノッチ投入厳禁
電流食いすぎて変電所で遮断機が落ちちゃうからとか?

2929.png
のどかな時間。
聞こえてくる踏切の警報音は電子音とかじゃなくて回転するハンマーがゴングをたたくようなチンチンチンという音。
私のレールが奇跡のコーダへつながっているとは思えないけれど、
レールがあるんなら、ゆっくりでも走ればいいでしょ。
レールもないかもしれないけど自転車と同じで進んでれば倒れないだろう。
小さな花くらい見ることができるかもしれないじゃない。
細々過ぎて厳しい状況かもしれないけどまだ廃止しないでください。


Tag:ブルックナー  Trackback:0 comment:8 

久しぶりにたくさん喋ったお汁粉

口内炎が痛い。痛みで目が覚めたり。こんな大きなのが複数出来たのは久しぶりか初めて。
まあいいや、がんばろ。
私の場合このがんばろにも2種類あって無駄な力を抜けばいいだけなのに出来ずかえって変になってるだけな時が多いのね。
まあいいやと中途半端に切り離すと何だかわからない危機感だけが残留したり・・こういうの他にも連鎖するらしく、今多分自分に関係ないことを俺のせいだと思い込もうとしているのが止められない。全部どうでもいいようなことなのに。
まあ、それが自然にできるようになるまで何度でも。いつまでかかっても・・

これは先週。ボケっと平和な気分で。
Googleマップを見ていると不毛なはずのうちの近くにお汁粉屋ができたらしいことが判明。
私の中でそんなものは絶対にあるわけがないだろうという場所。
でもちゃんとレビューや写真が載っていてどうもネタじゃないように見える。
2892.png
いってみた。
看板が出ているけれど、どう見てもお墓と参拝用駐車場。
こんなところにお寺があったことにすら気づいていなかった。
2893.png
目の前には線路。
ちょうど電車が・・
昔幹線だったこの路線は重量級列車に耐えられる軌道を持っているため、D52というでっかい機関車が爆走していんだって。
みたかったなぁ。
そこにある私の思い出はあんまり書かない方がいいようなもの。何年たっても消えることはない。

とにかくお墓山を登る。
2894.png
なんかわかんないけどいい匂いな花があったりして。
これが沈丁花?
もしそうなら、花を煎じると口内炎の薬になるそうだ。
煎じて飲んだりしなくても、きれいだねとかいい香りだねとか言って和むだけで口内炎の治療になる気もするね。

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あ、あれか。
まだ登る。
ほんとにお墓の上だ。
2896.png
入り口から覗くと店内という暖簾の向こうの空間は人でいっぱい?
よく見るといっぱいと言っても3人くらい・・せまいのかぁ。
なんだ帰ろうか?というと嫁さんが来た以上は・・とか言ってやけに積極的だ。
この人もあんこ大好き人間だからな。
私たちに気付いた中の人があーどうぞ!ちょっと待って今片付けるからー

2898.png
入るとほんとに狭いけど、でもそこがいいね。
そしていいねー富士山。

2899.png
開口一番、どうしてここをお知りになった?
やっぱりやってる人でもそう思うんだな。
Googleマップに出てたから・・と答えても反応は特になく、そういうの興味ないみたい。
注文をして待つあいだ、これ見ててっと渡されたのはこれまで来店したお客さんと撮った写真の入ったアルバム。
みんなすごい笑顔。超絶アットホーム感。
こんなところでこんな感じでやってるわけだからきっと話好きにちがいない
と話しかけてみれば
お母さんやっぱり話好きだ。
こんな狭いところで無言でとかいうのは逆につらいもんね。

色々話しているとお母さんはだれなのか、なんでお汁粉なのか・・等々見えてくる。
以前別な店の店主から、お汁粉屋さんがあるでしょ?その人がここへきて・・みたいな話をちらっと聞いたことがあって、別なところでやってた人が移転してきたと聞いていた。
でも全然違うみたいだ。こちらの予想した筋書きと違う順番で情報が押し寄せてくるので整理しないと・・
お母さんはそこの客で、お汁粉なんか嫌いだったのにその店のお汁粉に開眼してあんこマニアになったらしい。
あまりに好きで自分でも店を出したいと思ったところへ今度は別なところからオファーが来て・・
なんでこんなお寺のお墓にお汁粉屋さんがあるのか・・もわかった。
その具体的な内容をここに書いちゃっていいのかわからないけれど、
人の縁というか・・よく導かれてこうなっちゃったとかういうけれどそういうの本当にあるんだろうなぁと思う。

2900.png
私が頼んだのは抹茶餡のミニというもの。
しつこくなくってさらっとしている感じ・・すごくおいしい。
ちょっと甘みが強いかなとも思うけれどお汁粉は甘いのが普通か。

そのすごいあんこはお母さんが感動したあの店のオーナーの手によるもので、今はかなり遠方にいるそうだ。
何かよくわかんないけど茶屋ってのは金持ちが道楽でやるものなんだそうで。
誰かが辞めると次のお金持ちがそこでお店をやるんだって。
国産の小豆と和三盆がとか・・
あんこ世界があって同じあんこでもいろんな作り手によるあんこや、いろんな好みを持ったあんこマニアがいるらしい。
俺にはわかんないけどいいよおいしいから。

2901.png
嫁さんのは粒あんの普通のお汁粉。
他にも白あんとかいろいろあってみんな食べてみたい。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1512&v=o1ph_jLOawE
指揮台の上でちっちゃい老人がはねてるからだれかと思ったらバーンスタインで驚いた。大スターも老いるとちっちゃくなっちゃうのね。
昔、海外のオケ団員をやっていた人が書いた本を読んでいたらバーンスタインのリハーサルに言及していた。ぶっちゃけあいつは嫌な奴だって事が言いたいんだなと思ったけど、まあスターってのはそんなもんなんでしょうね。
オケ団員としては指揮者に感じ求める要素の中に人格というのがあるかもしれないし、本の読み手としては非常に興味深い話ではある。でもそういうのは書き手のバイアスがかかってたりするから客観的事実として受け止めちゃうのもちょっと違うかもな。
もともと音楽の聴き手として演奏家に求める要素の中に「いい人」というのは特にない。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番のことを皇帝と呼んだりしますが、それなら私の感じるところ4番は絶対女性ですね。
それもただの綺麗な女性なんかじゃない。いろんな面をもってて・・え?そんなこと言っちゃうの!?みたいな人。
3楽章はおてんば娘みたい。
2938.png
カデンツァのここなんかおどけて冗談を言ってるんだと思うんですよね。
この曲に限っては変にありがたそうな演奏より、こういうとこでは笑わせてくれそうな演奏のがいいなぁ。
FMで適当に聴いた演奏がすごくよかったんだけどあれ誰だったのかな・・

2902.png
お母さんはこの近所の人みたいだ。
私もそうなので話は超絶ローカルな世間話に移行する。
元々厳しい市の財政は今後さらに悪くなっていくし、税金や水道代がこれから上がるんじゃないか?
なのにあそこは何やってんだ?‥みたいなの。
おかあさん、結構いろんな人や団体について露骨に批判を突っ込む。
調子に乗って乗っかりそうになりつつでもブレーキをかける。
空いた席に座ってパソコンを見ている男性は多分お店の関係者かお母さんの知り合い?
地域ネタは意外に危険。どこにどんな立場の人がいるかわからない。
目の前にいる人が今批判した矛先の当事者やネットワークの一端だったりすることが意外によくあるんだと思う。お店やるような人とか。
その男性、途中からいきなりパンチくらわす感じで切り込んできた・・
一対一なら多少意見が対立しかけても先を読んでどちらかが適当に折れて和やかな雰囲気を続行できるんだけど3人になるとそうはいかない・・それでも続けるとなんとなくの位置関係が確定し適当な会話がまた続く。
書いていいのかわからないけれど、写真に写ってない食べ物や飲み物もいただいちゃったりして・・そういうのは「もう帰ってください」なサインの時もあるけれど、そうじゃなかったと思うけどなぁ。
結構長い時間だったかな。
なんだか楽しかった。

2904.png
日が傾いて富士山はまたいい感じになってきた。
おいしそうなものがまだいろいろあったし、また来てもいいかな。
話好きなお母さん、素朴な感じがよかったけれど考えてみると金髪だった・・・
しかし、あんこに感激して人生変わっちゃう人ってのもいるんだなぁ・・

素朴でいい休日の午後をありがとう。
落ち着いた心な時にまた来ます。


Tag:ベートーヴェン  Trackback:0 comment:4 

誰もいない世界は暗いがそこで見つけなければならないものがあると思う

2906.png
してるつもりのものは練習じゃないのかもしれない。
でも、
また練習しよう。それしかないしそれがしたかったんだから。
元々人の何倍も遅いペースで進める覚悟で始めたんだから。
先生には申し訳ないけれど標準は意識せず這うように進めさせてもらおう。
年齢的にはいい加減な歳の人間なのであるけれど、頭や心を落ち着かせたったこれだけのことを考えるために丸2日くらいかかった。昔からこびりつき堆積してきたものに支配され。

楽器のレッスンに行ってきたことを書きましょうか。
今度こそ・・と書きたいところだけれど、
なかなか厳しいというより悲惨な内容となった。
何度か厳しい状況が続いたせいで頭と体が覚えてしまいあそこへ行くと金縛りにあったみたいに体が固まる・・
まいいかそんなの。
客観的に見れば楽器のレッスンとしてはもう破綻しているような状態だったのかもしれません。
どうしてそうなるのか私には理解できません!
お願いだから普通にやってみてくれませんか!
どうすればいいか教えてほしい時にどうしてそうなるの?ときかれちゃったら立つ手がないと思った幼い頃からの記憶がいくつも出てくる。逆にいえばいつも通りで特になにということもない。
1人の時にはできることが驚くほどどっかに行っちゃうのはパニックになっているんだと思う。

すこしは練習しましょうよ・・忙しいでしょうけど・・
これも流れ的にそういわれるのは当然で、少しもおかしいところがないことは論理的に理解できる。
ちょっとこたえたけど。
自分の練習というのが明後日みたいな内容で実際練習なんかしていないのと同じなのも理解できるんだけどね。
子供でも伝えればすぐその場でやり始めるような指示が・・・理解できないんだよ俺は。
それは他人から見れば、やる気がないかふざけておちょくっているようにしか見えないと思う。
幼いころから罵声も浴びたし暴力も振るわれてきた。凹むのはどうこう言って非難されることの方じゃなく、自分の体がまたしてもコントロール不能なことの方かもな。
これもまた、単に練習不足なだけでしょ・・みたいな話なんだろうけど。
そこで私はDCDじゃないかと思うんですなんて言ったってしょうがないしね。
まあそうだとして、単に趣味で習う楽器ができないだけ・・
なのに、自分の全人格と、これまでの全人生を否定されたように体と頭が受け止めてしまうのはやっぱりちょっと病気みたいなもんかもしれない。
そうでない他人には伝わらないだろうと思う。

だけど、めげません。
つぶせるもんならつぶしてみろ
このまま人間の失敗作みたいな自分のまま死ぬわけにはいかない。
物心ついたときから続く孤独なトンネルの中を行く。
誰もしらない、誰も教えてくれない、誰にも相談できない。
ひとり暗闇を探りながら進んでゆく。

そして、ブログが救いになってくれる。
誤解もなくみんなわかってくれる理想的な架空の読者、それは多分俺自身なんだけれど・・へむけて心中を告白し、決意を並べる。
孤独から少しだけ救われるがする。
今まで何度かブログに救われてきた。

そして、何時も拍手ボタンを押してくださる方へ、どうもありがとうございます。
子供のころから刷り込まれた自己否定病に押しつぶされそうなとき、拍手の数字が私を救ってくれる。
世の中に、こんなに肯定的な数字は見たことない。

人間は、単一の次元のみで生きているわけじゃないと思う。
孤独と思いつつ、嫁さんと犬がいてくれるからこうして生きていられる。
2905.png
犬とお散歩。
犬がいつになくうきうきしているのは
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久しぶりに三人そろってだから。
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桜なんかには興味がないみたいだけど、
犬って人間なんかよりずっと、家族のつながりを大切に思うみたいね。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=532&v=9Psr7qr5Lx8
音楽療法みたいな話でモーツァルトってのがよくありますよね。
私はそういった話に興味がなくどちらかと言えば嫌いですが、聴かせるとキノコの成長が早いみたいな事例が客観的事実としてあってもおかしくないとは思う。人の心や体への治療的効果みたいなのもどこかには実際にあるんでしょうね。

もう30年以上クラシック音楽しか聴いていないけれど私がこんな欠陥不良品みたいなままなのはやっぱりあんまりモーツァルトを聴かないからでしょうか?
いえ、あなたは元からダメなのでなに聴いても効きません。
あそうですか。

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私と二人きりの時はここまで来てくれなかったのに・・
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富士山もきれい。

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楽しいね。気持ちいいね。
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褐色だった堤防の上もいつの間にか緑に・・

おやつをもらうとお留守番体制に・・
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帰ってきたらまたご褒美のビスケットね。

レッスンに行く前にまた衝撃的な訃報を聞いた。
どこかで元気でいると思ってたその人は、実は結構前に亡くなっていたそうだ。他人のことだからあまり書くわけにいかないだろう。
若いうちは、水と飯があれば生きていけるようにできていると思う。
でも、その先は生きる理由が必要だと思う。
生きる理由を感じられなくなると人の体はすぐに自分を壊してゆくんだと思う。

誰にどう思われようと私はまだ私を尊い存在だと感じ、まだまだ長くこの世にいてもらいたいと思う。
だから生きる理由を探し確保し続けなければならないの。

Tag:モーツァルト  Trackback:0 comment:5 

一流な人は自分で私はすごいですなんて言わないんでしょう?

2885.png
今年もボンタンの実がたくさんなりました。
もう採らなくちゃ。
もうすぐ次の花芽も出てくる。そのために油粕を埋めてやり・・剪定もしなくちゃ。
去年は寒さではのほとんどが落ちてしまったけれど今年は全く問題なく冬を越せたようだ。
思えば霜でがちがちになった日なんて何日もなかったし、外水道が凍り付いてでないという日は一日もなかった。
今年は、あったかかったんだなぁ。

謎の・・からお気に入りのに変わったあの店に飯を食いに行こうという事になり田舎な裏道を走っていると
2887.png
野菜の直売所。
嫁さんはこういうのが好きみたいだ。
芋を買ってた。
料金箱のところには貼り紙と警察官のぬいぐるみが。
お金を払わないでもってっちゃうような人が結構いるんでしょうか・・
免許更新に行くとくれるちっちゃな警察官の格好をしたクマのぬいぐるみに警護を託しているところに・・何か悲痛なものが・・
2886.png
同じ場所から富士山。
そう、今年は雪がなかなか厚くつかなかった。
あの雪だってすぐにまた飛んでしまうかもしれない。
2888.png
店内に人影は見えたけど駐車場に車はなく・・
いいねお花がいっぱいだ。

2889.png
今日は富士山も美しく見えて最高の眺め。
休日のお昼時なのに相変わらず空いている。

先客は女性が二人。
普段は遠くで暮らす娘が母のもとへやってきて一緒に食事でもという感じ。
ランチな時間だけど値の張るコース料理が運ばれているように見えた。
他に誰もいないので会話が聴こえてくるんだけれど私的にイレギュラー感がありまくり。
親子なのに
ごはんあまり召し上がってらっしゃらないけど・・
いえ、そんなことありませんよ・・
おっしゃってるの?いらしてるの?
ないじゃないですか・・そうですよ・・と不自然さが全くなく、嫌味も感じさせない。
昔から普段からそうなんだろう。
そんな人たちでも親子の会話ってのはどこでもいっしょなんですね。
内容は他人の話だからあんまり書いたらまずいのか。
他人の悪口を言ったり、自慢や僻みを見せたりというのは一切ないところがやっぱり本物っぽい。そんな必要はどこにもないんだろう。
昔、間違い電話で「奥様わたくしクッキー焼いたんざますのよっ」てのがほんとにかかってきたことがある。
違うと分かると詫びも言わずにガチャっ!と切ったりして。
ざますはともかくなんて言うかこう・・・偽物感が・・

2891.png
豚ロースのお店風・・
ポークソテーは塩味だったっけ・・これはしょうゆベース?
ポークソテーのがいいなぁ。
あっちの二人はどうでもいいような会話がいちいち上品である。
上品というか、なんだろうトゲがないのか・・
いろんな人がいるんだね。

思い出すと、聞いてもいないのに自分の家は代々何百年も前から続いてみたいな話を始めた人がいた。
自分はどんなにすごいかみたいな話を繰り返すのを聞いてすごいですねなんて合わせていると話が続いたりよくしてくれたりする。そのうちどうも無条件で同意、同情、賛美してくれる人を集めて生きているらしいようすも見えてくる。
私もその一員か端くれなのかもしれないけれど、ずっと一人でいるので人にかまってもらうとうれしくなり自分は特別な一人なのだと勘違いちゃうみたいだ。
そのうち場というか関係が確定してくると相手は上から見下すような口を聞くようになり、私が相手に見つけていた別な魅力は疑問に霞むようになる。
疑問をごまかしきれなくなるころにはもっと私を賛美しろ、黙って従っていろ、ひれ伏せ、みたいなのが出てくるので不愉快になって終了。
というのが何度かあった。
何度もある事というのは私に原因があるわけだし、自分で書いたものを自分で読んでみれば私も相手を見下している事がわかる訳でダメじゃんか。
勘違いであったとしても一時はいい時間を過ごさせてくれた事に謝意を伝えたいと思った人もいるけれど、もうお会いする事もない。
なんだこれ・・
元々言いたかったのはそこじゃなくて重要なのは家柄ではなく本人の実際でしょう?という事。


本物感満載な親子はどうももともと都会に住んでいた人らしい。
今なぜここにいるのかも何となくわかったけれど他人のことだからそこまで書いたらいけないんだろう。
ここは景色もいいし、静かだし、料理もおいしいし・・なぜみんなここを知らないのかしら・・
ああそれ、そこは同感。
私もそう思いますよ。

https://www.youtube.com/watch?v=hlzF_jLZOL4
前にもおんなじことを書いたけれど・・別れのワルツと呼ばれることもある曲。
ショパンといえばジョルジュ・サンドという女流作家みたいなのとの恋が有名だけど、その前に互いにひかれあい結婚を真剣に考えた女性がいたらしい。
そうならなかったのは、身分が違うから。
ベートーヴェンもそんなのなかったっけ?
貴族の娘や婦人にピアノ教えてるとそうなっちゃうんでしょうね。
それは彼のその後を縛り続けただろうと思う。
後の聴き手はその辛さが創作のエネルギーを生み出し・・なんて適当なことを言って喜んでりゃいいんだけど、本人は苦しかったろうなぁ・・別な人でごまかしてる間も。
一生懸命取り組んでる人って美しく見えちゃうしね。
作曲家について書かれたものを読んでるとピアノを教えてた相手とできちゃって不倫・・というのがものすごくたくさん出てくる。
死んでしまえば忘れ去られるはずだった何人かの女性はそれで歴史に名を残すこととなった。
作品の中にその名を刻まれた人もいる。
その名は作曲家の手の中で100年たっても200年たっても人の心の中に響き続けるかもしれない。
しかし、ほんとの旦那がいたりしてまじめな人だったとするとちょっと不憫か。
あの世に行っちゃえば関係ないのかもしれないけれど、世の中は知らない方がいいことの方が多い気がする。なんだそれ。

お店のBGMはいつものショパンのポロネーズにワルツに・・有名曲が並んだいつのあれだった。
きっと何十年も同じのを回してるのかもね。
まあいいや嫌いじゃないし。
2906.jpg
どんな日のいつ行っても混んで騒々しいことのないこの店がお気に入り。
もちろんおいしいし。

Tag:ショパン  Trackback:0 comment:4 

ナショナル台所セットと冬と春

古い街の裏路地みたいなところにある洋食屋に飯を食いに行ったら閉まってた。当たり前か時間過ぎてんだから。
仕方がないので最近できたチェーン店で飯を食べ・・・ああそうだあそこいってみよう。
2869.png
いいでしょう?ここ。
写真に写らないけれど底からは滾々と水が湧き出て砂を躍らせている。
底まで澱んでかびちゃってる心も洗ってくれるかも・・冷たいか。
2870.png
写真だけ見るとどっか田舎の山の上とかそんな感じに見えなくもないけれど、
実際には周囲を住宅地に囲まれ、あんまり周りを見ちゃうと・・みたいなところ。
もっと言えば生活排水そのものみたいなのが音を立てて脇から流れ込んでいるのが見えたり・・
見るからきたねーと思うんであって、みなきゃいいのか。
でもそうやって生きてきたらこんなになっちゃったけど。
2871.png
つくしが出てた。
草の中を小さな鳥がガサガサ歩き回ってなんか食ってる。
うまいのそれ?
2872.png
春って一言でいうけれど色々ですよね。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=312&v=AculPJcCOcI
冬の終わりと新しい予感みたいな。

2873.png
いいねーつくし。
つくしも出てくるとみんな喜んで可愛がってくれるのに、同じ根でつながったスギナは目の敵ですよね。
2874.png
ピント全然あってないけど。

昔一瞬上司になった人はよく
「ピントのずれたような話してんなぁ」
と言って私に苛立ちを見せた。
あなたもずれてますよね?なんて言えるわけもなく、言ったとしたら間違いだ。
その前にいた会社と違っていきなり暴力沙汰というのはなかったけれど考え方や人間性についてこの人とは驚くほど縁がないと感じ、また自分で応募しておいて無責任なのではあるけれどここで自分が何かを発揮できる可能性も見えなかったため短期間で辞めてしまった。
その人が残したもう一つの印象的な言葉に
人を嫌いにならないほうがいい
というのがあった。
非常に単純な言葉のようでもうそれに尽きるというような大事な事であるのはわかった。
それを聞いた時点でその人への感情は懐疑的を通り越して嫌悪感でみたされていたし、その後も私は出会った何人かの方を自分で遠ざけることを繰り返してきてしまったけれど。
でもそれだけに、その言葉の意味や重要性がわかる気がする。
分ることとできることはまた別だから。

その後すぐに職を探そうとすると早く決めなければという意識だけが先行してしまいまた失敗すると思ったので、しばらく派遣社員のライン工をやりながら頭を冷やすことにした。
数か月くらいだったか毎日ほんとに無心でねじ締めかなんかを繰り返しているうちに、頭の中が勝手に整理されて当初わからなかった自分の適性や今後についての考えが自然に見えてきた。
今思うとあれは一種の座禅みたいな物だったのではないかと思う。
そして見つけた道筋は今も続いて勤続20年目。


2875.png
前に来たときは行かなかった上流の方へも行ってみよう。
今はもう大丈夫だろうけど、一時期こういうものの価値を忘れどんどん埋めて宅地化したりしてましたよね。
うちの近所にもこんなのがあったらしい。農協やスーパーがあったあの辺り・・今は駐車場だ。
2876.png
ここを残してくれた人に感謝。
その先は込み入った古い住宅地となっている。
古い家が売り払われ新しい家がどんどん建てられて・・
2877.png
その先昔の国道1号線に出る。旧道の旧道みたいな。
さらに昔は東海道だったはず。
道幅がやけに広いのは、かつてここを走っていた路面電車の交換設備があったからじゃないだろうか。
ここを電車が走っていたことを知っているの人はもうあんまりいないだろう。
そういう自分だって見たことない。
見てみたかった。

細い路地に入るけれど、古い古いお店の残骸みたいなのが続くのはこの道の何かを教えてくれている気もする。
2878.png
ナショナル台所セット。
いまならパナソニックシステムキッチンとかですか?
あちがうか、ポットに炊飯器に冷蔵庫・・とかそういうの?
ナショナル台所セットを入れてはりきってた人はいま何歳くらいなんだろう?

2879.png
ほんのわずかな時間で大きく日が傾くのね。
まだまだ冬の景色じゃない?
夏に来たときはこのベンチで本を読んでるステテコなおじいさんがいた。
今日は散歩のおじいさんが少し腰を下ろしていく。
2880.png
水って不思議な力を持ってるよね。
この先の公園のベンチには90歳近いんじゃないかという夫婦が肩を寄せて座ってた。
いいね。
あそこまでたどり着ける人がどれだけいるのか。
私もああなれるもんならなりたい。

2881.png
写ってるかな?湧水が砂を舞い上げるのをボーっと見ていた。
どんどん時間が過ぎ、買い物をして家へ帰るともう夜だった。

Tag:音楽を聴く話  Trackback:0 comment:4 

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