花の咲くところと自分の居場所
天気が悪くても見栄えがするものといえば

あじさいかなぁ。
ここへは観光客なんか来ないような小路を歩いてくるのだけど、登山道にもなっているらしく毎日登っているというおじさんがこの先にいいところがあるんだよ行ってみたらいいよと教えてくれた。
そこはかなり前から何度も来ていてよく知って・・なんて思っても顔に出さずありがとうと言えばおじさんも笑顔だ。
それでいいじゃない。
全部こんなだったら世の中心地よいのに。
なんでとげだらけな言葉の中に毎日いなくちゃなんないんだろ・

散水と書いてあるのはカーブで車輪がきしむので水をまけという運転手への合図だと思う。
ここには鉄道写真な人が一人いた。
あなたの写真を邪魔するような位置に入っちゃいけないことはわかっていますよと言うのを動きで伝えて・・
一言二言話したけれどとても礼儀正しいいい人だった。
ああいう人もいるのね。
ねじれて生きてこなければ自分もでっかいカメラな人だったと思う。

景色も一部だけ切り取るとなかなかなものに見えたりする。
人の言葉や心もいらんところばかり発見注視するのをやめて都合のいいように受け取ることができれば世の中心地よくなんのかな。そんな単純じゃないか。

駅に近づくと、でっかいカメラな人がいっぱいだ。
何だかみんな楽しそう
誰にも何にも言われてないのに、ここにいてはいけないとかいう思いが走る。
いじけた子供か。

何年か前から駅前の古い建物はおしゃれなカフェとかギャラリーみたいなのになって今風だ。
昔一度行ったときには入りやすくいいお店というイメージだったけれど今ははおしゃれ学生みたいなのがいっぱい目に入るようになった。
入ってみる?と嫁さんに聞いても困ったような顔をしているのは、俺があそこが嫌だという気持ちを出しまくってるんだろうな申し訳ない・・と思いながら。
坂を下りきると

昔からのこんなコーヒーショップ。
ここでいいじゃん。ちがう、ここがいいじゃん。
中でお店人夫妻が暇そうにテレビを見ていた。

丁寧に扱ってもらって、ケーキセットを頼めば
香りのいい紅茶。
お店の夫婦はまたテレビに見入ってる。
おしゃれ店とは違うけれどすごく落ち着きゆっくりできた。
https://www.youtube.com/watch?v=ILaTybKAcrI
箱根宮ノ下といえば、富士屋ホテル。
今なんだか改装中みたいだ。
かなり昔からあって著名人が来たらしく、案内板にはチャップリンの散歩道とか・・なんだっけ・・
写真館にはジョンレノンが来たとか・・なんだっけ・・・
私的にはプロコフィエフだ。
ここに来たかったというよりは、金を出してくれる人間がここにいると聞いて会いに来たくらいだったような。
芸者を揚げてもらって面白かったと言ったのは別なところだっけ
芸者が出てくるようなところに行ったことはないけれど、仕事がらみで横におねーちゃんが座るような飲み屋には何度か行った。
普通はそういうのは喜ぶもんなんだろうけれど私には苦痛な時間でしかない。
下戸のせいかと思っていたけれど飲めても駄目だったかもしれない。
ブログだからこんなことを平気で書いているけれど、リアルではちょっと頭のおかしい使えない人だ。
しかし全く何をやっても駄目ね・・
思えば子供の頃からみんなの楽しみになじめずいつも孤立していた。
そんな不具合品みたいな自分をばらされるのが嫌で、何時しか楽しそうな人を見ると人の集まりを予感すると逃げようとする頭になっていった。
偶然、いくつかの理由で17時以降の付き合いというのがほとんどない会社、部門、職種に入り込めたおかげで今日も真人間のふりをしていられる。
ほんとはそうじゃないのかもしれないけれど本人がそう思い込めることが大事だからいいの。
標準から見れば間違った不具合品でも、人としての自我を持っている以上人として生きていく。
残り時間を少しでも有意義に過ごせるよう。
立ち向かうところには立ち向かい・・・・その先は書けないか。
こんな人生だけど私は私が結構楽しいよ。

あじさいかなぁ。
ここへは観光客なんか来ないような小路を歩いてくるのだけど、登山道にもなっているらしく毎日登っているというおじさんがこの先にいいところがあるんだよ行ってみたらいいよと教えてくれた。
そこはかなり前から何度も来ていてよく知って・・なんて思っても顔に出さずありがとうと言えばおじさんも笑顔だ。
それでいいじゃない。
全部こんなだったら世の中心地よいのに。
なんでとげだらけな言葉の中に毎日いなくちゃなんないんだろ・

散水と書いてあるのはカーブで車輪がきしむので水をまけという運転手への合図だと思う。
ここには鉄道写真な人が一人いた。
あなたの写真を邪魔するような位置に入っちゃいけないことはわかっていますよと言うのを動きで伝えて・・
一言二言話したけれどとても礼儀正しいいい人だった。
ああいう人もいるのね。
ねじれて生きてこなければ自分もでっかいカメラな人だったと思う。

景色も一部だけ切り取るとなかなかなものに見えたりする。
人の言葉や心もいらんところばかり発見注視するのをやめて都合のいいように受け取ることができれば世の中心地よくなんのかな。そんな単純じゃないか。

駅に近づくと、でっかいカメラな人がいっぱいだ。
何だかみんな楽しそう
誰にも何にも言われてないのに、ここにいてはいけないとかいう思いが走る。
いじけた子供か。

何年か前から駅前の古い建物はおしゃれなカフェとかギャラリーみたいなのになって今風だ。
昔一度行ったときには入りやすくいいお店というイメージだったけれど今ははおしゃれ学生みたいなのがいっぱい目に入るようになった。
入ってみる?と嫁さんに聞いても困ったような顔をしているのは、俺があそこが嫌だという気持ちを出しまくってるんだろうな申し訳ない・・と思いながら。
坂を下りきると

昔からのこんなコーヒーショップ。
ここでいいじゃん。ちがう、ここがいいじゃん。
中でお店人夫妻が暇そうにテレビを見ていた。

丁寧に扱ってもらって、ケーキセットを頼めば
香りのいい紅茶。
お店の夫婦はまたテレビに見入ってる。
おしゃれ店とは違うけれどすごく落ち着きゆっくりできた。
https://www.youtube.com/watch?v=ILaTybKAcrI
箱根宮ノ下といえば、富士屋ホテル。
今なんだか改装中みたいだ。
かなり昔からあって著名人が来たらしく、案内板にはチャップリンの散歩道とか・・なんだっけ・・
写真館にはジョンレノンが来たとか・・なんだっけ・・・
私的にはプロコフィエフだ。
ここに来たかったというよりは、金を出してくれる人間がここにいると聞いて会いに来たくらいだったような。
芸者を揚げてもらって面白かったと言ったのは別なところだっけ
芸者が出てくるようなところに行ったことはないけれど、仕事がらみで横におねーちゃんが座るような飲み屋には何度か行った。
普通はそういうのは喜ぶもんなんだろうけれど私には苦痛な時間でしかない。
下戸のせいかと思っていたけれど飲めても駄目だったかもしれない。
ブログだからこんなことを平気で書いているけれど、リアルではちょっと頭のおかしい使えない人だ。
しかし全く何をやっても駄目ね・・
思えば子供の頃からみんなの楽しみになじめずいつも孤立していた。
そんな不具合品みたいな自分をばらされるのが嫌で、何時しか楽しそうな人を見ると人の集まりを予感すると逃げようとする頭になっていった。
偶然、いくつかの理由で17時以降の付き合いというのがほとんどない会社、部門、職種に入り込めたおかげで今日も真人間のふりをしていられる。
ほんとはそうじゃないのかもしれないけれど本人がそう思い込めることが大事だからいいの。
標準から見れば間違った不具合品でも、人としての自我を持っている以上人として生きていく。
残り時間を少しでも有意義に過ごせるよう。
立ち向かうところには立ち向かい・・・・その先は書けないか。
こんな人生だけど私は私が結構楽しいよ。