人間関係がミニマリスト

ブログに飯屋に行けない街があるなんて書いた後、あえて行ってみたくなった。
当たり前だけどそこへ向かえば着くし、行って何の問題があるわけでもない。
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このレストランは観光客を意識したつくりで後ろには大きな窓。
この日は曇りでさえなかったけれど、晴れていれば素晴らしい景色が見えると思う。
いま、大きな窓から外が見えている写真をここへ貼れずにいる。
誰かがそれを見てどこの街か特定し年齢から逆算してあの時のあいつだ・・なんてあるわけないのに。
行ったとはいえ街中には近寄れず外れの高台みたいなところだった。
避けられないところに心というか頭を病んでいて常軌を逸した被害妄想を口走る人間がいる。
今書いて思ったけれど私も、同じなのかもしれない。

店員さんに見覚えがある気がして昔?どこで・・と考える。
でも多分勘違い。そもそも人なんか誰も知らないはずないんだから。
全然関係ないはずの人が知り合いに見えることは過去にもあった。
それは多分、寂しいから。
ブログ村のライフスタイルというところをなんとなく眺めてみるとミニマリストだらけだ。
嫁さんが立ち入らないある一部屋と車のなかは不要なものを絶対に一つも置かないミニマル空間になっているのだけど、あれを全部に展開したら心も軽くなるかななんて思わないでもない。心もなんてどっかのブログに感化されたみたいか、埃はたまるので掃除は必要だけれど無駄に散らかってゆくことは絶対にないし、あれがほしいみたいな無駄な物欲もわいてこなくなる。
でもうちの嫁さんに捨てるとかシンプルとか冗談ででも言ってみると本気で怒りだすので危険だ。
他にもいろいろ我慢していることがあるんだろう、そういうのが乗って爆発しかけたことがあった。うちは全然ミニマリストじゃない。
無駄のない暮らしもいいけど、嫁さんのいない暮らしになちゃったら俺は本当に終わりだ。セルフネグレストとかすぐなんじゃないかと思う事がある。
私は交友関係が全くのゼロであって親戚付き合いというものも全くない。一つだけあるあれは別枠。
もう誰も知らない。
人間関係がミニマリストだ。
ちがうかただのダメ人間か。

先日ぶどう寺でタクラマカン砂漠なんて聞いたのでボロディンの中央アジアの草原にても頭に浮かんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=UI_RAQFBouE
かなり昔CDを買ったはいいけれど一度聴いてそれっきりになっていたこの曲、聴いてみるとなぜ聴こうとしなかったのかを思い出しそれで終わってしまった。
何を見ても聴いてもあらを探しのような感想を持ち噛みつくようなな口を聞いてしまうとき、
それも多分さみしいから。
でも文句めいた感じで聞いたのに一度聞くともういとど聞きたくなり、頭の中でループし始め・・とかなるもんなのね。

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ヴァイオリンのフラジオは始め1本で始まりだんだん本数が増えてゆく・・・面白いといえば面白い。
この開始いろんな曲が思い浮かび先人のアイディアの2番煎じじゃないかなんて思ったけれど、年代やこの人のいたところを考えると別にパクリじゃなくオリジナルな発想なのか。
学生の頃部屋にひいてた有線を適当に聞き流しているときにこれが流れ、転調やハーモニーが新鮮に聴こえてはっとしたのを今でも覚えてる。
その時、夏休みの真昼間なのに私はカーテンを閉めた部屋の中でジグソーパズルを組んでいた。
あほか。二十歳の夏というのはそんなところでそんなことをやっている時間じゃない、人生を無駄に・・・
と一般標準的評価で自分を批判したところで何も得られないばかりか自分を腐らせさらに逃避に追い込むだけだ。
どんな理由で何が起こった結果どうなったかを冷静に整理すると、何ができてどちらへ向かうべきかが見えてくる気がする。
やっとそれがわかった今は45歳。
もう終わったともいえるけれどまだ時間は十分にあるともいえると思っている。
幼いころからみんなが集まると気づかれないようにすっと逃げていた記憶が映像で出てくるのだけど、なにもわからないなりに一般論的評価基準を充てて自分を壊すリスクから自分を守るために人から自分を隔離しようとしていた・・は調子に乗りすぎか。

貴族の血を引くボロディンはまず非常に優れた化学者であり、その功績で現在まで名を遺すしているそうだ。
趣味でやってた作曲でも歴史に名を遺す芸術家として認知され・・
こっちはあれだ、人類の歴史上何か意味があるような存在ではないと思う。じゃまなくらいなんだろう。
でもせっかく出てきちゃったからしばらく居座らせてもらいたいと思う。

少し前、もう会うこともないだろう人からの社交辞令的なメールを真に受けて返信をした。
最近夢の中というか枕元みたいなところでバーカと罵る声を聴き、声の主を探すとお前はそこで一人腐ってろと笑いながらドアの向こうへ消えていくのが見えた。
もう全部終わって何もないんだという事を認識しきれていない自分が間抜けに思え、関係するメール一式をフォルダごと削除する。
削除してもまだゴミ箱の中に入ってんのね。ゴミ箱が大量の未読表示になってって・・ゴミ箱を空にするボタンはまだ押してない。
アドレス帳にもいろんなものが登録されているけどみんなもう干からびちゃってる。仕事の関係、20年以上あってない昔の知り合い、何かあると文句を言ってくる人、命綱のつもりで登録した地域包括支援センターの担当者は満面の笑顔みたいな声で担当外れますので・・
こういうのをみんな消しちゃうのも断捨離なんだろうか?
あったって仕方ないけれど消したってしょうがないものを消そうとしている理由も多分、
さみしいから。
遊んでもらえない子犬がやけになって大事にしている縫いぐるみを振り回し投げたとばしていた・・・あれみたいだな。

だけど、
寂しいとか虚しいとか言ってるときは実かなりいいときなんですよね。
ほんとにダメな時はそんな考えは浮かばないしそれどころじゃない。
じゃいいよね。
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先程の店。
天上には謎の穴。
上から貫通してるけどなにこれ?隕石落ちちゃったの?

私ひどい首コリを持っているんだけれど、
最近楽器の練習に行ってくるとすーっと治ってるんですよね。
正しい姿勢で息を大きく吸ったり吐いたりするから?
そんな目的で楽器やってるのでは全然ないけれど。
ちょっといいことあるじゃない。
じゃいいじゃない。

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水漏れと異常なこだわりと精神異常。

すごく暑かった日、用があって某所。
トイレに行きたくなりコンビニでもないかと捜し歩いている途中
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手動ポンプな井戸を発見。
あでもよく見れば井戸じゃなくて直下の水路の水をくみ上げるようになっているだけかな。
もうしぼんじゃってたけど小さな朝顔がほほえましかった。
写真が適当なのは人目を気にしたのと、急がないとやばそうだったから・・

生活に支障をきたすほどではないけれど私は昔から若干頻尿気味かもしれません。
どこから始まったかははっきり覚えていてある中学の授業中に限界寸前で往生したあの時。
あの苦痛は二度とごめんだと思いそれから休憩時間毎に必ずトイレに行くようにした。
あの時はちょっと気をつけようくらいなつもりだったと思うけれど、そこの端を発する以上がその後30年も続くとは思っていなかった。
コンサートなど絶対に抜けられない状況がでは油断ができない。
コンサートにいくときは音楽の芯までしゃぶり尽くしてやるぞと変態的に意気込んでいくのでなんであれ音楽の邪魔が入ることは悲しい。
全曲100分程度のマーラーの3番の時はかなり緊張したけれど問題を感じることなくすごい演奏で大満足に終われた。
同じマーラーの9番の冒頭5分くらいでその予感がした時は泣きそうになった。
さらっと普通に流す演奏会もあるだろうけれどあの曲は演奏者が何か取りつかれたように魂を入れ、そうなることを予想し望んであつまった客たちと合わせ異様に張り詰めた芸術的異空間を作る・・みたいな演奏会になる可能性のある曲だと思う。この時まさにそれだった。
目の前で起こっていることにあこれ普通じゃないなと感じたあたりではすでに予感なんか消えてどっか行っちゃってた。
結局、心が支配してるんだよね。

楽器のレッスン中にそうなってはいけないので事前にトイレに行きたいのだけど・・とかもういいか。
心が体を制御するのは間違いないと思う。
楽器も自分にわかる訳がないなんて思いこんでいるから体もそれ相応の反応をするのかもしれないと思うことはある。
バルトークにミクロコスモスというピアノのための練習曲がピアノを弾くわけではないただ聴くだけの人間にもあってなんか有名です。
本当に初めてピアノの前に座る子に向けたような(ちがうのかもしれないけど)1番から始まってどんどん難易度が上がってゆく・・と言うほど聴いてないけれど。
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はじめてのレッスンて感じしますねこれ。
面白いのは最後に20秒とか演奏時間が書いてあるんですね。
この人の楽譜はこれに限らずもっと超絶複雑な作品にもこの楽章は何分何十秒みたいなのが必ず書いてあるんだったと思う。
テンポだけ指定しとけば結果としての経過時間はほっといてもついてくるはずで、書かずにいられないのはちょっと病的ななこだわりのような気もしますね。
こういうのを見るとちょっと頭のいっちゃった人みたいなイメージがわいたりするけれどこの人に限ってはそれも違うと思う。
息子の書いた本を読むとバルトークはものすごく理知的な人であったようだ。
昔読んだ指揮者の岩城の本に誰だか忘れたけれどバルトークと親しかった人から聴いたとこんなことが書いてあった。
彼の愛用したメトロノームはひどく壊れてくるっていた。彼の楽譜に指定された数字を、絶対に信用してはならない・・・


https://www.youtube.com/watch?v=5RMv9I9C5H4

最後の数曲はプロがコンサートで演奏したりもするそうだ・・・の一曲。
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8分の4+2+3拍子、なんかハマるというか気持ちいいというか・・

以前窓から見える田んぼの土手から湧水が滝のように流れだした。
窓の外から聞こえる水の音はなんか風流というかいい感じ・・
でも急になんだ?地滑りの前兆か?結局、水道管が破裂して漏水していたいただけだった。
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その土手。
急に白いものがあふれた。
あそこにあんなものをみたのは初めてだ。
どうしたんだろう?
何か始まるのかな?
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近づけばあたりには甘い香りが立ち込めて。
他に何もないからこの花の香なのかな?

中学のあの頃、私は一日に何度もシャンプーで頭を洗ったりしないと気が済まないという異常行動がすでに始まっていたと思う。
それはその後悪化して、髪の毛から油の抜けきった変態的な容姿で街を歩いた。
その結果どうなったかはもう書かないけれど、今に至るまで影響を受けている。
この頭はおかしいと思う。

上の方で書いたマーラーの9番の演奏会は私にとってかけがえのない体験になった。
その演奏会は収録されCDとなっているので買って聴いてもみた。その内容を悪いという気はしないけれどあそこにあった張り詰めたなにかをそこから感じることはできない。
音楽というのはやっぱり発生した現場に立ち会わないとえられないものというのがあると思う。
私は今、くだらない精神的束縛によってコンサートに行けないみたいなことを言っているあほだ。
人生の大事な時間を無駄にしていると思うけれど、その縛りを解くカギを探して、外してゆく作業を時間をかけて実行しているからいいの。
昨日楽器の練習にいったらちょっと良かったというかつかめたような気がしたというか・・今までもそういうの何度もあってその後ぐしゃぐしゃになったりしているけれど、でもできるどころかやってみる想像もしなかったことをやってるわけだし、ミクロな速さで進んでいるような気はするのね。
頭壊れてても、人生が失敗めいていても、なにか支えを見つけて生きて行ければいいんじゃないかと思ったり。


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小さな世界と桃のスムージー

ぶどう畑に満足したらせっかく遠出したんだしなんかカフェでもないかと。
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子供の頃、通学路上に古いコンクリートな四角い家というのを見かけた。その時点でもう相当古くくたびれた感じだったけれど一つはリフォームされ見違えるようになったりして。それももうとっくに解体されて今はない。
・・そういうの感じの。
なんかよさそうですね。
入るとお客さんはいない。
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古い足踏みミシンをテーブルにってのは結構よく見ますね。
よく見ますねなんてほんとに大きなお世話だけどね。
本を置いたコーナーがあって、時間の過ごし方も・・
BGMはなんか不思議系。

https://www.youtube.com/watch?v=wNgvSlWuIOQ
この曲題名がかなり有名
犬のためのぶよぶよとした前奏曲
別にぶよぶよしてないし聴くのも弾くのも犬というより主に人間。

女性の店主はちょっとキャラクターというか・・よくいえばクール。
多分本人は気付いてないけれどちょっと刺すような喋り方は一歩間違えば・・
でもこの日は心が安定、悪気ないんだろうねくらいで気にならなかった。
世間に出ればいろんな人間がいていろんなことを感じるけれど、その印象の多くは自分の側に支配されているのかも・・なんてきれいごとが言えるのはたまたま今がいい状態だから。ダメな時はダメだし、そのほうが多い。
毎日畑を眺めて心を・・なんて訳にもいかないしな。
だからと言って戦いますみたいなのもまずいと思う。
受け流せばいいやも短期的にはいいけれどそこで垂れ流し放置したものが蓄積しいずれ大きな問題となって襲ってく・・
いいから静かに過ごしましょう。
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桃と夏イチゴのスムージーと桃のセミフレッド。
麦のストローなんだって。
セミフレッドなんて言葉は初めて聴いた。
食べて感じたのはレアチーズが凍ってアイスやフルーツが入ってる・・いやちょっと違うかな・・
すごく美味しかった。
時々見かける訳の分かんない葉っぱはしょっちゅう名前を聞くあの有名なローズマリーというものだと嫁さんに教えられこの時初めて知る。
改めて香りをかいでみると無印良品みたい。
ああこれいいなぁ・・いやな事に遭遇したらこれがあれば落ち着くかなぁ・・・
スムージーもとてもおいしかった。
麦ストロー樹脂とはちがう温かみみたいなものを感じるかなぁ・・
ストロー咥えて吸うはさすがにできるよ。
毎日葦で作ったリードを咥えているけれどいつまでやっても加え方も圧力もなんにも記憶されないし安定しないのね・・なんなのこの人・・俺だけど。

あ?、嫁さんの様子がおかしい・・あれ俺なんか言っちゃった?
ちがうのか、過呼吸でもない。
気持ち悪いとか首が閉まるとか、何かのアレルギー症状が出ているようだ。
こういう時、こちらが動揺しちゃったらいけない。
本人の判断では桃のスムージーであるという。
あれ桃缶大好きだよね?
麦ストロー・・なわけはないか。
これ美味しいから飲みたかったのに・・と悲しんでいた。
大丈夫そうかな‥よかった。
私は美味しいものを二人分いただけたけれどカロリーとかどうなってんだこれとか思いながら・・
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薪ストーブ?
冬もよさそうですね。
もうちょっと暗くなれば別な表情を見せてくれるかな。いいですねここ。
店主が自分の趣味で作った空間なんだろうけれど一本まっすぐなコンセプトが貫いていて、ドアの内側に外の現実から隔離された世界があると思う。
こういうところを心の避難場所にしてしばらく過ごすとかいうのもいいですね。限られた時間しかいられないところがまたいいと思う。
私は物心ついたくらいから自分の心の奥深くを避難場所としたはいいけれど、ずっとそこに逃げ隠れていたために・・
もうそんなに自分を罵らなくてもいいから。
なぜそうなっちゃたのかを探っていくと幾分建設的な考えが浮かぶかもしれない。
それもまたうまくできないけれど。
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あのドアの横にあるのはローズマリーですか?
うちにも植えようか・・

Tag:サティ  Trackback:0 comment:6 

ぶどう寺

地図を見ていたらぶどう寺というのがあった。
変なネタ系とかじゃなくて国宝の本堂を持つ歴史のある寺であるらしく行ってみることにした。
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鎌倉時代とかからここで睨んでおられるんでしょうか・・・
これ見よがしに置かれた案内板を読むまでもなく、歴史的すごみみたいなものが感じられる気がする。
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国宝の本堂は鎌倉時代に再建されたものだそうだから事はお寺はもっと前からあるのか。

中へ入ると、平安時代からという薬師如来様は逗子の中にあってお姿は見えない。
お寺の人が丁寧に説明をしてくれる。
終わりかけたところで興味があったのでいろいろ聞いてみた。
薬師如来様がぶどうを持っているのは平安時代から・・そもそも薬師如来がぶどうを持って現れたというところがこの寺の起源であるだけでなく、甲州にぶどうが広まった原点なのだそうだ。
さらに聞くとぶどうの遺伝子解析により、タクラマカン砂漠にあるぶどうを祖として中国の色々なぶどうを取り込んだものがここへきていることがわかっているそうだ。
仏教と共にぶどうは伝来したのか・・ほんとにぶどうは仏さまが持ってこられたんですね。
なんかその話に心が魅かれ満たされる。

https://www.youtube.com/watch?v=oY6s20JYyyM
シェーラザードはペルシャかなんかで同じ砂漠でも全然違うとこなんだろうけどまあいいじゃない。
ルート的にはつながっていて、正倉院にはペルシャの何だかが収められているんじゃなかったっけ?
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初めて聴いたのがいつだったのかも忘れたけれどこの楽章でまず引き付けられたの最初にクラリネットに出てくるこれ・・
呪文のような夜空の星のような・・・異国情緒感ありすぎの魔法の言葉・・
ものすごく難しいことをやっていそうなイメージがあったけれど改めて楽譜をよく見るとかなりシンプルな音階なのね・・逆に驚いたりして。
砂漠を渡り岩山を超えとか、今だってやばいのに昔は命がけどころの騒ぎじゃなかったんでしょうね。
途中に現れるオアシスにはぶどうの蔓があってみたいな・・
トルファンだっけ?一度行ってみたいけどなぁ・・

どこかの老人会みたいな団体が入ってきて並べられた椅子に座りだした。お経が始まりお坊さんの説法みたいなのが始まる雰囲気だ。
たくさんの仏像はすぐそばまで近寄ることが許されていて本当はしばらくここにいたかったのだけど、今ここはあなたのいる場所じゃないですがあなたなに?・・みたいな雰囲気を感じて外に出る。
音楽を好きだという気持ちが強まると究極的には自分が演る側になりたくなるものだと思う。
思ってそこへ行ってみるとここはお前みたいなのが来る場所じゃないんだよといわれ逃げるの繰り返しであった。
今また勝手にいきたいところに向かうべく落第寸前で楽器を習い、そこにこれまでの人生の失敗とやりなおしを重ね・
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ちょっとトルファンみたいじゃん。
ちがうか。
寺がワインを醸造しているんだそうだけどこのブドウは関係あるのかな?
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ラインが埋めてあったりしてここも駐車場なんですね。

拝観料を払ったときにもらったチケットみたいなのには案内図が乗っていて、指をさしながら帰りにはこちらへ回ってこの庭園を見ていってください・・
言われたとおりに戻ってきて案内板を探すとなんか建物へ入れと書いてあるので・・
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鉢植えのシャインマスカット。
こんなのやってみたいけど素人には難しいんだろうなぁ・・
その庭園というのは確かにあったけれど、国宝の本堂と釣り合うようなものなのか私にはわからなかった・それより印象としては
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ここで何か飲んだり買ったりしてくださいという感じなのかな。
奥には団体さんが入っていてお食事中・・
ここは別な団体さんも来てブドウ品定め祭り
お寺も経営しなくちゃなんないし色々大変なんでしょうね。
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スーパーで売ってるのとは違う気がする。
何がって艶とかかなぁ・・迫力・・
70円負けろというおじさんにそこが儲けなのぉ・・
買って帰ろうか?というと嫁さんは
そんなもん買うならピノを大量に買ってくれだそうだ。
これはしばらく食えないと思う。

今日もスーパーでシャインマスカットを指して買う?と聞いたら
そんな高いものはいりません・・
かわりにタラミのぶどうが入ったPUREというゼリーを買って来た。
これちょっとおいしいのね。

Tag:R・コルサコフ  Trackback:0 comment:9 

日の光と季節を感じないとダメだった

出かけた先で昭和なレストランをみつけた。
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すぐ隣は桃畑だけれどもう実は収穫されてのこってなかった。
そりゃそうか。なんにでも時期ってもんがあるもんね。
だけど青々とした葉はまだ勢いがあってやってやるわ!みたいだ。

ランチ終了2分前に駆け込んだのにお店の人は笑顔で迎えてくれた。
暖かく丁寧な対応はどんな料理よりも得難く忘れがたい。
かぼちゃのポタージュに始まって・・
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食べている途中で先程の店員さんが窓に外から簾をかけてくれる。
いい感じのサラダにメインに・・
おいしいし、ゆったりとした気持ちのいい時間。
しかしなんだか暑くなってきた。
明るい方がいいかな思って座ったけど西日が、
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デザートの頃にはここまで・・
巨砲のババロア。
ババロアって久しぶりに聴いたな。
おいしかったよこれ。
リンゴに見えるものは桃。
山梨って感じですね。
食い終わった後に嫁さんに桃だといわれるまでかわったリンゴだと思ってた。
いい時間を過ごさせてもらえました。ありがとう。

この辺り一帯は桃とブドウの畑でいっぱいだ。
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これシャインマスカットでしょう?
まだ食ったことないよ高くて。
ただの畑も普段見ない景色だから見てて楽しい。
シャインマスカットが畑から盗まれるというニュースを見た。
このあたりだったと思う。
あんまり見てると通報されちゃったりして。
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いいねぇぶどうの丘。
ちょっとヨーロッパみたいじゃない。
みたいって行ったこともないけれど。
ぶどうって日当たりが良くないといけないんでしょう?

私は昼間から雨戸や遮光カーテンを閉め切った真っ暗な家で育った。
書きだすと自制が効かなくなりそうなので詳細は省略。
子供心に異常なことと認識し反発したけれど、いつしか自分も厚いカーテンを閉めるようになっていた。
学生の時、朝私の部屋のカーテンを全開にした人がいて
なにしてんだ!?と驚いた次の瞬間明るい部屋を見てああこれが普通なのかと思った。
そこだけ見るといい思い出みたいだけれど全体像としてはお互い黒歴史。その後また長く暗いところにこもった。
あの人ちゃんと元気でいるかな?
今は嫁さんがブラインドや障子をあけて家じゅう明るい。
人間には日の光が必要だと心底思う。
成長期に日の光に当たらないと季節もわからずどっか腐って実もならない。
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これは何だろう巨砲?
ぶどう狩りみたいなのじゃなくてちょっとだけ食ってみたいというのはどうすればいいのかな?
横で嫁さんが、スーパー行けってことじゃないの?
あそうですか。
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あの白い紙を被せていないのはお酒用のブドウなのかな?
俺は食える実のがいいな。
近くの畑で何かを燃やした煙で辺り一面慰撫されてるみたいで・・俺は虫か。
さっきまで指すようだった強い日差しが少し傾いて夕日の予感。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=212&v=E4jZ21bLB_c
最後の4つの歌という曲集から九月という曲ですが、
詩の和訳を読むと夏が自身の最後を悟り静かに目を閉じようとしているようだ。
その夏というのは単に自然の季節を指しているだけではないだろう。
私は、
自分に夏が来ると思っていなかったので夏に気付かなかったし、夏を感じなかったので秋も来ない。
でも何かが終わりの方角に向かっているのは感じるようになった。
まだそんなすぐに終わるとも思わない。午後4時半の日差しみたいな。

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桃が少しだけ残っていた。

実はつけられなくても枯れるまでは生きてるんだから
今からでも葉っぱの一枚でも茂らせられるように・・

Tag:R.シュトラウス  Trackback:0 comment:0 

そんなわけないから思い出したこと

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隣というか近くの街は最近観光地化していて素敵な食い物屋なんかもたくさんあると思う。
思うのに、いまだ強い抵抗を感じて行けないことがある。

あれは高校一年の夏休みだったのか、学校の中庭みたいなところに座っていた。
吹奏楽部に入ったはいいけれどいまと全く同じように何か月たってもアンブシャがつかめずまともに音を鳴らすこともできていない。
周囲からの圧力のようなものを感じ耐えかね逃げようとしていた。良くしてくれた先輩に引き留められたのを振り切ったような記憶もかすかに出てくる。
ふとみると目に前の地面が100円玉くらいの大きさで強く明るく照らされている。
足を差し出しその光を自分に重ねれば、神様の力をもらえ・・
いつもならそうするのにこの時そうしなかった。
そんなわけないだろ
いつまでも子供じゃないんだから・・
すぐにいややっぱりと思ったけれどもう光は消えていて二度と戻らなかった。
疑うならだめだという無言の声を聞いたような気もした。
周囲から変な視線を感じるようになりやがて街中から嗚咽を浴びる日々へ突入していったのはその直後からだったので、この出来事が原因なのではないのかと思ったこともあった。
そんなわけないだろあほかというところでしょう。
誰かが鏡か何かで私をからかった?
あの日空は曇りだった気がする。

先日、楽器の先生からエキストラで呼ばれたという演奏会のチケットをいただいた。
団体名を聴けば会場がどこかはすぐにわかる。
そこは私にとって長年近寄ってはいけないしい思い出してもいけない所であった。
当たり前だけれど30年もたてば私を知っている人間がそこにいる訳もないし、いたとしても何か直接的な不具合が起こるなどという事はない。
そんなことあるわけがない。
こんなの傍目には馬鹿の一言でしょう。
先生の「こっちは行きたくなければ無理にはいいですよ」からだいたいどんな状況なのか察はついた。
だけど嫌だから行きませんでしたなんて答えはないだろう。
行ってきた。
昔自分も立ったことのあるステージを見下ろす。
お前もソロをやれと言われてやった記憶はあるのだけれどもう暗黒時代に突入していた私にとってそれは拷問かさらし首みたいな状況であったと思う。ずっと封印してあった記憶はもう干からびていて断片がぽろぽろ零れ落ちる程度でしかないし、それを思い出したくて行った訳ではないのでどうでもいいというか・・
そして、恐れ怯えている不具合が起きることは全くなかった。
そんなの当たり前なはずなんだけど。
といってこれで私はまた新しい一歩を踏み出すことが・・みたいな話があるわけでもない。
思いがけず遭遇した全く別な要素で心を揺さぶられたけれどそれらは今関係ないから。

あの頃何聴いてたかなぁと思って・・

https://www.youtube.com/watch?time_continue=851&v=_M9I-3cRVaI
ブラームスの1番のCDを買ってきた中学の頃はまだ昭和で、街には小さなレコード屋がたくさんありどんな小さな店にもクラシックの棚があった。私には知り始めた世の中が明るく見えていたのを覚えている。
この曲の解説を読むと必ず20代の頃に着手されたが完成と初演は20年以上たった40を過ぎてからというようなことが書いてある。
筆が進まなかったんじゃなく、ベートーベンが築いた特別なジャンルととらえた交響曲を世に出すに値する自分になるのを待ったんでしょうね。
若い作曲家が自分に課した宿題を解決したというか・・ドイツの作曲家として世に出てきた以上こういうの書かなきゃいけないでしょというものへの回答というか・・
素晴らしい音楽だけど、この人が本当の自分を出してくるのはこの後だと思う。
私自身はこの曲を心から好きだと思うようになるのに20年かかった。でも今振り返れば20年なんてあっという間だよな。
30年もあっという間だった。

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帰り道に寄ったお店
わっ、タバコ・・
カフェじゃなくて喫茶店だもんね。
リラックスしてタバコを吸うオーナーが見える。
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常連さんとか親し気に話すオーナーの声。
うちのケーキは工場で作ったものを出して・・
なんか素敵なお店で、私たちが心を込めて作ったお店ですとか書いてあるからケーキも手作りなのかと勝手に思ってた。
そんなわけないのか。

ここは嫁さんと初めて会った日に来たお店。
自分の中でとっておきの店だったのだけれど、考えてみればここしか知らなかった。
ここを教えてくれたのは高校の時の知り合い。
私の高校後半2年間は悪夢の記憶でしかない。
ドロドロの悪夢に沈んでいく際みな私に向かい俺に近づくな!と罵声を浴びせ威嚇したのに、私を馬鹿にし愚弄しながらも彼は最後まで笑いながら相手にしてくれた。
卒業後にも数回会い、免許を取ったが車に乗せる相手もいないので私を呼んだくらいの話だったと思う。
その後電話の向こうで大学を中退し不本意な生活を送っていると聞き、次の機会もあるだろうくらいに思って終わったのが最後。
あれから四半世紀か。
今更だけどありがとう。
何かを伝えることももうできない。
きっと、うまくやってどこかで元気でいるんだろう。

あれから光の輪は一度も見たことがない。
あたりまえか。
ある時、お前自分でやるんだよという声を聞いた。
そんなわけないだろというところでしょう。
私は聴いてそうかと思えたからいいのだけど。

Tag:ブラームス  Trackback:0 comment:2 

作家のやってるようなカフェ

箱根というのはなんかこうちゃんとした観光地だ。
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ちゃんとした人がちゃんとした格好や気持ちで来るところだと思う。
気持ちも恰好もまったくちゃんとしていないけどふらふら来て歩く。
ホテルの裏側の狭い路地を歩いていると小さな看板が見える。
角を曲がると
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いい感じ・・と言いたいけれど右側には何か訳ありな廃屋が強烈な印象。
火事?こんなとこにのせてちゃいけないかな。
奥へ行くと箱根写真美術館という看板。
どう見ても古い家屋利用のなんかなのにGoogleマップのレビューを見ると広い庭園の写真が並びなんかすごいところのようなことが・・・?
地図を見るとすぐそばに箱根美術館というのがあり、そこと混同している人がいるのかな。
写真に陶芸、絵画など・・アーティストな人が作品発表の場にカフェを併設しているのをよく見ますね
中をのぞくと、
こんにちは。美術館ですか?カフェですか?
あ、カフェえ・・
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好んで聴かない人でもよく知っているクラシックの曲というのがあって、ムスログスキーの展覧会の絵をラヴェルがオーケストレーションしたものもその1曲でしょう。
まだFMを知らないというかラジオといえばAMだと思っていた頃に新聞のラジオ欄をみてこの曲を録音した。
NHKじゃなく民放だった。

ラヴェルが底本にしたのはリムスキーコルサコフが原曲にかなり手を入れた版だったので、あれは2重に編曲されたものを聴いていることになると思う。
ラヴェル自身その問題に気付いていて、何とかして原典版の楽譜を入手できないかと誰かに相談していたようなことを弟子の書いた本で読んだ。
原曲を知るとオケ版は聴けなくなりそのまま。

この組曲の大きな特徴として絵から次の絵へ移動するプロムナードという音楽がいくつか挿入されているけれど、単なる曲間のブリッジにとどまらずそれ自体が様々な表情を持った魅力的な音楽として訴えてくるとこがあると思う。

https://www.youtube.com/watch?v=StH0qZ20_xo
原曲の7曲目手前にあるプロムナードは冒頭のプロムナードに一見そっくりだ。
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単調であるととらえたからかは知らないけれどリムスキーコルコフはこれをばっさりカットした。
それしか資料のなかったラヴェルのオケ版にも当然出てこない。
昔買ったCDの解説ではラヴェルはここをカットして・・と書いてあったような気がする。いいけど。
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一見そっくりなんだけれど、でも違う。
変奏されているとかそういうのじゃなくて、
じゃどこが違うの?
うーんと・・
みたいな間違い探し的な変化がおもしろい。
冒頭にはあったsenza allegrezzaが2度目には書いてないのね。
いろんな絵を見てちょっと嬉しくなっちゃってんのかな?・・・そう思うと音が増強されている部分の説得力が・・とか。
これカットしちゃあかんじゃんか・・
なんて言わない。
リムスキーコルサコフがあれを出版して世に広めてくれなかったらこの曲忘れ去られていたかもしれないんでしょう?
ラヴェルが原典版を入手出来ていたら、ここはどうしただろうか?

この曲中高生くらいの頃によく聴いたし弾けないの承知で楽譜を買ってきたりした。ちょっと聴いてないくらいのつもりが気が付けば何十年もたっちゃってるのね。
ムスログスキーについては中学生の頃にどこかで読んだ理解されず酒におぼれ貧困の中で死んだ・・のイメージで止まっている。
・・作曲家に限らず人の不幸話は語り手に都合のいいようにデフォルメされていることが非常に多い。そんなものをサラッと見聞きしたくらいでなにか知ったような気になるのはほとんど間違いなんだろうと思う。
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一人いた先客は外国っぽい衣装の瓶に入ったビールかなんかを飲みながら本を読んでた。
なんかいい過ごし方ですね。

森をイメージしたというハーブティーとオレンジピールのケーキ・・とか言おうとしたのに
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結局わかりやすく旨そうな洋ナシとキャラメルソースのパフェを頼んでしまう。
パフェじゃなくてパルフェだっけ?
自分にとってどうでもいいような小さなこだわりが、誰かにとってはとても大事なものかもしれない。
洋ナシは凍らせてありキャラメルは強く主張しない、おいしいパフェだった。

壁にある時間はラジオの電話中継をやっているので相手をできないけど話しかけないでくださいみたいな張り紙があった。
帰り際、
ラジオに出てるんですか?
あれは家内のほう・・
私はテレビにもほぼ毎日出てますよ。
はぁ?
よく知っている芸能人の名前がでてきて・・
すぐ察して・・ああこの人有名な写真家かなんかなんだな・・箱根だもんその拠点がここなのか・・
本が出版されるとかそこにあるものはパリで個展を開いたときに・・
へー。
支払いを終えた瞬間店主は何かを指して説明しようとしたような気もする。
けどすかさずごちそうさまでしたといっちゃったのでそこで終わった。
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すぐ裏手にはケーブルカーが走っていて、駅もすぐそこ。
隠したようなところにあると思ったけれど、駅前といえば駅前だ。

もしブラームスがカフェをやっていたら・・・は冗談でもあり得ないなと思うけれど、仮にマーラーが引退するような歳まで生き、道楽でカフェでもやったとして・・
そういうところに行って私は彼にファンなんですとか話しかけることができるだろうか?
差し出したスコアにサインをもらってとか・・
出来ずに黙って帰っちゃうかなぁ・・
そもそもそんな店には近寄れないだろうし、下手に話したりしたら人物も作品も嫌いになっちゃうかもな・・

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温かい食事は言葉を超える

楽器はパニック的スランプみたいな状況から脱することができた。
とは言え依然として・・だけど誰にどう思われるかも客観的にどうかということも今はどうでもいいの。
諦めて止めちゃった人になってさえいなければ、それでいいの。

そのレッスンに通う途中、毎回ある看板が目に入り気になっていた。
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看板を目印に入ったここ。
どう見ても人が普通に住んでる民家だけど唯一あのライトがここお店ですよこっちへ来てくださいと語ってくる。
そうですかと進めば、
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お店で間違いないのね。
戸を開け中へ入るとバンダナにサングラスで海賊みたいな風貌のおっさんが目でこっちですよみたいな感じで左の障子をあけ消えていった。
え?無言?
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こんにちは・・とかいいながら障子を開け入ってみると
おっさんがちょうど料理を運んでいるところ・・
なんか言えばいいのになぜ無言?ここすわっていいのかな?
少し遅れて、いらっしゃいませと厨房の方から・・
とか思ってたらあろうことかおっさん運んだ料理を自分で食いだした・・
まかない?
あ、違うわこの人お客さんだ。

ちょっと驚きの安価なランチメニューからステーキランチを。
しばらく待ってると厨房から声がする。
ああ一人でやってるのか、自分で持ってくのねと理解しかけたところにバンダナ氏が小さい声で
自分で取りに・・
いい人なのかもしれない。
ご飯とみそ汁は自分でよそい放題。お替りし放題。
サラダには自家製ドレッシングが2種類


https://www.youtube.com/watch?v=NIpAqkXD6zM
元々普通の和室だったところの床を張り替えたのかなここは・・一応レストランらしくBGMが流れてはいた。
隣の厨房は土間のレベルで業務用のコンロがあったり・・田舎のでっかい農家って台所もやたらにでかいけどこれはやっぱり店をやるために手を入れたのかな?

バンダナ氏は食べ終わると店主を呼んで話始めた。
僕ら日本中食べて回ってるんだけど・・評論家みたいに饒舌にしゃべっちゃう系な人だ。
色んな事全部知ってるし解ってるよみたいな。一歩間違うと嫌な人だけれど話し方でうまく不快感を封じて・・
でっかい声で原価計算できない人だな!
明らかに誉め言葉だとわかるんだけど、相手が一瞬ふっと止まったりすると場が凍るというかこちらがいたたまれないような気になったりして。
まあでも、話の流れで店主の口からいろんな裏話を聴けて面白いには面白かった。
いいなぁ、あんな風に生きられたら、よかったかなぁ・・
私は・・あまりにも人と話さな過ぎて、業務用電話で長話をしたら心が満たされたとかちょっとまずいと思う。

氏はうちの嫁さんに話しかけたりして話の場を作りかける・・
私も加わってみようかと一瞬思ったけれど何だか乗れなかった。
その後もなんだか都会のおしゃれ人間みたいな体で色々話し続けているのが聞こえる。話がここへ行こう!となったとき、
ずっと静かに食ってた奥さんが小さく冷たい声で
一人で行けば?
と答えて終わったのを嫁さんが聞いたらしい。
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あのねこれすごく美味しかった。
肉もだけどサラダもうまい。
スイカがうちの畑で取れました感を出してると思う。
おいしいものを食べてる間は幸せになれるのね。
豪華とか高価とか珍しいとか手が込んでるとかじゃなくて、
暖かくておいしいもの。
飯は寂しい心を救う。

また行きましょうねこのお店。

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ソフトクリーム1個3000円

昼飯を食って適当に山道を登ると山頂付近を走る観光道路みたいなのにぶつかり、ものすごい霧というか雲のなか。
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ランチについてたコーヒーが利いてトイレ休憩必須・・
あれ昔乗ったんだっけかななんて思いながら眺めてると隣で嫁さんが、あんなちょっとの距離しかないのにお金払ってのるの?
そうだなとか思いかけたけど、かつてスペースシャトルに乗るような喜びをもってあれに乗った子供がいたような気がする。多分ここへだったと思うけれど来たこと自体がハワイかなんかまで行ったようなインパクトがあったような・・飯食った後にちょこっとよれるような近さだったのね。
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なんだこれ?
プラチナ箔ソフトクリーム3,000円・・
金とプラチナが両方のって3,800円とか言うのもあったと思う。
なんかこう・・あんまり盛り上がんないなぁ。
こういうのもインスタ映え狙いなんでしょうか・・
そんなこといちいち言ってないで素直に笑ったり喜んだりできないところにダメ人間が現れているんでしょうね。
自分の欠陥をあぶりだされるようでTwitterできませんとか言ってるとこもダメ人間。
なっちゃったもんはしょうがないし自分の悪いところをいじめたってしょうがないからいいや、OK。
プラチナ箔ソフトで検索すると金沢のことばかりが出てきてここのことは出てこないんだけど何だろこれ。
あの看板何だったんだろう?

レクイエムといえば死者が安らかに眠れるよう願う超絶真面目音楽なはずなのに、とんでもない楽器編成の曲があるというネタで時々登場するベルリーオーズのレクイエム。
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4組のバンダ(オーケストラから音楽的にも場所的にも独立した位置にいる集団)が空間を囲み、
オーケストラ本体にはティンパニストが10人で・・みたいなバブル期の調子に乗った冗談みたいな内容が有名。
ティンパニだけで五線が8段あるなんて景色はほかのどこにもないから・・
買って来たCDを聴いてなにこれ?くだらねーなんて思ってしまいそのままになったのは学生の時だった。
今聴けば良さが解るかもと思い聴いてみたけれどやっぱりだったのはもう20年くらい前か・・
もちろん実際はそんな軽薄な意味だけがそこにあるわけじゃないだろう。
ただ多人数がダーッと叩いてますみたいなお祭り騒ぎではなくて、よく見ると結構変な音を含み和音が変わっていく・・でも多分生で聴いても和音の変化なんて言ってるようなのじゃなくて全地上を揺るがすような轟音が響いてくる感じだろう。
10人もいるので結構重複している音があるからただ和音をたたかせたいだけならこんなに要らないわけで・・しかしステージ上に並んだ10人のティンパニストの撥があっちで動きこっちで止まりという視覚的なインパクトは・・もういいか。
バンダがやっているのは死者を墓から呼び出す不思議なラッパというやつだと思うけれど、不思議なというより明確な軍隊音楽みたいなところがこの人っぽいんですかね。早く集合整列しろとか言ってせかしてるようにも聞こえる。そんなところも嫌いだった。
この曲は戦争で亡くなった人の慰霊祭みたいな国家的行事のために依頼されたんだったと思う。

こんなの書いたところでみんな読み飛ばしてんだろうなとは思うけれど自分が面白いからいいのね。
私にとってはプラチナ箔ソフトよりもこちらの方がはるかに興味深い。
今、これなんか聴いてみると、

https://www.youtube.com/watch?time_continue=852&v=takjP-pUliU
なかなかいいんですよね。
落ち着いていらない意識を捨てて聴きこんでみれば、この曲も好きになるかもしれない。
こういうのがまだまだいっぱいあるから、私のこれからの楽しみはまだまだ大量に残っているの。
そう思えば素晴らしいね。

怒涛のティンパニが有名なのは前途の奇妙なラッパという部分だけれど、その後もいっぱいいるティンパニはちょこちょこいろいやっていて何だか楽しませてくれる。
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全曲を静かに閉めているのもいっぱいティンパニ全員だった。
重複音がたくさんありPPPなんだから、ティンパニがいっぱいいる理由は音がほしいとか音量がとかじゃないことが・
とか書いてたら猛烈に聴きたくなってきた。
なんとなく突拍子もないことをやって受けを狙った変な人というイメージで見がちなベルリオーズだけれど、そんな浅いところでなんか考えてたわけじゃないんでしょうね。

この曲はしかし絶対に現場で体感しないと知ったことにならないとも思う。
こんな曲の完全な演奏機会はそうそうあるとも思えないけれどいつか行けるかな?
行けるかなじゃなくて行こうとしなくちゃだめじゃないね。
コンサート拒否症なんて言ってたけれど・・とか書こうと思っていたところに、ちょっと色々あった。
でも大丈夫、いま超絶微速ながら前向きなので。

この曲について検索していたら偶然昔懐かしいhtml手打ちみたいなサイトを見つけた。
ずっと昔にも見た覚えがあるのでもう廃墟みたいなもんかと思ったら驚くべきことに手打ちの日記が今も続いていた。
この人はしかしSNSもやっていて知り合いもいっぱいいるようだ・・・あたりまえか。
こういうのってハマると結構読んじゃうのね。
ふと思ったのは、よく想像するどこかで歯車が別なものとかみ合わさって全然違う人生があったとしたら・・
あったとしてもその全然違う人生でも私はこの人生は失敗だもっと別な人生が・・とか言ってたんだろうなということ。
じゃあ、今のこれでいいか。
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こんな天気もいいじゃない。

Tag:ベルリオーズ  Trackback:0 comment:4 

思い出も思い入れも沈まない

行こうと思った遠くの喫茶店に行きそびれ、カフェなんかあるわけのない海沿いの道を延々走ってきて、
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やってるように見えたここに入ってみると男性が二人で話し込んでる・・
あれなんか違うな?事務所?しくじった?
どうぞー
あ、いいですか?
男所帯的な乱雑さを感じ一瞬ひるんだけれど丁寧な言葉にここで休んでいくことにする。
このあたりはアニメの聖地らしくどこの店に入ってもそれ系のものがあふれてたりして、ここにも声優さんが来たのかサインが貼ってあったり。一人いたその系お客さんはもうバスの時間がとか言いながら出ていった。
でもこの時の私にそこはあんまり関係なかった。
メニューを見てると営業時間が書いてあり・・
あ、もうラストオーダーの時間もとっくに過ぎてもう閉店の時間かぁ・・
嫌な顔もせず迎えてくれて・・申し訳ない・・ありがとう。
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ごゆっくりと言いかけた店主に時間のことを詫びるとすぐに話が始まり、この店への強い思い入れが語られる。
かつてここに古い客船が係留されていて、超高級ホテル、レストランとして使われていました。
知ってますよ・・この近くですよね?
近くじゃなくてここです・・
あ・・そうだっけ。
地元では有名だったその船のことは私も幼い時からなんとなく知ってはいたし時々話題にしたような気もする。
けれど客船で食事とか近寄りがたいイメージもあって行ってみたのは結構な歳になってから、嫁さんとだった。
美しいその船は戦前に作られてお金持ちを乗せ世界中を回った名船、食事のあと船を見て回ると私にも歴史と深みみたいななんかを感じさせてくれたのを覚えてる。
それからすぐ、ニュースになるような不正の影響などで経営母体が傾くと施設は閉鎖。
船はどこかへ売られてえい航中に浸水、いったんは港に入ったものの助からず沖に沈んでしまった。
ニュースで見た記憶では港に沈まれては困るから助からないなら沖へ出せという指示みたいなのがどこか監督機関みたいなところからあったような気がする。
古い船だしそもそも大丈夫なのかみたいな話はあったそうだ‥というかだれでもそう思うような気がするし、なんであんなこと・・とこんな話を店主に向けてみると、さえぎるように店主の一方的な話が返ってきたのでやめた。
もしかすると自分の大切なものに対しお前そんなこと言うなということだったのかな?
この人その船とどういう関係にあったかはわからないけれど、それが忘れられてしまうことを何とかして食い止めたいという強い願いを持っているようだ。
一見、物がごちゃごちゃ置いてあるように見えてしまったのは店主が集めてきた船にかかわる大量の展示物であった。
最近アニメのせいでやたらに人が来るようになり、SNSかなんかでこの場所の知名度が爆発的に高まったそうだ・・
それ自体は嬉しいようなんだけど、
だけど来るのは男の子ばっかりで・・・
そうですか・・・
それじゃだめですか・・

https://www.youtube.com/watch?v=FOT3rZJ4vtw
悲しい伝説の残る古城には今も城を守ろうとする武者の幽霊が・・みたいな話を思い出したりして。
幽霊なんて言っちゃったら店主に失礼だけどその強い思い入れに・・
お礼を言って帰ろうと思うと海辺もみていってくださいという。
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なんかこう、寂しげな夕景とともにちょっとシュールな・・
店内に置いてあったアニメの本の表紙はここのこのテーブルだった。
桟橋もなくなっちゃって、ここにあの船がいたとはもう想像もできないな。

嫁さんと初めてか2度目かそれくらいにあった日にもここへ来た。
たくさんの電球できれいに飾られた船が海に浮かぶのを見ながら・・・
私にとっても思い出の船。
写真があったはずと思い探すと、思い切って食事をしに来たときの写真や動画が出てきた。
昨日のことのようで、もうあれから15年か。
確かに、間違いなくそこには若い私と嫁さんがいて、笑ってる。
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すべての写真に私か嫁さんか二人がでっかく写っていて、風景や情景みたいな写真は一枚もない。
自分や他人の姿に嫌悪感や敵意をむき出しにして生きていた記憶があるんだけれど、この時こんなだったんだな。
俺の人生も何にもないまま無駄に時間が過ぎ去ってきたわけじゃないんだと教えてもらう。
背後に写る重厚な内装や装飾品を見ながらこれらはもう海の底にあって二度と会えないんだと思うと泣けてくる。
でも私の人生はまだ海に沈んじゃってないから。
ありがとう。

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プロフィール

unagi

Author:unagi
どうも発達性協調運動障害(DCD)じゃないかと思います。
クラシック音楽が好きです。

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