子供
ふと目に留まったブログの内容や書きように魅かれて読んでいくと、辛く大きな出来事に遭遇しているのを見ることがある。
究極的には自分が亡くなってしまうという事でしょうか。突然の中断の理由を察することができる場合もある。
さらにさかのぼっていくと、そこにいるその人はこの先起こること全く知らない。
当たり前なんだけれど、それゆえの無邪気な日常というものが印象に残る。
生きてくにあたって先を予測していくということは絶対的に必要だなと思うけれど、あんまり先のことなんか知らない方がいいし知らないから生きてられるのかもなと思う。
前振りのようだけどそれだけ。
峠というか山の上というかそんなところにあるカフェ。
しばらくぶり。

小さな子供がたくさんいる。
こんなことは書かないほうが良いに決まっているのに書くと
私は子供を見るのが嫌いとまではいわないにしろ苦手である。
でも子供一人ひとりのなかには大切で尊く壊してはいけない世界があることは知ってる。
なぜかお前が言うなという声が聞こえてしまうけれどお前も言うな。
ここは福祉施設でもありカフェは副次的なものなのらしいのを思い出した。

時間は遅いけれど・・
暖簾がかかってやっているみたいだ。
ご飯大丈夫ですか?というと何か確認めいたことの後に大丈夫と答えてくれる。
前回来たときとは違う人か。
柔らかい笑顔と丁寧な案内
奥の個室的スペースを進めてくれたけどなんか閉鎖的でつまんない気もしたので

前と同じ土間の囲炉裏の前にさせてもらう。
嫌とかめんどくさそうな顔も見せず笑顔で案内してくれてありがとう。
囲炉裏に火は入ってないけれど

ストーブをつけてくれた。
あったかいね。
囲炉裏で温まったこともないけれど、昔祖母の家へ行ったら火鉢を出してくれたことがあった。
こんなに小さな炭が?と思うけれどちゃんと暖かかった。
一人息子にできた孫には年に一度会えるか会えないかで、特別かわいがってもらえていることが幼い自分にもわかった。
しかし祖母の期待にこたえうるような私に私は・・・はいはいわかったわかった。
3択くらいのメニューから

ラム肉のオリジナルなんとかカレーだっけ。
正直結構割高だけど気持ち料が入ってると解釈して。
添えられた野菜にはハーブ系のなんか食べたことない味のドレッシングがかかっていた。
いいねそういうの。
ドリンクオプションとか普段は絶対に頼まないけれどジンジャーシロップとあるのを見てお湯割りを頼んじゃった。
先日のコーヒースタンドのはしょうが感が爆発していたけれどこちらのは飲みやすいやさしい飲み物という感じ。
きっとショウガも自家製だと思う。

静かでいい感じ。
椅子の上にあるもじゃもじゃはリアル羊の毛かな?
すぐ横のテレビには福祉施設としての活動を紹介する写真みたいなものが流れていた。
馬のほかいろんな動物がいて、何とか理論に基づき子供の・・

人を募集しているらしく目の前のテーブルで面接をしていた。
いろんな人がいるよね世の中って・・
さりげなく話した自分の子とのかかわりあいは成功例というか・・失敗例という札がついてる自・・はいやめやめ。
https://www.youtube.com/watch?v=JmgT1-pVc-U
バッハのオルガンのためのトリオ・ソナタは息子の教育用に書かれたといわれています。
教育用と聞くと優しい内容かと思っちゃったりしそうだけど技術的にも芸術的にも極めて高度なという話になっていて。
話になってるとかじゃなくて自分が聴いてどう思うかだけどね。
嫌いでもなんでもないのに考えてみると聴いたの15年ぶりくらいかな。
バッハは最愛の妻を亡くした後再婚したりして子供が20人いたと思う。
今と違い全員が成人できたわけではなく幼くしてとか生まれてすぐにという子もいただろう。
3人が作曲家として売れただけじゃなく後世に名を遺した。
やっぱり才能を見せずというかどうにもならない子もいただろうか。
DCDみたいなのはいただろうか?いる訳ないか。
名もなく消えていった子たちに、親父はどう接しただろうか?

なにかを通すために開けてあったと思われる穴。
星座みたいだな。
下の方には水道管を通していた痕跡。
この土間は元風呂か炊事場があったりしたのかな?
叔母の家は戦後すぐに建てた感じで風呂場というより台所へつながる土間に風呂桶や洗濯機が置いてあった。
考えてみるといろいろ行った古民家カフェなんかよりずっといい感じの古民家カフェになりそうだけどそんなことを考えたってしょうがないか。

鶏がうろうろしてたりすると絵になりそうですね。
幼いころ住んだ借家、大家だったのかすぐ下の家で鶏を飼っていて
上がってきた鶏と一緒に遊んだというか話をしたという記憶が一番古いところに。
あの頃はまだ自分は失敗だなんて思ってなかった。
いや今だって思ってないよ。
究極的には自分が亡くなってしまうという事でしょうか。突然の中断の理由を察することができる場合もある。
さらにさかのぼっていくと、そこにいるその人はこの先起こること全く知らない。
当たり前なんだけれど、それゆえの無邪気な日常というものが印象に残る。
生きてくにあたって先を予測していくということは絶対的に必要だなと思うけれど、あんまり先のことなんか知らない方がいいし知らないから生きてられるのかもなと思う。
前振りのようだけどそれだけ。
峠というか山の上というかそんなところにあるカフェ。
しばらくぶり。

小さな子供がたくさんいる。
こんなことは書かないほうが良いに決まっているのに書くと
私は子供を見るのが嫌いとまではいわないにしろ苦手である。
でも子供一人ひとりのなかには大切で尊く壊してはいけない世界があることは知ってる。
なぜかお前が言うなという声が聞こえてしまうけれどお前も言うな。
ここは福祉施設でもありカフェは副次的なものなのらしいのを思い出した。

時間は遅いけれど・・
暖簾がかかってやっているみたいだ。
ご飯大丈夫ですか?というと何か確認めいたことの後に大丈夫と答えてくれる。
前回来たときとは違う人か。
柔らかい笑顔と丁寧な案内
奥の個室的スペースを進めてくれたけどなんか閉鎖的でつまんない気もしたので

前と同じ土間の囲炉裏の前にさせてもらう。
嫌とかめんどくさそうな顔も見せず笑顔で案内してくれてありがとう。
囲炉裏に火は入ってないけれど

ストーブをつけてくれた。
あったかいね。
囲炉裏で温まったこともないけれど、昔祖母の家へ行ったら火鉢を出してくれたことがあった。
こんなに小さな炭が?と思うけれどちゃんと暖かかった。
一人息子にできた孫には年に一度会えるか会えないかで、特別かわいがってもらえていることが幼い自分にもわかった。
しかし祖母の期待にこたえうるような私に私は・・・はいはいわかったわかった。
3択くらいのメニューから

ラム肉のオリジナルなんとかカレーだっけ。
正直結構割高だけど気持ち料が入ってると解釈して。
添えられた野菜にはハーブ系のなんか食べたことない味のドレッシングがかかっていた。
いいねそういうの。
ドリンクオプションとか普段は絶対に頼まないけれどジンジャーシロップとあるのを見てお湯割りを頼んじゃった。
先日のコーヒースタンドのはしょうが感が爆発していたけれどこちらのは飲みやすいやさしい飲み物という感じ。
きっとショウガも自家製だと思う。

静かでいい感じ。
椅子の上にあるもじゃもじゃはリアル羊の毛かな?
すぐ横のテレビには福祉施設としての活動を紹介する写真みたいなものが流れていた。
馬のほかいろんな動物がいて、何とか理論に基づき子供の・・

人を募集しているらしく目の前のテーブルで面接をしていた。
いろんな人がいるよね世の中って・・
さりげなく話した自分の子とのかかわりあいは成功例というか・・失敗例という札がついてる自・・はいやめやめ。
https://www.youtube.com/watch?v=JmgT1-pVc-U
バッハのオルガンのためのトリオ・ソナタは息子の教育用に書かれたといわれています。
教育用と聞くと優しい内容かと思っちゃったりしそうだけど技術的にも芸術的にも極めて高度なという話になっていて。
話になってるとかじゃなくて自分が聴いてどう思うかだけどね。
嫌いでもなんでもないのに考えてみると聴いたの15年ぶりくらいかな。
バッハは最愛の妻を亡くした後再婚したりして子供が20人いたと思う。
今と違い全員が成人できたわけではなく幼くしてとか生まれてすぐにという子もいただろう。
3人が作曲家として売れただけじゃなく後世に名を遺した。
やっぱり才能を見せずというかどうにもならない子もいただろうか。
DCDみたいなのはいただろうか?いる訳ないか。
名もなく消えていった子たちに、親父はどう接しただろうか?

なにかを通すために開けてあったと思われる穴。
星座みたいだな。
下の方には水道管を通していた痕跡。
この土間は元風呂か炊事場があったりしたのかな?
叔母の家は戦後すぐに建てた感じで風呂場というより台所へつながる土間に風呂桶や洗濯機が置いてあった。
考えてみるといろいろ行った古民家カフェなんかよりずっといい感じの古民家カフェになりそうだけどそんなことを考えたってしょうがないか。

鶏がうろうろしてたりすると絵になりそうですね。
幼いころ住んだ借家、大家だったのかすぐ下の家で鶏を飼っていて
上がってきた鶏と一緒に遊んだというか話をしたという記憶が一番古いところに。
あの頃はまだ自分は失敗だなんて思ってなかった。
いや今だって思ってないよ。
おしゃれとか人とか苦手だけど喋りたくなった
ここに店があると思っていなければ絶対気付かなそうなこのお店、穴場みたいなカフェをみつけたと思い

先月来てみた時は臨時休業だった。
小さな札にcloseとあるのが見えやっぱり俺らし・・あ、ちがう。
OPENの表示を何度も見て間違いないことを確認し・・

高台にあって街を見下ろす感じ。
もうここの時点でいいじゃない。
ザバザバと水音が聞こえ・・養殖場かな。
真新しい外観は一見今風な新築みたいだけれど実際はリフォームしたばかりという感じ。

入るとお店の人はいない・・
あでも気付いてでてきて案内してくれた。
始めあの窓辺の席に一人座っているお客さんがいた。
後ろ姿に見覚えが・・
いる訳のないところに知人の姿を見るのは、多分寂しいから。
いちいち情けないけどしょうがない。
高台の窓から街の家々を見下ろすこの景色にも見覚えが・・・
実際に見たんじゃなくてこんな高台のにあるようなアパートを借りて住もうと思ったことがあった気がする。
夜逃げしたとき・・はそれどころじゃないか。
いったん実家へ戻ったけれど落ち着いてしまわないよう正規の手続きを経てすぐどこか都会へ出て職を探そうと思っていた。
そのときかな。
偶然なのか導かれたのか戻ってみるとちょうどその直前に親の体に癌が発見されたところであった。
必要とされこの地にとどまり職を探したためあの景色は見ないまま。
それを、20年以上たってここで見たような気がした。
注文をしてトイレを借りると、塗装されたばかりで綺麗な扉や電気のスイッチの形状に感じる年代は昭和30年ごろ・・とてもいい感じだけど建物の構造に対して古すぎる・・

昔どこかで見たようなこの床。
ここはもと小さな工場の作業場だったのかな?それにしっちゃぁ・・
もうこれは絶対お店の人に聞いてみたい。
で注文したものを持ってきてくれた時に聴いてみた・・らお店のお母さんの話も止まらない。
ここは元アパートで・・から始まって、訳があってリフォームする際ちょうど解体が決まっていた市内の古い産婦人科の建物から色々もらってきてここに据えたんだそうだ。
床材は別なところの100年物と足場板・・私たちが自分で並べたんですよ・・
こういうのが大好きなんだそうだ。
あれは病院のカルテ入れ・・あれは病院の事務で使ってた机・・

そして私がひそかにここの主役だと思うこの厨房と客室をつなぐ木枠の窓
これは古い産婦人科のナースステーションの窓なんだって。
小窓がついててあそこからコーヒーとか出し入れして・・
まさに、ここ!という一番いいところに第2の人生を見つけたあの窓・・
あー、いろんなものが導かれたみたいにここに集まって命をつない・・
話に盛り上がっているとお店のお母さんもはっとして
あ、ごめんなさい。どうぞ熱いうちに食べてください・・

写真がちょっとぶれちゃってるのはお母さんとのしゃべりながらだから。
あごめんなさい話し込んじゃって・・またあとで・・
自家焙煎なコーヒーは飲みやすくておいしかった。
シラスとキノコが半分づつのピザも美味しいし量もちょうどいい。
珈琲につけてくれたお菓子はショウガが聴いてるから最後に食べてくださいね・・

日が入ってくるととてもいい感じ。
窓の下には養鱒場。湧水がガンガン出るんでしょうね。
時々出過ぎて街中の民家のしたとかから噴き出てしまいニュースになったりする。
昔、水不足に悩んで竜神さんをお祭りしてどうか水をくださいとお願いしたんだそうだ。
竜神様頑張りすぎ。
・・・から始まって、食べ終わったらまた出てきてくれたお母さんといろんな話をしたりして・・
人嫌いみたいなのでずっといると、楽しい会話ってのがびっくりごちそうだから。
楽しい時間をありがとう。
https://www.youtube.com/watch?v=8lvNjO3TQAA
あの宝石の星空みたいな変ニ長調のノクターンとセットで出版された嬰ハ短調のこの曲。
鍵盤楽器に多く見られるこの調は刺すような厳しい曲想となっていることが多いイメージもある。
でもこの曲冒頭からずっと嬰ハ短調の地平に着地することを避け、今とはちがう明るいところへ逃れようとしているようにも聞こえる。
上へ向かおうとする意志はどこか内向きで、繰り返される言葉は結論を言わずにはぐらかされたままだ。
狙った感じの左手のアルペジオはいつまでも最後の音がCisに縛られ続けていてどこへも逃れることができない。
代わりに強い口調で嘆きを叫び始める中間部はエネルギーを増幅させながら激しく上突進し明るく力強い爆発に至る。
そしておどけたように踊りだし・・
でも結局すべては打ち砕かれ暗いところへ引き降ろされてしまうんだけど。
それだけに、

はぐらかされていた結論が雨上がりのような明るい空の中へ響いて消えていくのを聴くと救われるような気がする。
最後の一言の上にあるcon duolo.は嘆くようにというような意味だと思う。
嘆きっぱなしの嬰ハ短調主和音で終わられちゃったらもう生きてもしょうがないのかなと思っちゃうよね。
この曲も、単なる夜想曲というのとはちょっと違う気がする。

いいなと思うところはどこでも、
日が陰り始めてからの時間も見もの。
でももうすぐ閉店時間か。

なんかいいですねこれ。
色々飾ったはいいけれど置いたものが浮いたりあばれちゃって見えるところも多いですよね・・なんて言えるようなあれじゃないけどさ俺は。
ここにある色んなものはみんな融合して同じ地平に溶け込んでる感じ。
お母さんのセンスというか人柄がものを呼んでここに集めてるんでしょうね。

長居してたらお茶を出してくれたりして。
あれ早く帰れということかな?まずかったかなと考え始めるのは・・自分をHSPだとか思ってたけど問題はそんなとこじゃないことがわかった。
こういう飲食店みたいなのの全くやったことのない素人だから内心ドキドキなんです・・
いえいえ、ピザも飲みのもの部屋も会話も、何の問題もないしどんなお店よりも素敵です。
看板が小さすぎるって怒られたんですよ
いや、そこがいいんだって。
このお店はきっとすぐに有名になるだろう。
そうなればもう自分は来れないと思うと寂しいけれど、そんなこと言ったってしょうがない。
またこれるといいな。

先月来てみた時は臨時休業だった。
小さな札にcloseとあるのが見えやっぱり俺らし・・あ、ちがう。
OPENの表示を何度も見て間違いないことを確認し・・

高台にあって街を見下ろす感じ。
もうここの時点でいいじゃない。
ザバザバと水音が聞こえ・・養殖場かな。
真新しい外観は一見今風な新築みたいだけれど実際はリフォームしたばかりという感じ。

入るとお店の人はいない・・
あでも気付いてでてきて案内してくれた。
始めあの窓辺の席に一人座っているお客さんがいた。
後ろ姿に見覚えが・・
いる訳のないところに知人の姿を見るのは、多分寂しいから。
いちいち情けないけどしょうがない。
高台の窓から街の家々を見下ろすこの景色にも見覚えが・・・
実際に見たんじゃなくてこんな高台のにあるようなアパートを借りて住もうと思ったことがあった気がする。
夜逃げしたとき・・はそれどころじゃないか。
いったん実家へ戻ったけれど落ち着いてしまわないよう正規の手続きを経てすぐどこか都会へ出て職を探そうと思っていた。
そのときかな。
偶然なのか導かれたのか戻ってみるとちょうどその直前に親の体に癌が発見されたところであった。
必要とされこの地にとどまり職を探したためあの景色は見ないまま。
それを、20年以上たってここで見たような気がした。
注文をしてトイレを借りると、塗装されたばかりで綺麗な扉や電気のスイッチの形状に感じる年代は昭和30年ごろ・・とてもいい感じだけど建物の構造に対して古すぎる・・

昔どこかで見たようなこの床。
ここはもと小さな工場の作業場だったのかな?それにしっちゃぁ・・
もうこれは絶対お店の人に聞いてみたい。
で注文したものを持ってきてくれた時に聴いてみた・・らお店のお母さんの話も止まらない。
ここは元アパートで・・から始まって、訳があってリフォームする際ちょうど解体が決まっていた市内の古い産婦人科の建物から色々もらってきてここに据えたんだそうだ。
床材は別なところの100年物と足場板・・私たちが自分で並べたんですよ・・
こういうのが大好きなんだそうだ。
あれは病院のカルテ入れ・・あれは病院の事務で使ってた机・・

そして私がひそかにここの主役だと思うこの厨房と客室をつなぐ木枠の窓
これは古い産婦人科のナースステーションの窓なんだって。
小窓がついててあそこからコーヒーとか出し入れして・・
まさに、ここ!という一番いいところに第2の人生を見つけたあの窓・・
あー、いろんなものが導かれたみたいにここに集まって命をつない・・
話に盛り上がっているとお店のお母さんもはっとして
あ、ごめんなさい。どうぞ熱いうちに食べてください・・

写真がちょっとぶれちゃってるのはお母さんとのしゃべりながらだから。
あごめんなさい話し込んじゃって・・またあとで・・
自家焙煎なコーヒーは飲みやすくておいしかった。
シラスとキノコが半分づつのピザも美味しいし量もちょうどいい。
珈琲につけてくれたお菓子はショウガが聴いてるから最後に食べてくださいね・・

日が入ってくるととてもいい感じ。
窓の下には養鱒場。湧水がガンガン出るんでしょうね。
時々出過ぎて街中の民家のしたとかから噴き出てしまいニュースになったりする。
昔、水不足に悩んで竜神さんをお祭りしてどうか水をくださいとお願いしたんだそうだ。
竜神様頑張りすぎ。
・・・から始まって、食べ終わったらまた出てきてくれたお母さんといろんな話をしたりして・・
人嫌いみたいなのでずっといると、楽しい会話ってのがびっくりごちそうだから。
楽しい時間をありがとう。
https://www.youtube.com/watch?v=8lvNjO3TQAA
あの宝石の星空みたいな変ニ長調のノクターンとセットで出版された嬰ハ短調のこの曲。
鍵盤楽器に多く見られるこの調は刺すような厳しい曲想となっていることが多いイメージもある。
でもこの曲冒頭からずっと嬰ハ短調の地平に着地することを避け、今とはちがう明るいところへ逃れようとしているようにも聞こえる。
上へ向かおうとする意志はどこか内向きで、繰り返される言葉は結論を言わずにはぐらかされたままだ。
狙った感じの左手のアルペジオはいつまでも最後の音がCisに縛られ続けていてどこへも逃れることができない。
代わりに強い口調で嘆きを叫び始める中間部はエネルギーを増幅させながら激しく上突進し明るく力強い爆発に至る。
そしておどけたように踊りだし・・
でも結局すべては打ち砕かれ暗いところへ引き降ろされてしまうんだけど。
それだけに、

はぐらかされていた結論が雨上がりのような明るい空の中へ響いて消えていくのを聴くと救われるような気がする。
最後の一言の上にあるcon duolo.は嘆くようにというような意味だと思う。
嘆きっぱなしの嬰ハ短調主和音で終わられちゃったらもう生きてもしょうがないのかなと思っちゃうよね。
この曲も、単なる夜想曲というのとはちょっと違う気がする。

いいなと思うところはどこでも、
日が陰り始めてからの時間も見もの。
でももうすぐ閉店時間か。

なんかいいですねこれ。
色々飾ったはいいけれど置いたものが浮いたりあばれちゃって見えるところも多いですよね・・なんて言えるようなあれじゃないけどさ俺は。
ここにある色んなものはみんな融合して同じ地平に溶け込んでる感じ。
お母さんのセンスというか人柄がものを呼んでここに集めてるんでしょうね。

長居してたらお茶を出してくれたりして。
あれ早く帰れということかな?まずかったかなと考え始めるのは・・自分をHSPだとか思ってたけど問題はそんなとこじゃないことがわかった。
こういう飲食店みたいなのの全くやったことのない素人だから内心ドキドキなんです・・
いえいえ、ピザも飲みのもの部屋も会話も、何の問題もないしどんなお店よりも素敵です。
看板が小さすぎるって怒られたんですよ
いや、そこがいいんだって。
このお店はきっとすぐに有名になるだろう。
そうなればもう自分は来れないと思うと寂しいけれど、そんなこと言ったってしょうがない。
またこれるといいな。
大阪とアーケードとスコア
昔のことを思い出すとついでにいろいろでてきて・・
最初の就職先は新たな事業を立ち上げるためエンジニアが必要とだという話に私の専攻が合致し・・
4年生の今頃だったかお前どうせもう授業なんかないんだろうアルバイトに来いと呼ばれ、間に受け行ってみるとやるはずだった事業は頓挫というかなかったこととなっており全然畑違いな現場に人工として投入される。
だまされたと思ったけれどすぐに心理的拘束状態に置かれ・・そういうのは実際どこにでもよくあることで文句を言たってしょうがないだろう。
それで3年目くらいだったのか、

通天閣は新今宮とか動物園前という駅で降りて北へ行くんだと思うけれど、10日間くらいだたろうか同じ駅の南側付近に仕事でいったことがあった。よく聞くあいりん地区ではなくてそのすぐ東側になるのか・・記憶としては飛田新地のすぐ横。
店名だけ書かれた表札みたいな電光看板が並んでいるようす、少しだけ残った高い塀の話・・
朝現場に向かう途中吉野家で朝飯を食っているとおっさんが入ってきて、
つけものと・・ライス。
は?
ライス・・
牛丼じゃなくてライスを注文。
店員が合計金額を言うと
あ・・・
味噌汁も漬物も辞めてライスだけ。
予想を超える衝撃を受けた記憶があるからライス辞退で漬物とみそ汁だったかもしれない。
馬鹿にして笑おうという話じゃなく、いろんなリアルがあることを知った。
あの時冬だったと思う、現場につくと救急車が静かにとまっていることがよくあった。
道に寝てるおっさんがいるだろ、朝になって動かないと…と誰かが
すぐそばにあって何度も歩いたアーケードには居酒屋みたいなのがたくさんあっておっさんたちが昼間っから飲んでた。
日雇いに行って金が入るとなくなるまで飲んで、金がなくなるとまた今日の日雇い募集みたいな列に並んで・・
100円台からあるような立ち食いのうどん屋に入って食った覚えもある。
Googleストリートビューは人のいない早朝に撮られたみたいで歩き回ってみてもうどん屋のほか焼き付いた記憶の絵は見つけられなかった。
もう20年以上になるし大きく変わっちゃったのか。この際行ってみよかなぁ・・
なんか活気はあって人であふれていた気がする。
人込みの中でおっさんが立って焼きそば食ってたり・・
正直仕事としてはどうということもなかったのだけれど、ちょっと特殊な内容に対し全国から集まった色んな人のいる場で良くしてもらいいろんな話から世界の広さを教えてもらった。
今思い出せる思い出が残ったとはいえるか。
その10年後くらいの正月休みに思い付きでまだ嫁さんじゃない嫁さんと大阪にいったことがあった。

通天閣も串揚げ屋もあんまり興味がなく、あの時のアーケードを探したけれど多分見当違いな場所を歩き嫁さんを連れまわせる感じでもなかったのでたどり着かなかった。
歩道のアスファルトの上に直接奇麗な羽毛布団を敷いて寝ているおっさん。
自転車の上に家庭用のおもちゃみたいなタコ焼き器を置いて100円とか書いてるおっさん。
夜逃げしてなんて書いたけれど私もあそこへ行ったかもしれないし、あそこにすらいられずもうどこにもいなかったかもしれない。
休日なしで働き続けたけれど土曜の晩から逃げて大阪にいった記憶がもう一つあった。
少し頭がおかしくなっているので観光とかいう発想はでてこない。
普段音楽を聴けてもいなかったけれど・・都会に来ればスコアが、珍しいスコアがあると思った。
今はネット上で珍しい曲のスコアも見放題だけれど当時そんなものは田舎の楽器屋なんかに置いてあるわけもなく、私にとって複雑な音楽のスコアは遥か西方にあるという幻のありがたいお経みたいな存在であった。
ネットも使えずどうやって調べたのか・・車を駅近くの立体駐車場にとめて近鉄にひと区間だけ乗ったという記憶。

行きたい楽器屋を目指していると見覚えのあるあのグリコが突然出てきてああここ?と思ったけれど頭おかしいのでそれ以上の興味をそこに置かなかった。
心斎橋筋だっけアーケードの中にあったYAMAHAの直営店で春の祭典のスコアをみつけて買って帰った。
今ならDoverのスコアなんていろんなとこで安く売ってるよなんて言わなくもないけどその時はそうじゃないから。
だけど、手に入れた奇跡の碑文を実際眺められたのは会社を辞めた後だったと思う。
あれはもう末期のころだったのかな。
https://www.youtube.com/watch?v=K-cHhYwQWmQ
第二部 生贄の儀式。
音はなく静まり返っているはずなのに、超自然的なものすごい騒がしさが辺りを包んで・・
そういえば大阪行きの際、名阪国道を降り奈良の山の中のホテルに泊まったら部屋の中で一晩中バチバチバチと空気が破裂するような音が鳴ってた。

夜の闇に精霊たちの声を聞き光を見る。
コントラバスの怪しいフラジオレットも面白いけどそれよりフルートにフラジオレットの指示があるのを見て萌えた。
こういうの、どうやってそれが作られているかの秘密は聞いてるだけじゃわかんないから・・

演奏するわけでなくても変拍子地帯はそれが実際どうなってるのか知ってそのつもりで聴くとノリがまた違ったりする。
で細かく見てみると・・上昇する木管にはフラッターの、ホルンにはベルアップの指示・・
一番いいのは現場で目で聴くことだけど、録音聴いてるだけだとベルアップの効果なんてそうそうわかんないでしょう?
他にもここでこんなことやってんの!?みたいな発見がこの曲の場合ほぼ全ページに見つかると思う。

嫁さんと行ったときの写真の中にYAMAHAの看板があった。
その時もあれが思い出だとか思ってたんだろう。
楽譜と一緒に袋の中に大人の音楽教室みたいなものについて手書きでいっしょにやりませんか?みたいなチラシが入っていて、やれるわけないだろと思いながらそれをしばらくどっかにしまっていた記憶がある。
色々しまった開かずの引き出しの中にまだあるかもしれない。

同じ最初の会社の仕事でフェリーに乗るため大阪南港にも何度も行ったけれど本当に通過するだけだった。
毎回渡った赤く巨大な南港大橋が強い印象となっており・・
写真をみるとこの時海遊館や大阪城ほか適当に思いつく名所数か所にもいってた。
梅田スカイビルの空中庭園だっけ普通の親父と娘の会話が新喜劇みたいだったのも忘れ難いけれど、一番覚えてるのはあの羽毛布団のおっさん。

大阪の海が悲しい色なのかはちょっとよくわからなかった。
10年後に行ったときに安い駐車場をみつけて車をとめたここは南港じゃないけどそっちの方だったと思う。
何でもそうだけど数年前のつもりのこれももう12年前だった。
12年て子供が学校終わっちゃう年月だよなぁ。
大阪また行ってみたいなと思ってる。
最初の就職先は新たな事業を立ち上げるためエンジニアが必要とだという話に私の専攻が合致し・・
4年生の今頃だったかお前どうせもう授業なんかないんだろうアルバイトに来いと呼ばれ、間に受け行ってみるとやるはずだった事業は頓挫というかなかったこととなっており全然畑違いな現場に人工として投入される。
だまされたと思ったけれどすぐに心理的拘束状態に置かれ・・そういうのは実際どこにでもよくあることで文句を言たってしょうがないだろう。
それで3年目くらいだったのか、

通天閣は新今宮とか動物園前という駅で降りて北へ行くんだと思うけれど、10日間くらいだたろうか同じ駅の南側付近に仕事でいったことがあった。よく聞くあいりん地区ではなくてそのすぐ東側になるのか・・記憶としては飛田新地のすぐ横。
店名だけ書かれた表札みたいな電光看板が並んでいるようす、少しだけ残った高い塀の話・・
朝現場に向かう途中吉野家で朝飯を食っているとおっさんが入ってきて、
つけものと・・ライス。
は?
ライス・・
牛丼じゃなくてライスを注文。
店員が合計金額を言うと
あ・・・
味噌汁も漬物も辞めてライスだけ。
予想を超える衝撃を受けた記憶があるからライス辞退で漬物とみそ汁だったかもしれない。
馬鹿にして笑おうという話じゃなく、いろんなリアルがあることを知った。
あの時冬だったと思う、現場につくと救急車が静かにとまっていることがよくあった。
道に寝てるおっさんがいるだろ、朝になって動かないと…と誰かが
すぐそばにあって何度も歩いたアーケードには居酒屋みたいなのがたくさんあっておっさんたちが昼間っから飲んでた。
日雇いに行って金が入るとなくなるまで飲んで、金がなくなるとまた今日の日雇い募集みたいな列に並んで・・
100円台からあるような立ち食いのうどん屋に入って食った覚えもある。
Googleストリートビューは人のいない早朝に撮られたみたいで歩き回ってみてもうどん屋のほか焼き付いた記憶の絵は見つけられなかった。
もう20年以上になるし大きく変わっちゃったのか。この際行ってみよかなぁ・・
なんか活気はあって人であふれていた気がする。
人込みの中でおっさんが立って焼きそば食ってたり・・
正直仕事としてはどうということもなかったのだけれど、ちょっと特殊な内容に対し全国から集まった色んな人のいる場で良くしてもらいいろんな話から世界の広さを教えてもらった。
今思い出せる思い出が残ったとはいえるか。
その10年後くらいの正月休みに思い付きでまだ嫁さんじゃない嫁さんと大阪にいったことがあった。

通天閣も串揚げ屋もあんまり興味がなく、あの時のアーケードを探したけれど多分見当違いな場所を歩き嫁さんを連れまわせる感じでもなかったのでたどり着かなかった。
歩道のアスファルトの上に直接奇麗な羽毛布団を敷いて寝ているおっさん。
自転車の上に家庭用のおもちゃみたいなタコ焼き器を置いて100円とか書いてるおっさん。
夜逃げしてなんて書いたけれど私もあそこへ行ったかもしれないし、あそこにすらいられずもうどこにもいなかったかもしれない。
休日なしで働き続けたけれど土曜の晩から逃げて大阪にいった記憶がもう一つあった。
少し頭がおかしくなっているので観光とかいう発想はでてこない。
普段音楽を聴けてもいなかったけれど・・都会に来ればスコアが、珍しいスコアがあると思った。
今はネット上で珍しい曲のスコアも見放題だけれど当時そんなものは田舎の楽器屋なんかに置いてあるわけもなく、私にとって複雑な音楽のスコアは遥か西方にあるという幻のありがたいお経みたいな存在であった。
ネットも使えずどうやって調べたのか・・車を駅近くの立体駐車場にとめて近鉄にひと区間だけ乗ったという記憶。

行きたい楽器屋を目指していると見覚えのあるあのグリコが突然出てきてああここ?と思ったけれど頭おかしいのでそれ以上の興味をそこに置かなかった。
心斎橋筋だっけアーケードの中にあったYAMAHAの直営店で春の祭典のスコアをみつけて買って帰った。
今ならDoverのスコアなんていろんなとこで安く売ってるよなんて言わなくもないけどその時はそうじゃないから。
だけど、手に入れた奇跡の碑文を実際眺められたのは会社を辞めた後だったと思う。
あれはもう末期のころだったのかな。
https://www.youtube.com/watch?v=K-cHhYwQWmQ
第二部 生贄の儀式。
音はなく静まり返っているはずなのに、超自然的なものすごい騒がしさが辺りを包んで・・
そういえば大阪行きの際、名阪国道を降り奈良の山の中のホテルに泊まったら部屋の中で一晩中バチバチバチと空気が破裂するような音が鳴ってた。

夜の闇に精霊たちの声を聞き光を見る。
コントラバスの怪しいフラジオレットも面白いけどそれよりフルートにフラジオレットの指示があるのを見て萌えた。
こういうの、どうやってそれが作られているかの秘密は聞いてるだけじゃわかんないから・・

演奏するわけでなくても変拍子地帯はそれが実際どうなってるのか知ってそのつもりで聴くとノリがまた違ったりする。
で細かく見てみると・・上昇する木管にはフラッターの、ホルンにはベルアップの指示・・
一番いいのは現場で目で聴くことだけど、録音聴いてるだけだとベルアップの効果なんてそうそうわかんないでしょう?
他にもここでこんなことやってんの!?みたいな発見がこの曲の場合ほぼ全ページに見つかると思う。

嫁さんと行ったときの写真の中にYAMAHAの看板があった。
その時もあれが思い出だとか思ってたんだろう。
楽譜と一緒に袋の中に大人の音楽教室みたいなものについて手書きでいっしょにやりませんか?みたいなチラシが入っていて、やれるわけないだろと思いながらそれをしばらくどっかにしまっていた記憶がある。
色々しまった開かずの引き出しの中にまだあるかもしれない。

同じ最初の会社の仕事でフェリーに乗るため大阪南港にも何度も行ったけれど本当に通過するだけだった。
毎回渡った赤く巨大な南港大橋が強い印象となっており・・
写真をみるとこの時海遊館や大阪城ほか適当に思いつく名所数か所にもいってた。
梅田スカイビルの空中庭園だっけ普通の親父と娘の会話が新喜劇みたいだったのも忘れ難いけれど、一番覚えてるのはあの羽毛布団のおっさん。

大阪の海が悲しい色なのかはちょっとよくわからなかった。
10年後に行ったときに安い駐車場をみつけて車をとめたここは南港じゃないけどそっちの方だったと思う。
何でもそうだけど数年前のつもりのこれももう12年前だった。
12年て子供が学校終わっちゃう年月だよなぁ。
大阪また行ってみたいなと思ってる。
発芽玄米と敵意

畑のブロッコリーは跡形もなく消えていた。
富士山には傘雲。言い伝え通りこのあと天気はどんどん下っていった。
地図を見てるとまた店なんかあるわけないようなところに店があるのでいってみる。
脇道みたいなのがあるはずなのに見つけられずに何度か通り過ぎ、工場の敷地にしか見えない駐車場に小さな看板を見つけた。
その奥。

いいねこの感じ。
単管で組んだような建物とか・・
子供の頃に土建屋の土場を見つけると訳もなく入り込んだのを思いだし・・
奥の・・あれかな?

あ-あった。
いいねこのなんていうか現場事務所みたいな・・
あとでレビューみたらログハウス風の外観と書いている人がいた。きっといい人。

あーでも綺麗でおしゃれじゃない。
時間も時間だけど・・入るとまた笑顔で迎い入れてもらえた。
ここは陶芸とか家具とか作家に場所を貸すみたいな何かの一部なのかな?
隣ではのこぎりやハンマーの音。
そういうのは気にならないというか少しも嫌じゃない。
メインをいくつかの中から選べるランチの

白身魚のネギソースがけ。
こういう小鉢がいっぱい系は食ってて幸せな気分になりますね。
発芽玄米のご飯はお替りできますよ・・
えっ発芽?
発芽玄米なんて普段聞かないから何かなと思って調べたら
なんかのテストで怒り・敵意・鬱を示す数値をを低減させることが確認され・・
なんだそれ毎日食おうかなそれじゃ。
心の中に未処理なまま放置された不満や不安や後悔みたいなものが時々等価の敵意に変換されて出てくることがある。
リアル誰かにぶつけないようにすると頭がどうでもよくなったはずの過去の人や出来事を持ち出してさあこの人に対して怒りをぶちまけましょうと勝手に段取りをする。
時間が無駄なうえに癌みたいに心の正常な部分まで蝕んじゃうからそういうのだめだと自分に言いつつ気が付けば・・
発芽玄米を毎日食ったら治るんだろうか?
https://www.youtube.com/watch?v=K0Til1yPuKs
マーラーの交響曲第1番の序奏
朝霧が立ち込め遠くから軍隊ラッパが微かに聴こえてくる。霧は段々晴れてきて・・
14歳くらいだったか初めて聴いたときものすごい衝撃を受け何度も何度も聞いたこれ。

クラリネットによる暗示的なファンファーレの余韻を断ち切るオーボエ。
昔指揮者の岩城の本でを読んでいたらウイーンフィルの団員から歴史的にも貴重な話を色々聞けたという事が書いてあり、一つの例としてマーラーの弟子でもあったブルーノ・ワルターは練習中このオーボエについて
春が来て勢いよく花の芽が出たところだ!
といったというのがあった。
読んだ時には若干の違和感を感じたけれど、静というか無みたいなところから生きる喜びの歌が歌われる場が生成されていくプロセスでもあるわけだからここ・・・
あれから何十年もたった。
なんにも成長しない自分も、色々変わった。

嫁さんのは小籠包
お店のお姉さんの話し方に特徴があるのを感じたのでお替りを持ってきてくれた時に話しかけてみる。
すっごい笑顔でわたし台湾出身です!
もう日本に来て結構経つようだ。
人の話だからこんなところに書いていいかわからないけれど、いろんな話ができてちょっと楽しかった。
最近また人間拒否症へ薪をくべるみたいになっちゃってるからちょっとでも笑顔の会話ができるとごちそうをもらったような気になる。
ご飯、素朴でおいしかったよ。
驚きの何とかというんじゃないけれどホッとしていいなぁ・・

始めは女性二人の先客がいた。
一人が岩にしみ込んだ怨念みたいな声でどこかへの批判や恨み言をを繰り返しもう一人が相槌を・・
熊の威嚇じゃないけど動物って互いに言葉がなくても声色だけで意思が通じ合うようにできているんでしょう?
頭の防衛機能みたいなのが過剰に働くとそういうのをいちいち拾っちゃってあそこに熊がいますよ逃げるべきじゃないんですか?みたいな信号が出ちゃうんでしょうね。
こういうのも発芽玄米で治るんだろうか?
機嫌よく出て行った恨み節な人はどうも常連さんみたいだ。
発芽玄米まだ足りないのかな?
いやあれでいいんだよねきっと。
こういうところで毒を吐いて置いていき、またどっかで頑張るとかなんでしょう。
なんにも一つも発芽しない俺もまだ死なずに生きてるよ。
なんだかわかんない良さ。
夕方、住宅街の奥へ隠したようなお店へ行ってみた・・らやってなかった。
なんかカフェってのはみんな4時か5時ごろには閉まっちゃうからほかにと言っても行ける店はいきなり限られてくる。
調べると街の中の店ならもうちょっとやってんのね・・

一方通行だらけですぐそこにあるあの立体駐車場へぐるぐる回んないと着かないじゃなんか・・
のすえにここへ。
車ではしょっちゅう通る道だけどこんなのあたっけか?
最近できたのか。
嫌いじゃないこの感じ。
いいかもなとか思いながら。

入るとあんまり席はな・・
席に着こうかと思うと呼び止められ先に注文の前払いだという。
コーヒースタンドってやつだから?
でも今なんかつくってるところだから立ってしばし待つ。
不満もなにもなくメニューを眺める。覚えもないけどちゃんと丁寧に引き留めてくれたんでしょう。
サントリーホールでコンサートなんて言うとなんかちゃんとしたイメージもあるけどチケット見せつつ進もうとすると盗人を捕まえるように人の腕がっとつかみゴミでも見るような顔を見せた案内嬢がいた。切符を確認し変なのを入れないことが仕事とすればあれでいいのかもしれないけれど、そのあと何か一言があるでもない。
あれ、相手を見てやるんでしょう?
瞬間的に昔から虐げられ馬鹿にされてきたコンプレックスが発動しおい今のなんだ!・・なんてもちろん言わない。
こんな場なのにと思ったけれど案内嬢は別に音楽が好きでやってる人じゃないし場は全く関係ないですね。
もっと余計なことを言うとその先でステージに乗っているのは勝ち抜き選ばれてきた人たちだ。彼らの中には演奏するクラシック音楽なんて好きでも何でもないし興味もない人がかなり含まれていると思う。
当たり前なのかもしれないそんなことが、私にとっては受け入れがたく気付きたくない事だった。
もちろん音楽に限らず好きだからやれるなんて甘い話はどこにもないのは当然だし聞こえてくるものに問題が感じられなけりゃそれでいいんだろうけど、心で心を聴くなんてポエムな頭でいたい人には知りたくない話なの。
傍目には一言で馬鹿ってなもんだろう。
この先いつかそんなことはどうでもよくなり、またコンサートに行こうと思うようになるという計画なんだけど・・

注文と清算をして席に着くとなかなかの雰囲気。
来る前にみたレビューにレトロという言葉をみつけたけど自分が感じるのはすこし違う。
日曜美術館とか見てるとこんな作風の画家というか、画家の合う時代はこんな作風だったという絵をよく見るけどなに派とかなんとか主義とか名前がよくわからない。
音楽でいうと・・なんだ・・

なんかこう・・絵になるのね。
あそこにある絵本はガラスの中のくじらだっけ。
ちょっと読んでみたかった。
ここ自体も絵本の中みたいだ。
採算性よりも雰囲気というかオーナーの描きたい世界観優先というところだろう。
オーナーさん?一人でやっているお店の人もキャラクターを演じている感じ。

嫁さんのエチオピアなんとかは苦みがなく酸味の強いブレンドで、ナチュラルなんとか製法・・・なんか言ってたけど理解できなかった。
きっと自信があるんだろう。
キャラクターな店主はいい感じ。
ポケットからおしぼりが思ってんのと違う枚数でてきちゃったときに一瞬あっ・・って自が出てた。

ジンジャーシロップのお湯割りとかおしゃれな書きようねと思ってたら
生姜湯ですと言いながら持ってきてくれた。
はちみつと・・なんだっけ・・シンプルに作りました。
飲むとショウガのピリピリ爆発感がものすごいのね。
風邪もよせつけないわ。
でも飲みやすく、そしておいしかった。

モルタル・・
ショスタコの4番がこんな印象。
https://www.youtube.com/watch?v=bYZJ0yhJHi0
若い作曲家のあふれ出るアイディアがまとまり切れずに各方面に向かい暴走したまま縛り付けられているという印象のタコ4
芸術活動も国家の都合に合わせてコントロールされる強権的共産主義のもとにあってこれを世間に出せば自分も家族も命がないことを悟り初演は撤回された・・な話は有名すぎてもういいんだけど。
30年くらい前だとまだこれへんてこ音楽扱いじゃなかった?
ものすごく素晴らしい反面訳が分からない・・ものすごく深く重要なことを言っていそうで実はそんなもん何もないんだろう?と思わせたり・・いいですねこの曲。
単一の楽章として比較的まとまっているように聴こえる2楽章も何かどっかで聞いたなと思っていると唐突にマーラーの2番が露骨に引用されあーそれ!みたいな。
スコアの

こんなページを見るとあーこの人遊んでるなぁ・・と思ったりもする。
私この曲に謎のグレーのイメージがあるのね。
閉鎖的なようで無限に広がってゆくわけのわかんない世界。

常連さんが帰るころには日も暮れてきた。
これくらいの頃ってまたいいのね。
駐車場までちょっと遠回りしようか。
車に乗るようになると街を歩いたりもしなくなった。
もう街なんかなくなっちゃっ・・
と思たけれど形を変えつつも何となく街らしきものはまだあった。
違うな、今成りの新しい形の店がいろいろできてた。

初めてCDというものを買いに行ったお店がまだある。
まだあるじゃ失礼か。レコード屋じゃなくて楽器屋で・・もう33年か、昨日のようでもあるけどね。
何故か入りづらいというか自分は入っちゃいけないような気がした。

いかにも私鉄の駅って感じでしょう?
興味がある人は2%もいないか。
西武系なので昔ピンクとクリームのツートンな電車が走っていて、イチゴアイス電車だと思ってた。
馬鹿だったって話じゃなくて。

駅前がだだっ広いのは道路が合流する場所だからだけじゃなくて
昔あのタクシー乗り場あたりに乗り場のあった路面電車が思い切りカーブを描いて道に出てくる場だった名残じゃないかなぁ・・
みたことないけど。
そんなことどうでもいいですかね。
この日だったか次の日だったか、
流れ星を見たんですよ。
願い事したりして。
大丈夫。
かなうから。
なんかカフェってのはみんな4時か5時ごろには閉まっちゃうからほかにと言っても行ける店はいきなり限られてくる。
調べると街の中の店ならもうちょっとやってんのね・・

一方通行だらけですぐそこにあるあの立体駐車場へぐるぐる回んないと着かないじゃなんか・・
のすえにここへ。
車ではしょっちゅう通る道だけどこんなのあたっけか?
最近できたのか。
嫌いじゃないこの感じ。
いいかもなとか思いながら。

入るとあんまり席はな・・
席に着こうかと思うと呼び止められ先に注文の前払いだという。
コーヒースタンドってやつだから?
でも今なんかつくってるところだから立ってしばし待つ。
不満もなにもなくメニューを眺める。覚えもないけどちゃんと丁寧に引き留めてくれたんでしょう。
サントリーホールでコンサートなんて言うとなんかちゃんとしたイメージもあるけどチケット見せつつ進もうとすると盗人を捕まえるように人の腕がっとつかみゴミでも見るような顔を見せた案内嬢がいた。切符を確認し変なのを入れないことが仕事とすればあれでいいのかもしれないけれど、そのあと何か一言があるでもない。
あれ、相手を見てやるんでしょう?
瞬間的に昔から虐げられ馬鹿にされてきたコンプレックスが発動しおい今のなんだ!・・なんてもちろん言わない。
こんな場なのにと思ったけれど案内嬢は別に音楽が好きでやってる人じゃないし場は全く関係ないですね。
もっと余計なことを言うとその先でステージに乗っているのは勝ち抜き選ばれてきた人たちだ。彼らの中には演奏するクラシック音楽なんて好きでも何でもないし興味もない人がかなり含まれていると思う。
当たり前なのかもしれないそんなことが、私にとっては受け入れがたく気付きたくない事だった。
もちろん音楽に限らず好きだからやれるなんて甘い話はどこにもないのは当然だし聞こえてくるものに問題が感じられなけりゃそれでいいんだろうけど、心で心を聴くなんてポエムな頭でいたい人には知りたくない話なの。
傍目には一言で馬鹿ってなもんだろう。
この先いつかそんなことはどうでもよくなり、またコンサートに行こうと思うようになるという計画なんだけど・・

注文と清算をして席に着くとなかなかの雰囲気。
来る前にみたレビューにレトロという言葉をみつけたけど自分が感じるのはすこし違う。
日曜美術館とか見てるとこんな作風の画家というか、画家の合う時代はこんな作風だったという絵をよく見るけどなに派とかなんとか主義とか名前がよくわからない。
音楽でいうと・・なんだ・・

なんかこう・・絵になるのね。
あそこにある絵本はガラスの中のくじらだっけ。
ちょっと読んでみたかった。
ここ自体も絵本の中みたいだ。
採算性よりも雰囲気というかオーナーの描きたい世界観優先というところだろう。
オーナーさん?一人でやっているお店の人もキャラクターを演じている感じ。

嫁さんのエチオピアなんとかは苦みがなく酸味の強いブレンドで、ナチュラルなんとか製法・・・なんか言ってたけど理解できなかった。
きっと自信があるんだろう。
キャラクターな店主はいい感じ。
ポケットからおしぼりが思ってんのと違う枚数でてきちゃったときに一瞬あっ・・って自が出てた。

ジンジャーシロップのお湯割りとかおしゃれな書きようねと思ってたら
生姜湯ですと言いながら持ってきてくれた。
はちみつと・・なんだっけ・・シンプルに作りました。
飲むとショウガのピリピリ爆発感がものすごいのね。
風邪もよせつけないわ。
でも飲みやすく、そしておいしかった。

モルタル・・
ショスタコの4番がこんな印象。
https://www.youtube.com/watch?v=bYZJ0yhJHi0
若い作曲家のあふれ出るアイディアがまとまり切れずに各方面に向かい暴走したまま縛り付けられているという印象のタコ4
芸術活動も国家の都合に合わせてコントロールされる強権的共産主義のもとにあってこれを世間に出せば自分も家族も命がないことを悟り初演は撤回された・・な話は有名すぎてもういいんだけど。
30年くらい前だとまだこれへんてこ音楽扱いじゃなかった?
ものすごく素晴らしい反面訳が分からない・・ものすごく深く重要なことを言っていそうで実はそんなもん何もないんだろう?と思わせたり・・いいですねこの曲。
単一の楽章として比較的まとまっているように聴こえる2楽章も何かどっかで聞いたなと思っていると唐突にマーラーの2番が露骨に引用されあーそれ!みたいな。
スコアの

こんなページを見るとあーこの人遊んでるなぁ・・と思ったりもする。
私この曲に謎のグレーのイメージがあるのね。
閉鎖的なようで無限に広がってゆくわけのわかんない世界。

常連さんが帰るころには日も暮れてきた。
これくらいの頃ってまたいいのね。
駐車場までちょっと遠回りしようか。
車に乗るようになると街を歩いたりもしなくなった。
もう街なんかなくなっちゃっ・・
と思たけれど形を変えつつも何となく街らしきものはまだあった。
違うな、今成りの新しい形の店がいろいろできてた。

初めてCDというものを買いに行ったお店がまだある。
まだあるじゃ失礼か。レコード屋じゃなくて楽器屋で・・もう33年か、昨日のようでもあるけどね。
何故か入りづらいというか自分は入っちゃいけないような気がした。

いかにも私鉄の駅って感じでしょう?
興味がある人は2%もいないか。
西武系なので昔ピンクとクリームのツートンな電車が走っていて、イチゴアイス電車だと思ってた。
馬鹿だったって話じゃなくて。

駅前がだだっ広いのは道路が合流する場所だからだけじゃなくて
昔あのタクシー乗り場あたりに乗り場のあった路面電車が思い切りカーブを描いて道に出てくる場だった名残じゃないかなぁ・・
みたことないけど。
そんなことどうでもいいですかね。
この日だったか次の日だったか、
流れ星を見たんですよ。
願い事したりして。
大丈夫。
かなうから。
夜逃げした
阪神大震災のことを思い出していたら、子供の頃祖父が関東大震災の実体験を話してくれたことを思い出した。
体一つで逃げればいいのにみんな衣類を担いだり家財道具を乗せた大八車を引いて逃げた。
そのうち背中の荷に火が付き生きたまま焼けていくという話。
逃げるときはとにかく逃げなくちゃいけないのか。

この時じゃないけれどある日、北海道十勝平野の端のほうで朝日に輝く風景をながめてた。
右手にはちょっとした茂み・・その下は深いところに山からの川が流れて・・
グルォオオオ・・っという犬が威嚇するときのような唸り声が聞こえる。
ようなじゃなくて間違いなく威嚇をしておりお前の身の安全は保障しないというような意志が伝わってくる。
その声の低さ、太さから体の大きさも感じ犬なんかでは絶対にないこともよくわかる。
ヒグマ・・・
もし熊に遭遇したら絶対に背を向けることなく静かに後ずさりし・・
その時もそれは頭に浮かんでいたけれど、実際私は車めがけて一目散に走ってしまった。
やたらに逃げてもいけないんだろうけどでも今まだ生きてる。
取引先とか地域で有名だった飲食店の経営者が実は夜逃げしたのだという話をいくつか聞いてきた。
逃げるたってその先でどうするの?なんて思うけれど、ほかならぬ自分も夜逃げをしたことがある。
詳細を書いてもしょうがないけど身も心も拘束され続けるような状態が長く続いていると一種の洗脳状態のようになり通常の手続きを踏んで会社を辞めるという一般的思考ができなくなる。もう一つ理由があって自分の名を捨てどこかで生きていくしかないとう思考へ追い詰められた。
トリガとなったのは携帯にかかってきた一本の電話。
理不尽・・いや・・これに絶え乗りえてどうなるんだろう?
ふと、ここにいても人生が無駄になるだけなんじゃないのか?という思いがよぎった。
その時そばにいた後輩もまた訳ありで他とは少し違うところにいた。その男に冗談めかして
俺逃げるわ。
俺もそのほうがいいと思う・・あんた気づくの遅いよなに今頃言ってんの・・
全部わかってますよみたいな静かな笑顔に、ありがとうじゃないけれど。
縦列駐車状態で自由に出入りできなかった寮の駐車場はその日たまたま自分の車が素直に出られる状態であることを頭の中で確認する。誰にも気づかれないよう夜まですごし・・。
そう思った瞬間からなぜか笑いが止まらなくなってしまい、きつい現場なのに午後はずっと笑ってた。
他の人間がお前何なんだ?とつられて笑っていたのを覚えている。
よく、あんなに楽しそうだったのにそんなことするわけ・・みたいな話があるけれど表面に見えてるもので分かったような気になるのは間違いなんだろうなと思う。
逃げ出すところの記憶はなぜかなく、深夜吉野家で釣りをもらってないというと今渡しただろと切れている顔を見てここでトラブルになっている場合じゃないと思ったところから記憶が始まる。
エンジン付けっぱなしでコンビニの駐車場で仮眠中ふと目が覚めると向かいの家のベランダから寝間着姿でこちらを見下ろす人影が家へ入っていくところだった。まずい文句を言おうとしていると車を急発進してまた逃げる。
たまたま目覚めた瞬間が自分にとって都合がよすぎるということをしばらく考えていた。
ジャンヌダルクが神の声を聞いたみたいな話の超絶劣化版である。
地元付近を通過する際実家に近寄る気はなかったけれど、一度だけ相手にしてくれた旧友のアパートを探しうろうろした記憶がある。見つけたところで会えるわけでもないのに。
深夜走行する巨大トレーラーの後ろについて箱根を超え、平塚の手前くらいでもう明るくなっていた4車線道路では逆走するおばさんとすれ違った。
なにやってんだ!と思ったけれど、自分も何やってんだ。
三浦半島を横断すると造船所へ出勤していく人の列。
いつも通りの問題ない景色なんだろうそれを見てああ俺逃げてるんだったと思った。
どこから乗ったのか渋滞する首都高でラジオから流れた流行歌がダメでもいいからやってみろと歌ってた。
・・・長いしもういいか。
名前を変え、職を探して生きていこうとか思っていた。
持ってきたのは衣類数点、カバンじゃなくゴミ袋に投げ入れただけ。
とりあえずの拠点としてウィークリーマンションを借りて一晩過ごし、翌日アパートを探そうと入った不動産屋で保証人もなしで借りられる話なんか一つもないと一喝されふっと我に返った。
正気になってみれば逃げなければならない理由もなく・・
今なら保証人も何もなしで生きていく方法というのも簡単に見つけられるのかもしれないけれどそんなものを見つけられずあそこで立ち往生してよかった。
すぐに頓挫して当然の稚拙な話じゃないかというところでしょうけれど頭がおかしくなっていると表向きまともな顔をして変なことを強行してしまうということなわけで。
ずっとあのまま行ってたら・・そもそも逃げずにずっと頑張ちゃってたら・・
人というのは怖いから、いけると踏むと助ける育てるという体で相手の人格を踏みにじり死ぬまで利用しようとするしそのことに本人が気づいていなかったりもする。
https://www.youtube.com/watch?v=MOoqqDVYzx8
いけにえの踊り。
生贄って究極の人権侵害である気もするけれどやっぱりシャーマンみたいなのによる一種の洗脳状態にあって自らそうなろうと思うわけでしょうかね・・
大事なのは自分だと思えば気付いて逃げないと。
複雑な変拍子や不協和音で難曲といわれるけれど、

でも聴く分にはむしろ極めて自然でわかりやすく、音楽を知り始めた中学生の私は一聴して魅せられた。
これ面白いのは単一のパートで見ると意外にきれいな協和音なのね。
それらが重なってああなるというのもなんかちゃんと論理的説明がつくんでしょう?
https://www.youtube.com/watch?v=_PAZjKvl-CQ
これデュトワが初めてN響を振ったときのじゃないかな?
私が音楽に興味を持ち始めてラジオで聴いたのはこれだったんじゃないだろうか?
もう35年かもっと前だろうか映っている面々が若く懐かしい。
このころからすこし後とくらいまでの面子が、テレビの中から私に音楽やオーケストラや・・を教えてくれた。
もうこの世にいない人がいるのも知ってる。
あの頃まさか自分が夜逃げするとは思わないし、この指揮者がセクハラで失脚するとも思ってなかった。
最近また密かに復活しているらしいけど。
演奏は嫌いじゃないので実演に行ってみたと思うけれど今人からもコンサートからも逃げてるし指揮者の年齢的に無理かな。
なんであれ、命があってこそ。
体一つで逃げればいいのにみんな衣類を担いだり家財道具を乗せた大八車を引いて逃げた。
そのうち背中の荷に火が付き生きたまま焼けていくという話。
逃げるときはとにかく逃げなくちゃいけないのか。

この時じゃないけれどある日、北海道十勝平野の端のほうで朝日に輝く風景をながめてた。
右手にはちょっとした茂み・・その下は深いところに山からの川が流れて・・
グルォオオオ・・っという犬が威嚇するときのような唸り声が聞こえる。
ようなじゃなくて間違いなく威嚇をしておりお前の身の安全は保障しないというような意志が伝わってくる。
その声の低さ、太さから体の大きさも感じ犬なんかでは絶対にないこともよくわかる。
ヒグマ・・・
もし熊に遭遇したら絶対に背を向けることなく静かに後ずさりし・・
その時もそれは頭に浮かんでいたけれど、実際私は車めがけて一目散に走ってしまった。
やたらに逃げてもいけないんだろうけどでも今まだ生きてる。
取引先とか地域で有名だった飲食店の経営者が実は夜逃げしたのだという話をいくつか聞いてきた。
逃げるたってその先でどうするの?なんて思うけれど、ほかならぬ自分も夜逃げをしたことがある。
詳細を書いてもしょうがないけど身も心も拘束され続けるような状態が長く続いていると一種の洗脳状態のようになり通常の手続きを踏んで会社を辞めるという一般的思考ができなくなる。もう一つ理由があって自分の名を捨てどこかで生きていくしかないとう思考へ追い詰められた。
トリガとなったのは携帯にかかってきた一本の電話。
理不尽・・いや・・これに絶え乗りえてどうなるんだろう?
ふと、ここにいても人生が無駄になるだけなんじゃないのか?という思いがよぎった。
その時そばにいた後輩もまた訳ありで他とは少し違うところにいた。その男に冗談めかして
俺逃げるわ。
俺もそのほうがいいと思う・・あんた気づくの遅いよなに今頃言ってんの・・
全部わかってますよみたいな静かな笑顔に、ありがとうじゃないけれど。
縦列駐車状態で自由に出入りできなかった寮の駐車場はその日たまたま自分の車が素直に出られる状態であることを頭の中で確認する。誰にも気づかれないよう夜まですごし・・。
そう思った瞬間からなぜか笑いが止まらなくなってしまい、きつい現場なのに午後はずっと笑ってた。
他の人間がお前何なんだ?とつられて笑っていたのを覚えている。
よく、あんなに楽しそうだったのにそんなことするわけ・・みたいな話があるけれど表面に見えてるもので分かったような気になるのは間違いなんだろうなと思う。
逃げ出すところの記憶はなぜかなく、深夜吉野家で釣りをもらってないというと今渡しただろと切れている顔を見てここでトラブルになっている場合じゃないと思ったところから記憶が始まる。
エンジン付けっぱなしでコンビニの駐車場で仮眠中ふと目が覚めると向かいの家のベランダから寝間着姿でこちらを見下ろす人影が家へ入っていくところだった。まずい文句を言おうとしていると車を急発進してまた逃げる。
たまたま目覚めた瞬間が自分にとって都合がよすぎるということをしばらく考えていた。
ジャンヌダルクが神の声を聞いたみたいな話の超絶劣化版である。
地元付近を通過する際実家に近寄る気はなかったけれど、一度だけ相手にしてくれた旧友のアパートを探しうろうろした記憶がある。見つけたところで会えるわけでもないのに。
深夜走行する巨大トレーラーの後ろについて箱根を超え、平塚の手前くらいでもう明るくなっていた4車線道路では逆走するおばさんとすれ違った。
なにやってんだ!と思ったけれど、自分も何やってんだ。
三浦半島を横断すると造船所へ出勤していく人の列。
いつも通りの問題ない景色なんだろうそれを見てああ俺逃げてるんだったと思った。
どこから乗ったのか渋滞する首都高でラジオから流れた流行歌がダメでもいいからやってみろと歌ってた。
・・・長いしもういいか。
名前を変え、職を探して生きていこうとか思っていた。
持ってきたのは衣類数点、カバンじゃなくゴミ袋に投げ入れただけ。
とりあえずの拠点としてウィークリーマンションを借りて一晩過ごし、翌日アパートを探そうと入った不動産屋で保証人もなしで借りられる話なんか一つもないと一喝されふっと我に返った。
正気になってみれば逃げなければならない理由もなく・・
今なら保証人も何もなしで生きていく方法というのも簡単に見つけられるのかもしれないけれどそんなものを見つけられずあそこで立ち往生してよかった。
すぐに頓挫して当然の稚拙な話じゃないかというところでしょうけれど頭がおかしくなっていると表向きまともな顔をして変なことを強行してしまうということなわけで。
ずっとあのまま行ってたら・・そもそも逃げずにずっと頑張ちゃってたら・・
人というのは怖いから、いけると踏むと助ける育てるという体で相手の人格を踏みにじり死ぬまで利用しようとするしそのことに本人が気づいていなかったりもする。
https://www.youtube.com/watch?v=MOoqqDVYzx8
いけにえの踊り。
生贄って究極の人権侵害である気もするけれどやっぱりシャーマンみたいなのによる一種の洗脳状態にあって自らそうなろうと思うわけでしょうかね・・
大事なのは自分だと思えば気付いて逃げないと。
複雑な変拍子や不協和音で難曲といわれるけれど、

でも聴く分にはむしろ極めて自然でわかりやすく、音楽を知り始めた中学生の私は一聴して魅せられた。
これ面白いのは単一のパートで見ると意外にきれいな協和音なのね。
それらが重なってああなるというのもなんかちゃんと論理的説明がつくんでしょう?
https://www.youtube.com/watch?v=_PAZjKvl-CQ
これデュトワが初めてN響を振ったときのじゃないかな?
私が音楽に興味を持ち始めてラジオで聴いたのはこれだったんじゃないだろうか?
もう35年かもっと前だろうか映っている面々が若く懐かしい。
このころからすこし後とくらいまでの面子が、テレビの中から私に音楽やオーケストラや・・を教えてくれた。
もうこの世にいない人がいるのも知ってる。
あの頃まさか自分が夜逃げするとは思わないし、この指揮者がセクハラで失脚するとも思ってなかった。
最近また密かに復活しているらしいけど。
演奏は嫌いじゃないので実演に行ってみたと思うけれど今人からもコンサートからも逃げてるし指揮者の年齢的に無理かな。
なんであれ、命があってこそ。
この先があることば幸せ。
ブログを読んでいて阪神大震災のことを思い出した。
あの日の前夜、寝ようと明かりを消すと窓の外で工事でもしているのか煌々と投光器がたかれ眩しかった。寝られねーよ夜勤?とカーテンを開けるとそれは音もなく異様に輝く満月。
えっ?っと思ったのを覚えてる。
今でも妙に強く輝く満月を見ると不安になるけれどもう25年もたったのか。
ちょうど就職活動の時期で何度か東西を往復し、始めは播但線や山陰本線経由で大きく迂回していたけれど復旧が進んでくると代行バスを挟んで神戸市内を通過することがあった。
今だから言えるけれどどこかに見てみたいという気持ちがあったかもしれない。
徐行する普通電車の車内からまじかに見える状況にそんな自分が恥ずかしく申し訳ない気持ちになったのを覚えている。
今でも目に焼き付くあの光景を思い出すと、生きていられるという事は内容はともかくこの先に可能性を与えられているという事なのであって得難くありがたく幸せな事なのだと思う。
就職活動も結局形だけのごっこであり、ここでいいやと実を投じた先はブラック企業であった。
たまたま休日出勤の命がくだらなかった土曜の夜、朝から呼び出されないよう車で一晩中走っていると神戸だったことがあった。
どこに行けばいいのかもわからず時間もないのでとりあえずしばらく行けてなかった床屋に入ったのは覚えてる。後は何の記憶もない。
ちゃんと行ったことは一度もない神戸へ行ってみたいと最近思う事がある。あの床屋を見つけられたら面白いけれど・・海が見えたような気もする。
別荘地の中のカフェへ行った。
2軒ある候補のうちのおしゃれな方は車がいっぱいでなんとなくやめる。
もう一軒のここは

車はあるけれどなんとなく常連さんがカウンターにいるだけで混んでないだろうという確信はあった。
入り口のガラスに貼られた紙にはそっけなくもうじき閉店するという事が書いてある。
ここへ来る直前メニューを調べようと見たネットで先に知っていたのでもう驚かない。

メニューを持ってきてくれたシェフがどちらからですか?と話しかけてきて
答えているとお店を閉める話へと勝手に進んでゆく。
せっかくここを知ったのに・・
こんな田舎ですから平日はまったくで・・
今SNSとかでどんどん広がる時代だからもう少しこらえれば・・
そうなんですけどね、オーナーと意見が合わなくて・・
ここを初めて3年目なんですがいろいろとやりたいこともあってこれからこういう風にと考えていたんですけどね・・
5か年計画位で軌道に乗せる計画を持っていたけれど、実際の売り上げ等でオーナーさんともめたらしい。
社長がそういう人じゃなくて・・とちょっと感情的な言葉も聴かせてくれた。
残念と言うか、寂しいね。

ピザは先の方がいいでしょう?ときかれてはいと答える。
おいしいよ。
ちょうど食べ終わるタイミングでパスタ・・

美味しいし価格もリーズナブル。
メニューもそこそこ豊富。
いいのにね。
確かにこの場所じゃ平日の集客は難しいかなぁ。
すぐそばにある別なお店はどうなんだろう?
少なくとも休日は超満員だ。
インスタだっけ?絵的な内容もSNSな人の嗜好に合わせるとかでうまく攻められないと今はダメなのかな?
シェフもネットのこういうのにも登録してるんです・・と力強く語ってたけれどそれは自治体か商工会がやりそうな旧態依然のローカルなサービスじゃないかな。そんなの誰もみませんよなんてもちろん言えない。

昔会った同級生は店を出したがうまくいかずに借金を返済する毎日だよと笑顔で話してたけれどまだ若かったからな。
ほかにも似たような話をいくつも聞いた。
私は他にお客ががいないと居心地がいいなんてしょっちゅう書いてるけどお店も命懸けで空いてちゃいけないんでしょうね。
https://www.youtube.com/watch?v=_4t1KUZunec
音楽も歴史に残るような革新的な作品は当初一般聴衆の理解が得られず初演大失敗伝説とか演奏されるようになったのは数十年後とか言うのが結構ある。
大ブーイングとかは作品への反応があったということでもあるわけだけど、会場に誰も来なかったみたいなのは作者がかわいそうだなぁ・・
そういうのって、資金力のある興行主がついて事前に新聞に作者の噂ををあることないこと流し、買収した評論家に試演を聞いたがまれにみる傑作だとどっかに書かせれば会場は満席。サクラの10人くらいが先行して拍手と喝采を送れば・・
私は昔から馬鹿の勘違いポエムみたいな頭で生きてきたので芸術と商業主義は対極にあって相容れないものというイメージを持っていた・・・けど逆だよね。
いろんなこと勘違いしてきてもう手遅れ。
もちろん内容がなければ一時的に売れてもすぐに飽きられ忘れられちゃうだろうけれど。
ラヴェルは大ブーイングみたいな話はあんまりないけれど、親しい友人が集まり作者を伏せて作品を聴くみたいな場でだれもラヴェルの作品と気づかず笑いながら酷評してしまい・・
彼は無言で部屋を出っていったというのがある。
あちゃー・・って感じでしょうね。
寂しいと思う反面、オーナーは次を探しているらしいことを別なところで見ると次はどんな店が?と期待のようなものがない訳でもない。世の中そんなもんだし、辞めちゃうシェフにもこの先新たな展開があるんだろう。
壊れてしまうからその先があるのかもしれず、悪いことじゃないのかもしれませんね。

もうすぐおしまい。
あの日の前夜、寝ようと明かりを消すと窓の外で工事でもしているのか煌々と投光器がたかれ眩しかった。寝られねーよ夜勤?とカーテンを開けるとそれは音もなく異様に輝く満月。
えっ?っと思ったのを覚えてる。
今でも妙に強く輝く満月を見ると不安になるけれどもう25年もたったのか。
ちょうど就職活動の時期で何度か東西を往復し、始めは播但線や山陰本線経由で大きく迂回していたけれど復旧が進んでくると代行バスを挟んで神戸市内を通過することがあった。
今だから言えるけれどどこかに見てみたいという気持ちがあったかもしれない。
徐行する普通電車の車内からまじかに見える状況にそんな自分が恥ずかしく申し訳ない気持ちになったのを覚えている。
今でも目に焼き付くあの光景を思い出すと、生きていられるという事は内容はともかくこの先に可能性を与えられているという事なのであって得難くありがたく幸せな事なのだと思う。
就職活動も結局形だけのごっこであり、ここでいいやと実を投じた先はブラック企業であった。
たまたま休日出勤の命がくだらなかった土曜の夜、朝から呼び出されないよう車で一晩中走っていると神戸だったことがあった。
どこに行けばいいのかもわからず時間もないのでとりあえずしばらく行けてなかった床屋に入ったのは覚えてる。後は何の記憶もない。
ちゃんと行ったことは一度もない神戸へ行ってみたいと最近思う事がある。あの床屋を見つけられたら面白いけれど・・海が見えたような気もする。
別荘地の中のカフェへ行った。
2軒ある候補のうちのおしゃれな方は車がいっぱいでなんとなくやめる。
もう一軒のここは

車はあるけれどなんとなく常連さんがカウンターにいるだけで混んでないだろうという確信はあった。
入り口のガラスに貼られた紙にはそっけなくもうじき閉店するという事が書いてある。
ここへ来る直前メニューを調べようと見たネットで先に知っていたのでもう驚かない。

メニューを持ってきてくれたシェフがどちらからですか?と話しかけてきて
答えているとお店を閉める話へと勝手に進んでゆく。
せっかくここを知ったのに・・
こんな田舎ですから平日はまったくで・・
今SNSとかでどんどん広がる時代だからもう少しこらえれば・・
そうなんですけどね、オーナーと意見が合わなくて・・
ここを初めて3年目なんですがいろいろとやりたいこともあってこれからこういう風にと考えていたんですけどね・・
5か年計画位で軌道に乗せる計画を持っていたけれど、実際の売り上げ等でオーナーさんともめたらしい。
社長がそういう人じゃなくて・・とちょっと感情的な言葉も聴かせてくれた。
残念と言うか、寂しいね。

ピザは先の方がいいでしょう?ときかれてはいと答える。
おいしいよ。
ちょうど食べ終わるタイミングでパスタ・・

美味しいし価格もリーズナブル。
メニューもそこそこ豊富。
いいのにね。
確かにこの場所じゃ平日の集客は難しいかなぁ。
すぐそばにある別なお店はどうなんだろう?
少なくとも休日は超満員だ。
インスタだっけ?絵的な内容もSNSな人の嗜好に合わせるとかでうまく攻められないと今はダメなのかな?
シェフもネットのこういうのにも登録してるんです・・と力強く語ってたけれどそれは自治体か商工会がやりそうな旧態依然のローカルなサービスじゃないかな。そんなの誰もみませんよなんてもちろん言えない。

昔会った同級生は店を出したがうまくいかずに借金を返済する毎日だよと笑顔で話してたけれどまだ若かったからな。
ほかにも似たような話をいくつも聞いた。
私は他にお客ががいないと居心地がいいなんてしょっちゅう書いてるけどお店も命懸けで空いてちゃいけないんでしょうね。
https://www.youtube.com/watch?v=_4t1KUZunec
音楽も歴史に残るような革新的な作品は当初一般聴衆の理解が得られず初演大失敗伝説とか演奏されるようになったのは数十年後とか言うのが結構ある。
大ブーイングとかは作品への反応があったということでもあるわけだけど、会場に誰も来なかったみたいなのは作者がかわいそうだなぁ・・
そういうのって、資金力のある興行主がついて事前に新聞に作者の噂ををあることないこと流し、買収した評論家に試演を聞いたがまれにみる傑作だとどっかに書かせれば会場は満席。サクラの10人くらいが先行して拍手と喝采を送れば・・
私は昔から馬鹿の勘違いポエムみたいな頭で生きてきたので芸術と商業主義は対極にあって相容れないものというイメージを持っていた・・・けど逆だよね。
いろんなこと勘違いしてきてもう手遅れ。
もちろん内容がなければ一時的に売れてもすぐに飽きられ忘れられちゃうだろうけれど。
ラヴェルは大ブーイングみたいな話はあんまりないけれど、親しい友人が集まり作者を伏せて作品を聴くみたいな場でだれもラヴェルの作品と気づかず笑いながら酷評してしまい・・
彼は無言で部屋を出っていったというのがある。
あちゃー・・って感じでしょうね。
寂しいと思う反面、オーナーは次を探しているらしいことを別なところで見ると次はどんな店が?と期待のようなものがない訳でもない。世の中そんなもんだし、辞めちゃうシェフにもこの先新たな展開があるんだろう。
壊れてしまうからその先があるのかもしれず、悪いことじゃないのかもしれませんね。

もうすぐおしまい。
ベートーベンじゃなくて。

ランチにと思ったら今日はお茶だけなんですだったカフェ。
意地になってじゃないけれどよそで昼食をとった後お茶を飲みに戻ってきた。
農家の庭先というかもと納屋のあったところという感じ?
入るとお店の人が顔を見てあっ・・・はじめてですよね?ささどうぞと案内してくれた。

なんかいい感じじゃない。
うちは農家をやりながらなもんですからすみませーん。
いえいえ、なんにも問題ないし大丈夫ですよ。

メニューの説明をしてくれながらケーキのところを指して
今日はもう出ちゃったんですけど・・
えもうないの?
あでもうち用のケーキがありますからそれでよかったら・・
なんか、カット失敗しちゃって正式に出せないものを100円で出してくれるそうだ。
100円て・・ありがとう。

粉を挽くところからという米粉の抹茶シフォンは、どこにも変なとこなんかないしふわっと感もなかなか。
抹茶感はあんまりなくて素直なおいしさ。
香りが選べて白桃の紅茶は味わうというよロ飲むとホッとするという感じ。
その二つがよくあってた。

自由に見ていいという2階は工房。
よくわからないけれどなんか奇麗ですね。
https://www.youtube.com/watch?v=BlMkSwRE5FQ
昨年末某所で、
来年はベートーヴェンの生誕250年ですからいろんなところで彼の作品が演奏される機会が増えるでしょう・・というようなのを聞いて嫌だなと思った。。
年明け某所で偉い人がでっかい声で
俺は一昨年ベートーベンのピアノなんとかてえのに行っ・・
続きを聞きたくないので用があるふりをして部屋を出る。
なんでそうなってしまったかを書いてみてもしょうがない。
そもそもこの曲全然ベートーベンじゃないし。
ラヴェルは知人の子供が弾くことを想定してこれを作曲したけれど実際子供の手に負えるものじゃなく・・それはテクニック的な事よりも・そんなのお前が言うなというところでしょう。
ラヴェルは自分でこれはサティのジムノペディをパクってんだよと公言していたと思う。そういえてしまうのはそれ以上の自信が・
私は音楽が好きだと思っているけれど、音楽はそう思っていないかもしれない。
迷惑な片思いかと思うとむなしくなるけれど、かまわないよ。
この曲は美女と野獣。
低い声で怪しくブーブー言う変なのと踊っていると最後にはなんか光を放ちながら美しいお王子様の姿が現れて・・

オケ版は多彩な楽器や特殊奏法でボーっと聴いててもわかりやすいけどピアノでは・・大丈夫。転調で別世界感をちゃんと見せてくれる。
さらにその後素朴にかわいく踊ったり喋ってた女性の旋律がうっとりしてんのかなんか溶けちゃってんのね・・
音数も少ない音楽をピアノという楽器でだと間が抜けた感じになっちゃいそうでここ難しそう・・お前が言うなってんでしょ。
こういうの似たような話が他にも散々あるんだろうけど、考えてみるとみんな美しい方が正しく醜い方全否定だよね。

こういうところの本棚って、オーナーの私はこういうのが好きでこんなことを考えてますという主張というか紹介の場でもあったりしますよね。
めずらしく自分も読んでみたりして。
自分もやってみようとかまでは思わないけれど。

ここで流れてたのはちょっと前の流行歌をピアノで弾いたようなのだったかな。
なんかいい雰囲気でしたよ。

農家のカフェ、
今ランチは完全予約制なんだそうだ。
営業日もかなり特殊でなかなか来れないかも。
でも、そこがいいよね。
素敵な時間をありがとう。

遠くには子供の頃に印象的に眺めた風景。
宅地やマンションで埋め尽くされちゃったけど、こんな広い景色がまだあったんだ。
いいなぁ・・っていうのは意外なところにぽっとあるのね。
口内炎で口の中があちこち痛いのは、自分の体がお前しばらく物を食うなと言っているのかもしれないと思った。
思ってんのにどこかへ何か食べに行こうと思った。
ちょっと近場でいい店はないか野菜がうりみたいなの・・
地図を眺めるとまたあるわけないようなところに自分に家で採れた野菜を的なお店を発見。
もう何十年も見てきた通りから気付きもしなかった路地に入れば、近所なのに全く知らない別世界に来たみたいだ。
曲がるべき交差点を通り過ぎたり戻ったりしながら・・・あ、
closedの表示。
まあ、よくあるパターンだなと受け入れかけると

今日は13時開店です。
これから開店かと喜んでたら人が出てきて
今日はお茶だけなんですよ・・
じゃどうしようか、ああ近くのあそこでいいじゃない。
ランチは予約みたいなのを見かけた気がしてダメかなと思ったけれど電話したら大丈夫ですよといってくれたので

またここへ行った。
インターホンを押すと人が出てくる。
さっきでんわし・・こちらへどうぞ
名前も何も確認せず丁寧に案内してくれる。
先日来たときは誰もいなかったけれど今日はほぼ満席というか満室という感じで人の声があふれる。
廊下の突き当り、

なんかいいねこれ。
照明をうまく使って・・・
民家だとトイレットペーパーとか訳の分かんないもんが押し込んであるようなとこでしょこれ。

案内されたのはこたつ。
いいねこたつ。
電話したときに炬燵になっちゃいますけどという断りがあった。
嫌だって人もいるのかな?
個しか膝が痛いときついかな。
隣の部屋はテーブルを二つつなげて女子軍団が占拠、またうるさいと嫌だなとか思っちゃったのは内緒。
今日のランチは・・驚きのカツ丼。
え?カツ丼?
こういうところだから季節の野菜と魚が一品とかそういうのを想像していたから。
隣の女性軍団はみんな40代以上くらいだろうか、ちょっと落ち着いた感じ。
よくあるギャーギャー騒ぐ感じではないので少しホッとする。
多分仕事関係ではなく趣味のあつまりかな?
でも今は誰もその内容には触れない。

しばらくするとランチ登場。
さすがおしゃれというか、どんぶりでなんか出てこないのね。
色々あってなかなかきれいじゃない。
にんじんとマカロニの塩レモンサラダにカリフラワーのピクルスとか・・
そして隣は・・そんなに近所でもないらしいけれど、誰かが恐ろしくローカルな場所の話をしたときみんなあーと理解したわけだから少なくとも同じ市内、結構近くの人たち。
年齢差があるようで上の人を立てる様子もあるけれどその相手は上から喋ったりしない。
訳のわかんないカーストみたいなのもないし馬鹿みたいにマウント取ろうとする人もいない。
1人が機関砲みたいにしゃべって他は頷き係みたいなのでもない。
延々誰かの悪口を並べたりもしない。
ちょっとしたフォローも自然で優しい。
話の内容はさすがに恋愛話ではなく・・・あでも別なカフェで80くらいのおばあちゃんの集まりが現在進行中の恋愛話をしているのを聞いたことがある。
だんなは死んじゃったからいいのよとか・・
その場に浮かんだ話が大きな流れを作って連鎖的にいろんな話へ移行してゆく。
高尚でもなく気取るでもないけれどなかなか深かったり面白かったり・・
実体験からのちょっと昔の話は非常に興味深い。
書けないけれど現在進行形の今の話も面白い。
関係ない私もなんだかんだとずっと聴いてしまいへーとか言いたくなるような感じ。
こういう集まりもあるのね・・
そんなだから飯もうまい。
口内炎が痛いからちょぼちょぼ少しずついろんなものを食べていくんだけど、いちいち美味い。
ああ、素敵な時間。
よかった。
https://www.youtube.com/watch?v=i2nDqFKNctU
ソナタ形式とかこういう小品に見られる小さな三部形式とかで冒頭の顔みたいな部分が戻ってくるところ、展開して全然違うところへ行っちゃってる音楽からどう帰ってくるかというのは作曲家の手腕の見せ所だったりする。
形式的にいったん止まってはいじゃ戻りますみたいなのから、そこしか行きようがないだろうという必然性をもって雪崩のように突っ込んで行くもの、ダジャレみたいにつなげちゃうもの、いつの間にか戻ってたみたいなの、元に戻ると同時に全く新しい世界を見せてくれるというもの、かなり後になって戻っていたことに気付く考え落ちみたいなの・・
なんであれ、はっ!っとさせたもん勝ち。

雑誌の企画に答えたらしいこの曲はとても小さいけれど、思考の森にどんどん入り込みどこへ行っちゃうんだろう?と思ってたら元の位置に立っていたみたいな・・さすがですよねこの人。

目の前はこの光景。
あそこで飯はないな。
夏に冷たいものをとかはいいかなぁ・・
結局、何の集まりなのかはわからなかった。
なんかわかんないけどいいですね。

お店を出る時、
こないだ来られましたよね?
良かったお店覚えてもらえて・・いい笑顔。
よかった、私も覚えてもらえてて。
また来ます。
ちょっと予想外な感じでいい時間を過ごさせてもらい、体調不良でもやもやしていたけれど何だか明るくなった。
思ってんのにどこかへ何か食べに行こうと思った。
ちょっと近場でいい店はないか野菜がうりみたいなの・・
地図を眺めるとまたあるわけないようなところに自分に家で採れた野菜を的なお店を発見。
もう何十年も見てきた通りから気付きもしなかった路地に入れば、近所なのに全く知らない別世界に来たみたいだ。
曲がるべき交差点を通り過ぎたり戻ったりしながら・・・あ、
closedの表示。
まあ、よくあるパターンだなと受け入れかけると

今日は13時開店です。
これから開店かと喜んでたら人が出てきて
今日はお茶だけなんですよ・・
じゃどうしようか、ああ近くのあそこでいいじゃない。
ランチは予約みたいなのを見かけた気がしてダメかなと思ったけれど電話したら大丈夫ですよといってくれたので

またここへ行った。
インターホンを押すと人が出てくる。
さっきでんわし・・こちらへどうぞ
名前も何も確認せず丁寧に案内してくれる。
先日来たときは誰もいなかったけれど今日はほぼ満席というか満室という感じで人の声があふれる。
廊下の突き当り、

なんかいいねこれ。
照明をうまく使って・・・
民家だとトイレットペーパーとか訳の分かんないもんが押し込んであるようなとこでしょこれ。

案内されたのはこたつ。
いいねこたつ。
電話したときに炬燵になっちゃいますけどという断りがあった。
嫌だって人もいるのかな?
個しか膝が痛いときついかな。
隣の部屋はテーブルを二つつなげて女子軍団が占拠、またうるさいと嫌だなとか思っちゃったのは内緒。
今日のランチは・・驚きのカツ丼。
え?カツ丼?
こういうところだから季節の野菜と魚が一品とかそういうのを想像していたから。
隣の女性軍団はみんな40代以上くらいだろうか、ちょっと落ち着いた感じ。
よくあるギャーギャー騒ぐ感じではないので少しホッとする。
多分仕事関係ではなく趣味のあつまりかな?
でも今は誰もその内容には触れない。

しばらくするとランチ登場。
さすがおしゃれというか、どんぶりでなんか出てこないのね。
色々あってなかなかきれいじゃない。
にんじんとマカロニの塩レモンサラダにカリフラワーのピクルスとか・・
そして隣は・・そんなに近所でもないらしいけれど、誰かが恐ろしくローカルな場所の話をしたときみんなあーと理解したわけだから少なくとも同じ市内、結構近くの人たち。
年齢差があるようで上の人を立てる様子もあるけれどその相手は上から喋ったりしない。
訳のわかんないカーストみたいなのもないし馬鹿みたいにマウント取ろうとする人もいない。
1人が機関砲みたいにしゃべって他は頷き係みたいなのでもない。
延々誰かの悪口を並べたりもしない。
ちょっとしたフォローも自然で優しい。
話の内容はさすがに恋愛話ではなく・・・あでも別なカフェで80くらいのおばあちゃんの集まりが現在進行中の恋愛話をしているのを聞いたことがある。
だんなは死んじゃったからいいのよとか・・
その場に浮かんだ話が大きな流れを作って連鎖的にいろんな話へ移行してゆく。
高尚でもなく気取るでもないけれどなかなか深かったり面白かったり・・
実体験からのちょっと昔の話は非常に興味深い。
書けないけれど現在進行形の今の話も面白い。
関係ない私もなんだかんだとずっと聴いてしまいへーとか言いたくなるような感じ。
こういう集まりもあるのね・・
そんなだから飯もうまい。
口内炎が痛いからちょぼちょぼ少しずついろんなものを食べていくんだけど、いちいち美味い。
ああ、素敵な時間。
よかった。
https://www.youtube.com/watch?v=i2nDqFKNctU
ソナタ形式とかこういう小品に見られる小さな三部形式とかで冒頭の顔みたいな部分が戻ってくるところ、展開して全然違うところへ行っちゃってる音楽からどう帰ってくるかというのは作曲家の手腕の見せ所だったりする。
形式的にいったん止まってはいじゃ戻りますみたいなのから、そこしか行きようがないだろうという必然性をもって雪崩のように突っ込んで行くもの、ダジャレみたいにつなげちゃうもの、いつの間にか戻ってたみたいなの、元に戻ると同時に全く新しい世界を見せてくれるというもの、かなり後になって戻っていたことに気付く考え落ちみたいなの・・
なんであれ、はっ!っとさせたもん勝ち。

雑誌の企画に答えたらしいこの曲はとても小さいけれど、思考の森にどんどん入り込みどこへ行っちゃうんだろう?と思ってたら元の位置に立っていたみたいな・・さすがですよねこの人。

目の前はこの光景。
あそこで飯はないな。
夏に冷たいものをとかはいいかなぁ・・
結局、何の集まりなのかはわからなかった。
なんかわかんないけどいいですね。

お店を出る時、
こないだ来られましたよね?
良かったお店覚えてもらえて・・いい笑顔。
よかった、私も覚えてもらえてて。
また来ます。
ちょっと予想外な感じでいい時間を過ごさせてもらい、体調不良でもやもやしていたけれど何だか明るくなった。
20年、35年、45年とスパゲティ

楽器の練習の基本としてチューナーと鏡で自分の顔を見ながら吹くという事を繰り返しているのだけど、最近鏡を見て自分が老けたなと感じるようになった。あれ?俺鏡見れるようになったのかな?
私は昔から鏡に映る自分の像を正しく認識できないらしく、別な障害と合わせて毎日異様な格好で街を歩き変なのがいると有名になってしまったことがあった。
こんなことを書いても誰にも通じないと思いますけれど。どっか頭か神経がおかしいらしいの。
誰にもなにも話さずっと一人で生きてきたなと考えてたらふと、下手に理解者なんて言うのが現れ縋ってしまったらそこで人生終ってたぞと誰かが私の頭の中に話しかけてきた。
左下にある小さなファンヒーターは最初に就職した会社の寮が寒く休日出勤の途中で買ったものだったと思う。
いつのまにか20年以上たっちゃったけど部屋も内容も寒い練習に今日も付き合ってくれてありがとう。
今風邪から来ていると思われるひどい口内炎で口の中の複数個所が割れ爛れて痛い。それとは別に楽器でしくじり下唇を歯で破ってしまいそこも痛い。
よりによって再開されるレッスンの直前になって・・・はいつものこと。
ずっとできないものが直前の数日でどうにかなるわけもないのに練習ができないとパニック的危機感を感じたりするのは多分心のゆがみ。
幼いころからのみんなの前で自分だけできないことをさらされたという記憶が未処理なまま巣くって強迫的恐怖感みたいなものにすり替えられてるのかもな。
私の頭は自分で異常に気付き封印しようとした12歳くらいで止まっているのかもしれない。
楽器や音楽の前にまずそこから直していこうという練習か。
ブラック企業の寮から夜逃げしたあの時よりも後に生まれた人が成人するという日に考えていることはまだこんなこと。
自分の成人式には出なかったし帰郷もしなかった。
変なこと書いてるけど今不思議と心は明るい。
なんでだろうな?
急にここに書くのも変だけど、いろんな人にコメントもらえてうれしいです。
話的にはあんまりつながらないけれど、
https://www.youtube.com/watch?v=Kl2LKi3fGhg
ラフマニノフのシンフォニックダンスは始めからオーケストラ音楽として構想されたようだけれど、よくあるようにまず2台のピアノ用スコアで完成されたようだ。
その時の楽譜そのままなのかは知らないけれど2台のピアノ版も作者による正式な版として出版され演奏されている。
でいつも気になるのが冒頭序奏が終わって主部に入る直前、

ティンパニがffでたたくCの連打をピアノが単音でそのまま弾いちゃっている事。
よくあるオーケストラ曲をピアノ用にする編曲で、弦のトレモロやティンパニなんかをそのままピアノの楽譜に移植するとものすごく安っぽく陳腐に聴こえる。そこでピアノの特性を生かし同じ効果を感じさせるための工夫としてどんな処理を見せてくれるかが編曲を聴く醍醐味だみたいな話もあるんだけれど、ここでのラフマニノフの回答はとりあえずの試演とか練習のための編曲みたいにも聞こえる。
彼ならここにももっと全然違うアイディアを盛り込めたはずなのになんでそのまま出版しちゃったんだろう?
この曲に関してはオケ版のがいいかなと思うけれど、分厚いオケではぼやけちゃうようなハーモニーの動きとか細かい音の重なりがよくわかって面白い。
上の写真と同じ日だったか、

久しぶりに来たこのお店。
お客さんいたけれど私たちと入れ替わりに出ていった。
でもまたすぐ二組入ってきて。
席がうまっても騒々しくないところがいいですね。
一時期納豆とか別路線を探ってもいたけれど

またこれたのんじゃった。
お皿の色といい感じですね。
チーズはスプーンでかけ放題だけどもういい歳なんだから調子に乗っちゃあいけません。
他にサラダがほっといてもついてきて、おいしいスープは110円でつけられる。
後ろで、懐かしい・・と言う声が聞こえた。
私たちより後から来たのに先に出て行った夫婦らしき二人は会計時お店の人と何か話しているのが聞こえてくる。
35年です・・
どうもその人はここが開店した35年前当時高校生でここによくきたようだ。
駅前だもんね。
私も高校は同郷の大多数と同じくこの駅利用になると思っていたけれど少数派な反対方面へ行くことになった。
その高校時代につぶれておかしくなって今に至る。
こっちへきてたらどうなっていたかなぁ・・
同じであったかな。もっと悲惨だったかもな。
なんであれ、長い年月が過ぎた。
あの人はきっとも子供も成人してるんだろうな。

よかったらと、ショウガ茶と紅茶のゼリーが出てきた。
なんか書いてあ・・

そうか、じゃあがんばろうか。
お会計時にお店のお母さんにから
何時もこれたべてますよねー
それだけのことだけど、なんかうれしいのね。
あれ、俺なんかのこと覚えてくれてるの?
何十年も人間拒否症の閉鎖空間で生きてくるとさ。