モーニングピンチと馬鹿とはなにか

ふと窓の外を見る異常なほど水面が近くに見え船だろうか何かがものすごい勢いで横切っ・・
床下に水を受ける音と衝撃を感じる。
驚く乗客の声を聞きながら振り向き探すと期待通り非常口の表示。
開け方はわからない。
沈む?
早く!
閉じ込められ決して出ることのできない空間の中で、自分は取り返しのつかない間違いを犯したのだという意識が満ちてゆく。
飛行機になんか乗るんじゃなかった。どうして?
誰かの大丈夫だよという声が聞こえ、自分も自身に言い聞かせるため大声で
大丈夫だよ!
っ!・・あ、ふとん?
何が悪夢を見せたのかより私はいつも失敗した、どうして回避できなかったのか・・とそんなことばかり考えているのかもなと思った。
夢を見たのは一昨日くらいだけど写真は10年前の五月連休。
翌朝。

こんな狭い部屋で目覚めた。
どっかから最終便で羽田へ戻ってくると22時半くらいだったか、家まで帰れる電車はもうないので近くの適当なホテルに泊まったんだと思う。
どうせ泊まるなら現地に泊って午後の便で帰ればもう少し何か見れるんじゃないかと思うけど翌日から飛行機代が急上昇するとかそんな理由でじゃなかったかな。

各停しか停まらない駅だった思うけど改札とホテルの入り口が直結していて使い勝手がよくこぎれいで非常にいい印象を受けた。
今は特に驚かないけどフロントの人が中国なまりのギリギリセーフな日本語でちょっと驚いた記憶。
仕事でお世話になる通訳も日本に語学留学した際はホテルに勤めた聞いた。
通訳もいろいろだけどやっぱり実際こちらにきて日本人のいいとこ悪いとこ臭さまで覚えていった人は違う。
あのフロントの人もきっと今頃どこかで成功しているんじゃないかな?
中国と言えば国家レベルからの言動に呆れたり、仕事上具体的に直面する考え方の違いによりぶつかったり困ったり憤慨したりすることもある。
ただ、それと人間個人が人として生きているという事は全く別次元で同列に置いてはいけないし、知りもしない人間をひとくくりにし馬鹿にして悦に入るとしたらそれはそのことの方が・・とかは今はいいか。
たった一度でも現地に行って直接人間と話したり感じることって大切なのね。
さらに印象深く記憶に残っているのは

このモーニングセットであった。
傍目には何の変哲もない普通のトーストとアイスコーヒーと卵と・・だと思うけれど、何の期待もしてないところに出てきたこれがうますぎて驚き、次の年もまたここに泊ったんだった。
喜び、驚きって豪華とか奇抜とかたくさんとかじゃなくていいのね。
何か言いたいことがあるとすればここかな。

全然知らない街で起きて、そこにいるのが当たり前の顔して電車に乗ったり・・とかってなんだか新鮮で楽しいね。
もしかしたらあったかもしれない全然違う人生になり切ってみたり。
急行とまんない駅とかのが萌えるかも。

京急の品川駅、移設増強するらしいですね。
今じゃ信じられないけど、昔はあの橋の向こうは電車が道路の上を走る併用軌道だったことを何かで読んだ気がするけど鉄道ネタ書くとみんな引くでしょ。
https://www.youtube.com/watch?v=yaSvK3svod4
前奏曲とフーガ ハ長調
引かれついでに、あの頃京急にはシーメンスのドレミファインバーターを積んだ車両が走ってた。
なんのことだかわかんない人にはわかんないでしょうけど電車がドレミファソラシドーって吠えるの。
単純な音階じゃなく短調系だったよね。
この日新幹線じゃなく新宿から私鉄に乗って帰ったけど朝早いと店も開いてないし人もいない新宿・・というのがなんか記憶に残っている。
最寄駅から家まで歩く20分くらいのかったるくて虚しくつまらなかった思い出が昨日のようで・・
このあたりは何にもないような田舎だけど関東から疎開的に遊びに来ちゃう人が止まらないようで数日前も近所から目撃したそういう人を非難するでっかい声が聞こえてきた。
今ふと思ったけれど声の主の家に一昨日くらいから帰ってきてる息子さんもたしか関東住まいじゃないのか。
別な個所でも同じように一席ぶっといて矛盾したことを断行しようとする人に接している。そうせざるを得ない理由があるのかは知らない。
県が報告する発症者の事例を読むと多数の人間が全く同じような流れを踏んでいるというかほとんどそんなパターンだ。
彼らは間違っていると思うし今ここで罵倒するような批判を書くことは簡単だけどでもそれはしない。
他人やなにかへ、わかりやすく誰でもがそう思うような強い批判を吠え叫んでみれば周りから同意が返ってきたりもして何か一端になったような気分になれるかもしれない。
でもそんなの勘違いと甘えだから。
それよりそんな時はまず自分がそれに値するのかを考えるべき機会なのかもしれないと自分に言い聞かせたい。