行ってみたかった

晩飯を食ってる最中に嫁さんが、
ブログにどんなこと書いてるの?
書いてないよ。
・・・・・・・・
あなたのことは多分私よりブログを見てる人の方が良く知っているはず。私には何にも喋ってくれてないんだよ
みたいなことを言った。あなたなんて言わないけど。
言っていることはよくわかる。
だけど、じゃあと口を開いてみれば何かがペラペラ出てくるとかいうもんでもない。
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家のそばから山へ向かって伸びる道があり、幼いころからあの道はどこへ続いているんだろう?とずっと思っていた。
昔から国を守る擁壁ととらえられ歌に歌われるようなでっかい山だ。峠を越えるとそこには・・
何度か歩いてもみたけれど30年くらい前にできた基幹林道に到達するその先がずっと見つけられず謎が深まり私の中で知りたくてしょうがないことの一つとなっていた。
犬と歩いたときは楽しかったけれど犬が高齢化してしまいもう無理かな・・
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ここはたまたま日が差しているけれど、日本中のいろんな山と同じくこの山も杉と桧が植林されたのち放棄された悲惨な感じの森におおわれてしまい森に保水力がないせいか大雨が降ると道が河になるらしくえぐられて道と呼べる状態じゃない区間も多い。
生きていれば100歳どころじゃない近所の大おばあちゃんから聴いた、
旦那さんが朝三時起きで馬を連れてこの道を登り柴刈りに行ったという話は忘れられない。
道は峠を越え芦ノ湖のほとりにまで通じていたという話が特に。
何度も何度も頭の中でその様子を想像して・・
最近ふと気づいた。
その想像は私が見たのと同じうっそうとした杉の森に囲まれた真っ暗で湿ったイメージであったのだけど、国策で?杉が植林されたのは昭和30年代後半くらいなわけで昔はなかったはず。先月発見した地誌をまとめた本によると山はかなり高い位置まで開墾されており柴刈り場もたくさんあって野焼きをしたり・・実際は、明るく開けた道がずっと続いていたのではないだろうか?
そう思って昔の航空写真を見てみると
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昭和37年、ああ確かに開けてるし開墾された畑のようなものも見える。
杉の植林はすでに行われているけれどまだどれもかなり背が低く明るい日差しが地面に届いている様子も見て取れる。
二本見える道のうち左側が家のそばから続く道。
道に沿って等間隔に木が植えられ並木道みたいになっているようにも見える。
山の尾根を走っているから並木越しに遠くの景色が見える素晴らしい場所だったのではないだろうか?
ここへ行ってみたい。
今じゃなくこの時の・・・それは絶対かなわないことなのだけど。
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同じあたりの現在状況。
畑なんかあるわけもなく、同じ樹ばかり単色のうっそうとした森で覆われ道は見えない。
左の尾根に行きたかった道があるはずではある。
縦に走る黒い筋は大雨により山が崩れ土石流が起きた跡。この山水を受け止める力がないので15年前くらいからいたるところにこんな跡がみられるようになった。
中央下部には流木をせき止めるダム。
私が馬鹿みたいに楽器を吹き散らして山の神の顰蹙を買った場所。

何年か前にある人から聞いた祖父は自分で鉛を溶かして鉄砲玉を作るような旧式の銃を持って山中を駆け回り、シシをとっては温泉宿に売って・・のはなしも、あの明るい山ならイメージがしやすい。
数日前に犬と散歩をしていると道端て休んでいるお爺ちゃんの声が聞こえ
車じゃいけねーけどバイクでなら・・おれはバイクで芦ノ湖までいってやった・・
多分こんな道の話をしておりもっと詳しく聴かせてくれなんて言いたかったけどできなかった。
あのお爺さんが若い鉄砲玉みたいだった60年前とかの話だろう。
途中まで車が入れるような道幅となっているのは昔馬力と呼ばれる多分耕運機でリアカーを引っ張るようなので燃木とよばれる柴をとって街で売りさばく商売が盛んにおこなわれたかららしい。昭和40年代に入りプロパンガスが普及すると商売はすたれガソリンスタンドとかガス屋や土建屋を始めたという。該当するようなうちが近くに何軒かある。
昔の、人の生活場であり収入源であったという山が見てみたかったなぁ
基幹林道と交差したその先が見つけられないと思っていたのは間違いで、その基幹林道が探している道をなぞっているだけなことにも気づいた。

・・・・・と、こんなのを嫁さんに話したら聴いてくれんのかな?
訳が分かんなくても聴こうとしてくれるけどねうちの嫁さんは。
この記事の反応も悪いと思う。
私は書いてて楽しいからいいの。
時間をさかのぼっていってみたいといえば歴史的作曲家の演奏を生で聴くことがあるだろう。
一般に自作自演はあまりよくないもんだよなんて言えばよく知った通の顔ができることになっている。
とはいえ名を遺す作曲家にはまず演奏家とし一線で活躍してたという人間が多く、ブラームスとかショパンのピアノ演奏も聴いてみたかった。
指揮者として誰もが文句なしに絶賛し、指揮者へレッスンをつけているようなスコアを残したマーラーの自演が聴いてみたかった。
その彼のミュンヘン万博でだったか8番の初演なんかその場で聞いてみたかったなぁ・・

https://www.youtube.com/watch?v=NSYEOLwVfU8&t=5s

バーンスタインの演奏は見てても聴いてても自身がマーラーその人なのだと思って演奏しているのが伝わってくる気がする。
けど多分マーラー自身は俺なら絶対にあんな風にしないとか言いそうな気がしてもいる。
一部の人には大変不評かもしれないこの大爆発演奏が私は結構好きだ。

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何を写しているのか誰にも通じないだろうけどここから左手へ降りて行く道が分岐している。
でももう森に埋もれてしまった。
バブルの終わりごろに森を切り開き大規模に造成されたのだけど北斜面だからか全然売れずそのまま森に帰っていった。
数年前までは荒れているとはいえまだ歩けていぬとも散歩したんだけど。
もう道自体が崩壊して通れないと思う。
山ってほっとくとすぐ森に帰るのね。
この日家のすぐそばでカッコウの声が聞こえた。
カッコウが家の近くにいるとは思わなかったので感動した。
嫁さんと犬とでカッコウの鳴き声を聞き・・
それでいいじゃない。
周りが敵だらけのような気がしても
まだ大丈夫。

Tag:マーラー交響曲第8番  Trackback:0 comment:2 

きつねと笛

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サーモン丼を食ったあたりだけど別な日。
人はあまりいない。
なんかいいでしょう。
キツネが化けて出てきてどこかへ連れて行かれそうな。
呪われるとか食われちまうのは嫌だけど、楽しい感じだったらついて行ってみたいかなぁ。
宴なのだが笛の吹き手が足りないのだお前も吹けとかいわれて・・
そこでうまく吹けちゃったりすると気に入られちゃって一生返ってこれないの。
俺はきっとお前はへたくそ過ぎるとか言って追い出されるから無事帰ってこれるんだよ。
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このあたりに狐がいたかは知らないけれど、地元の地誌をまとめた本を読んでいると昭和の初めくらいまではこのあたりでもキツネにつかれたという話がいくつもあったりしていたようだ。
大正時代のある地区で、おかしくなった人間が出たので皆で問いただすとキツネがついており自分は隣町のきつねで帰りたいから列車にのるため駅まで送ってくれといったという。
途中急に踊りだしたりとかもしたけれど駅まではたどり着いた。
ホームにとまる列車の前までを歩いていると急に転び、
起き上がると正気に戻っていた・・
悪いものに取りつかれ系の話だけど、どこか憎めない感じがある所がちょっと好きだ。
そんなに素直に帰っちゃうってそもそも何しに来たんだろう?
列車に乗るとはハイカラだけど今だとオンラインで取りついちゃう感じだろうか。
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キツネはないけど犬と山道を散歩していたらタヌキが前を歩いていたことはある。
逃げるでもなく化かすでもなく、ずっと一定の距離を保ちつつこちらに合わせて歩いてくれた。
別れ際にはすぐそばまできて目を合わせ挨拶をしてくれたあのタヌキにもう一度会いたいなぁ。

https://www.youtube.com/watch?v=yntnKovoBwY
プーランクのノクターンで、なんとかの鐘という副題があるらしいけど。
きつねの音楽ってどんなのかなぁ?
聞いたら最後、虜になてしまい二度と人間界には戻れなかった・・とか。

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来月から楽器のレッスンが再開されることとなり日程もきまった。
レッスンがあってもなくても毎日欠かさず練習をしてるはいいけどまたしても私らしくちょっと変なことを意識したら口の形が壊れてしまいかなり前の全然ダメパターンに戻ってしまった。
一度壊れると昨日までできていたところへ戻ろうにも戻れない。
3日間くらい続いて今日、やりながら楽器だけじゃなく自分の全部がダメだとかなんとか言うところまで落っこちて・・
どうにもならないところ、ちょうどこれを書きかけていたところだったのでなんとなく狐のことを考えてた。
キツネが取り付いて笛を吹けるようにしてくんないかな・・
と思っていると少しずつ戻ってくる・・
ネタだと思ってんでしょ?
説明しずらいけど口の位置、こうと思ってたのとは全然違うそんなわけないというところが正解なのねこういうの。
よし、この形を覚えてこうと鏡を見ると
キツネの面みたいな口だった。
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北海道に行くとキタキツネがその辺にたくさんてよく見かける。
夜のに峠越えをしたときは道端にいっぱい出てきてこっちを見てた。
人に餌を一度もらうと自分で獲物を捕らえられなくなるらしく、情けないような顔で物乞いにくる狐に何頭も遭遇した。
そうかと思えば捕まえたネズミかなんかを咥えてうーうー言いながらわざわざ近寄りみせに来てくれた狐もいた。
みんな、頑張って生きてるのね。

みたこともないけど今このあたりに狐はいるのかな?
化かされるのは困るけど一度お会もいしてみたい。

Tag:プーランク  Trackback:0 comment:4 

頭のおかしい人と蛍の光

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湧水が流れとなって・・
蛍を守るため場を荒らさないで!みたいな看板があるとこ。
ああここならいるかもね。
だけどこんなところに夜来たら犯罪に巻き込まれそうだな。
あでもそういうときは人がいっぱいで祭り状態なのか。
なおさら来れないな。
そんなこと考えながら
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カニさん登場。
逃げずにこっちをずーっと見つめてたりして。
幼い頃、近所の夏祭りの明かりや音に誘われ行きたいと訴えると両親はそろって
そんなものに行きたいというお前の頭はおかしいと激しった。
無言でいきなり殴られることもあったりして子供心にその背景を察しつつ私の親は頭がおかしいのだろうと思った。
それはいいとして気が付けばなりたくなかったあんな人に、
自分もなっちまったのかな。

通りすぎると後ろでなんか騒いでる声がする。
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カニと・・
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遊ぶ人。
この人海でもやってたカニと。
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Dances with カニ
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ただ威嚇してるだけだろとか言っちゃえばそれまでね。
少し遊んでくれたように私には見えるけど、そんなことを言ってる人間は馬鹿にしか見えない人もたくさんいるでしょう。
昔、カニをとったりザリガニとかクワガタ捕りというのもしない自分を自分で頭がおかしいのではないかと思ったけれど唯一学校の先生がくれた熱帯魚を飼うことは熱中した。
ある日帰宅すると平日なのに親父がいて水槽は空になり片付けられていた。
父親は私が何か楽しみを見つけると徹底的に奪いやめさせようとしたけれど、どこにでもあるような話で戦後の食うものもないような時代に父親なしで育った結果がそこにあったかもしれない。
さすがに生きた魚を捨てはしないとは思うから何かで魚が死んだ瞬間をとらえてだったか・・詳細はもう覚えていない。
何も考えないようにしたことを覚えてる。
私がこんなになっちゃったのと今だにいろいろとおかしいところから脱せない原因は私の体の内部にあると思っており、親へ恨み節をここにぶつけようとかじゃなくて。
話の流れ上そんなことがあったというだけ。
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家のすぐ裏に蛍がいると気づいたのは深夜道を歩いていたら一匹の蛍がふらふらっと飛んできたからだった。
その蛍に、お前こっち来てみてみろよと誘われて・・
仕事のストレスをぶつけてしまうと自分で言ったこともあったが、私を見るたびにお前はみっともない失敗だというようなことを吐き捨てる父親に対しいつしか私も同じ考えをもっていたと思う。
もちろん親から育てられた恩は表面にある些細な事とは別次元にあり忘れるものではないけど。
何年も親子というより人間としてのやり取りも成立しない間柄となっていた父親はその時絶望的な病床にあった。
蛍がいると言ってみると何だ知らなかったのかと言いつつ、もう一度見たかったというようなことを言った。
みればいいじゃないかと返せば、そうだなというようなことも言ったがもう力はなかった。
自分はいくらでも何度でも見ることができると思っていた蛍の数はその後減ってしまい、昨年は一度も一匹も見られなかった。
もう自分も蛍を見ることはできないのかと・・


https://www.youtube.com/watch?v=23mLlK_aK6k
こんなに暗くならなくてもいいんだろうけど、最近聴いて心に残ったから。
いろんな作曲家が効果的に使っているけれどヴァイオリンの解放のGがユニゾンでヌォーンっと鳴ると人の心が凍り付いてるみたいで聴いてる此方の心も引っ張られますね。
これを聴いた日、なぜかお前どうするの?お前もうだめだよどうするの?といわれているような気分だった。
ほんとは何故かじゃなくて原因ははっきりわかっているけど今書くことじゃないと思うので。それより、
夜、犬と外に出たら
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いたんだよ。
蛍が。
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それもいつもの川を離れ家の敷地の中に入ってきて物置やフェンスにとまってずっと光って見せてくれた。
誰かが何かを伝えようとしてるのかなんてまた考えても見たけれど、なにという事も思い浮かばなかった。
いいよそんなの。
蛍いてくれたから。
これを自分の家で、嫁さんと二人で眺めたというところに
自分を糞みたいに思う癖のある私にとっての意味があると思う。
何言ってんだこの馬鹿と思ってるでしょ?
いいのよそれで。
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嫁さんが差したこの光る星に、
近所の猫がおしっこをひっかけたらしく嫁さんがすごく怒ってた。
梅雨の時期だったか家の庭にはカニもよく歩いているんだよね。
カニもずっとそんなもんいるわけがないと思ってた。
いると思えば見えてくるのね。

こんな内容書くと反感を食らうなと思いながら・・
それより、書いてみると当時わからなかった色んな事が見えても来た。
すべては蛍を見たから発想した話で蛍のおかげ。
蛍がお前よく考えろと言ってる気がする。
何をかはまだよくわからない。
もし私に子がいたら、どう接しただろうか?

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森とサーモン

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またすき家。
日曜日だし森林公園みたいなところなので人間に遭遇する可能性があるけれど、いつも行くところは木陰がなくもう暑くて飯どころじゃないから。
藤棚の下にテーブル2組というのもあったけど先客が盛り上がってたのでやめ。
椅子しかないけどいいよここで。
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オニオンサーモン丼だったっけ?
なんか自分でのせるのね。
生ものだからあったかいご飯の載せてだと法令上まずいとかあるのかな?
違うか味や歯ごたえがまずくなっちゃうのか。
手順書がついてたりして・・特盛はサーモン2人前だから大しょうゆも2つついてきたけど一個で十分。いや半分くらいでもいいかも。
もう一つなんか濃厚なソースもついてきた。
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森とサーモン。
回転寿司でみるヘロヘロサーモンを覚悟していたけれど、一口目からおいしくて意表を突かれる。
余計なことを書くもんじゃないけど、味を占めて後日同じものを家で食ったときには全く違う感想を得た。
ロットがちがうから?
買ってから食うまでの時間?
2度目で慣れちゃったから?
体調の問題?
きっとこの周りを囲むケヤキの緑と空気が作用したんだろう・・
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食ってる最中目の前はこんな感じ。
直下に遊歩道があり幸せ家族みたいなのが通り過ぎてゆく。
子供と親と・・
15年じゃきかないくらい前になるか会社の人間でこのあたりに来てバーベキューをしたことがあり、小さな女の子を肩車してこの遊歩道を登ってきた事を思い出した。
心身ともに不健全に生きてきた私は子供をかわいいと思うような回路は破損しており、子供にもわかるような拒否臭が出ていたんじゃないかと思う。でもそんなもん少しも意に介さない明るく元気な子だった。
おとうさんみたーいという声を耳元で聴きちいさな衝撃を受けたのはちょうど目の前のここだったよな。
いつか自分も自分の子と・・その時思ったかはもう思い出せない。
あの子とあの人、どうしているかな。
私の記憶にバーベキュー的なものはその後一度もないけれどそんな話は今ここに書きたくない。

食ってるうちにやたらに暑くなってきた。
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日が少しづつ動いておりあの微妙な日陰を作る模様からずれてっちゃうのね。
我慢して食おうかと思ったけど暑いと味もへったくれもなくなっちゃうから
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味噌汁置くとこがないけどあちらの切り株的な椅子へ移動すれば
目の前の景色は
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こんな感じ。
かわんない?

ワーグナーの楽劇ジークフリートというのに森のささやきと呼ばれる音楽があって単独で演奏されたりもするんだけどそんなに好きでもなくて。
同じジークフリートと共通の素材で書かれたジークフリート牧歌という曲が超絶有名。
上演に4日かかる作品の3日目の終わりでやっと主役の男女が出会いいい感じになる辺り・・だっけ?観ることはほとんどないので・・

https://www.youtube.com/watch?v=mZmOCh-7cKk
そしてこの曲は作曲者の妻の誕生日へのプレゼントとして内緒で準備されその朝寝室の前で披露されたことが超絶有名。
数人の楽員が配置されたのは寝室前の階段、曲がり階段で指揮者から見えない団員が・・映画や舞台でよく見るお城みたいなとこに住んでたのね。
嫁さんが大変喜んだという話も有名だけど、
ぼさぼさの髪と化粧してないしかめっ面で
こっちは寝てんのに朝からるせーんだよ!
バタン!!
・・・・・
になっちゃう可能性というのはなかったんだろうか?
育ちの根本から違・・ほんとはそうだったんじゃないの?
非常にくだらないけど言いたいことはそれだけ。
この歴史的美談に出ててくるコジマという電気屋みたいな名前の嫁さんはあのリストの娘だ。
もともと弟子の嫁さんだったのに・・はいいとして
ワーグナーとの間に最初に生まれた女の子はイゾルデで、多分待望の息子ジークフリートは音楽家として期待され特別な教育も受けたようだけど才能は別な方向に現れたようだ。
2代将軍みたいなもんで本人は色々大変だったんじゃないか。
ワーグナーが自身の特別な作品を理想的に上演すべく作った専用の劇場はコジマ以来芸術監督が世襲で引き継がれ今曾孫の・・
要するに世の中うまく行っていようが破滅していようが男がいて女がいて親がいて子がいてそれがすべてなんだろう結局。

今、ながら聞きとかではなく音楽しかない部屋で音楽にだけ気持ちを向けてこの曲を聴いてきた。
澄んだ空気と光、懐かしいような気がするのは昔何度も聴いたからというだけではないと思う。
こんな私にも素晴らしい時間をくれてありがとう。

いつもなら食い終わったら少し歩いていたりするんだけど、
下の方からの聞こえる多数の歓声に、今日はやめておこうと思った。
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同じ緑でも、杉やヒノキの林を見てもあんまり来ないというか。
いいよねこういう緑。
ちょっと腐り気味の心も浄化してくれたような気がした。

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46の雨

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よく嫁さんが「周りは晴れてるのにうちだけ雨」だとか言いだす。
半分は夫婦間の定型的な冗談でもあるけれど、本気なのも知ってる。
なわけあるかと言いたいところだけど、常にいろんな屋外の現場で働くペンキ屋の親方から山の配置等による気流の関係とかでそこだけ雨が降る場所というのが実際にあるんだと聞いたことがある。
旦那さんとこもそうだね・・
違う場所だけど別な人にも同種の話を聞いた。
私の家は局地的多雨地点であるらしい。
そんなところに住んでるから俺はこんなになっちゃったのかなと思ったりもするけれど、大丈夫ここへ来るずっと前からこんなだったから。
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雨のなか車で走り出すと、ふとむかしの記憶が浮かぶ。
動くワイパーの向こうに見えている街並みは愛知と岐阜の境くらいだろう。
当時休日というものは事実上なく指示があってもなくも起きている以上は出社するのが当たり前だったところ、早朝から携帯の電源を切り寮から逃げたのだった。まだ夜逃げという発想はなく戻れば悪夢が待っているんだろうが今日一日どこにいようがどこに行こうが自分の自由。
と言って楽しく遊びだすとか言う事もない。どこに行きなにをしたいという事もないがとにかく遠くへ行きたいと思った。
山へ向かう高速はわずかな部分しか開通していなかったから途中から山道を走ったんだと思うけれどほとんど記憶にない。
あれはどこだったのか大きな山へぶつかって突き当たりみたいなところ、地図上では峠を越えて富山まで行けるはず・・
でも実際峠は夏のわずかな期間を除き閉鎖されておりどうしてもこの先へは進むことができず、複数あったほかのルートもすべて同様で巨大な袋小路の中に入ってしまっていた。
時間を考えればもう戻る他にはないのだと気付いたときの・・
あれから20年以上たった今、なんでかあのときみたいな気分だ。
違うのは、戻る道はないという事。
あの後の記憶は全くないけれどしょぼくれた感じで来た道を戻ったんだろう。

朝から雨音を聴いたら頭の中にブラームスの3番の3楽章が流れてきて、
この曲は戦う男のメランコリーだとか雨は戦う男に休みをくれるとか
そんなことを書こうと思ってた。
だけど実際戦ってない人間がそんなこと書こうったって・・

https://www.youtube.com/watch?time_continue=1130&v=qtEZ_jzeVXA

いや、そうじゃないだろう。
中学生で音楽に目覚めるとすぐにブラームスと出会い、どこで読んだかいろんな人が言う40過ぎてから聴くブラームスって何がどう違って聴こえるんだろう?と思った。
そこを具体的に説明してくれる人はいなかったと思う。
それがすでに答えだったのかもなと思う。
人はみんな違うし積み重ねてきたものも違うから誰かと共有できるわけでもない、その答えはそこへ行った自分にしかわからないんだから。
短絡的な反応が返ってくるのが嫌だけどあえて言えば、ブラームスの3番4番は歩んできた人生に傷や間違いを感じているような人にこそ響くものがあるような気が私の中ではしてる。
でもそれが唯一ではないし、順風満帆私は優れた成功者だなんて自分で言っちゃえる人のブラ3、ブラ4というのもあるだろう。

あまり強い雨だと雨音が邪魔をして音楽を聴くことができなくなってしまう。
でも音楽への没頭を邪魔する明るく強い日差しや外を行く人の声を遮り消し去ってくれる弱い雨は
私の愛すべき味方なのである。

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たねと顕微鏡

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愛すべきこの田舎は田植えの準備が始まるところ。
犬が暑がって散歩に行かないので自分ひとりでふらふら来た。
天気は急速に下り坂。
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川の浚渫が始まってた。
浚渫やったばかりだけれど台風でまた埋まっちゃったところに災害普及の予算が付いたとかでしょう。
連休前から重機が運び込まれたりしていてその予感はあった。
今全然関係ない仕事をしているし乗る機会は全くないけれど、なぜかブルドーザーとかバックホーに乗れる車両系という免許を持ってます。
免許取るときに一度乗ったことがあるだけだけど。
ああいうのにも天才的に巧い人ってういうのがいるんですよね。
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連休中に見た重機の前のこのたんぽぽも
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どこからかタネが飛んできたのか流れ着いたのか河原の菜の花も
みんな刈られ踏みつぶされる前にタネを飛ばしきって次につなげたかな?
あの菜の花は風に揺られて楽しく歌い踊ってるみたいだった。
場所や条件は自分で選べない運命みたいなものがあるかもしれないけど、とにかく世の中やったもん勝ち生き延びたもん勝ちだよね。

昔、病院で自分の種の検査をしてもらった。
先生が顕微鏡を覗いて、まあ・・
そんなことここへ書いてちゃいけないか。
それよりこんなこと書いてたら、どうも犬がそわそわして様子がおかしい。
と思っていたら翌朝いつもしないところにおしっこが
あ、血?
心配しつつ出社し仕事を終えるころどうも良くならないようだと嫁さんからのLINEをみる。
会社から病院へ電話をし、診てもらえるというので急いで帰る。
大雨の中犬を車に乗せ頭をなでながら病院へ急ぐ最中、
昔祖母から聞いた祖父が具合の悪くなった幼い父を抱いて列車で遠い町の医者へ連れて行き・・という話を思い出した。
赤紙がきて硫黄島で亡くなった祖父が我が子といられた時間はわずかしかなかったと思う。
病院でおしっことれますか?と言われ外へ出てみると、もう解放されたのかと思ってわー!とかはしゃぎだす犬。
かわいいあなた、どうか無事で。
割りと素直にやってくれたそれには確かに血が混ざっていた。
先生がそれを顕微鏡で覗いているのが見える。
もう一つスペクトルかなんかで分析する装置は調子が悪かったみたいだけど、細菌は見当たらないし膿とかよくない炎症を示すものは何もないとのことだった。
あー、
よかった。

https://www.youtube.com/watch?v=VwrpNE1K6zM
久しぶりにちゃんと聴いたこれ。
いろんな面で人に衝撃を与えたことで有名なこの曲、旋律が明確な終止形をとらず次へ次へ引き継がれていく様について無限旋律と呼ばれることがある。
命というのもいくつもの体を乗り継ぎ長く引き継がれてゆく一本の旋律みたいなもんだ。
長く続く者もあるだろうけど、枝分かれした先で止まってしまうものも少なくない。
俺も犬も次はなく自分で終結。
おれたちトニカだな。
鳴っていられる間が花だから。
今日も嫌なことがあり、出来るだけ考えないように努めたけれどこれを書いている今まだ引きずって気分が悪い。
でもいいよ犬が元気でいてくれれば。
途中から書いてる内容が変わっちゃったけどいいよ。
犬が元気でいてくれれば。

翌朝、犬はワーワー言いながら飯を食ってた。
大丈夫そうね。
良かった犬が元気で。

Tag:ワーグナー  Trackback:0 comment:1 

花と小判

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庭のボンタンの花はさあ今日こそ咲いてやるぞというところ。
窓を開けていると風に乗っていい香りが入ってくる。
しあわせ。
この花、あんまり長く続かないんですよね。
だけど今年は時期をずらしてまだ後ずっと後に咲きますよみたいなつぼみもたくさん。
元は南国に生えてる樹だからいつもの冬は霜に当たったりして結構つらい思いをしてるのかもな。
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私に見せようとして咲いてくれているわけじゃないけどなんだかうれしい。
樹ってのは見て喜んでやると伝わるもんだと思う。
なんて言ってみると受け取り方はほんとに人それぞれですよね。
恐ろしく情けないものを見たような顔をする人もいる。
そしてそれを見たこちらも・・ちがうちがうそんなこと書きたい話じゃないから。
でっかい実をつける樹だからか、鼻も繊細というよりごっつい感じなのね。
よく見ると先行して開いてた花はもう老いを見せ始めてた。
もう実なる部分がしっかり膨らんでるのね。

ショスタコの前奏曲とフーガは聴けば聴くほど面白い。

https://www.youtube.com/watch?v=HmDatPUk9lU
こんなペダル踏んだ方が生きるフーガもあるのかと思わせてくれたこれも好き。
花のようでしょう?
並外れた才能をもった十代の女性ピアニストに触発されて書かれたというこの曲集、書きあげたそばからその彼女が弾いていったという。
今これを弾いてるのもその人。
私の曲って感じだろうな。
ちょっと調べたら亡くなる直前、最後の演奏会で弾いたのもこの曲集であったそうだ。

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草だと思って抜いちゃおうかと思ったけどそうしなかったら咲いた花。
かわいいねえ。

なんとなくロッテリアに行ってみた。
海を見ながらなんて思って走ってたけど横から旨そうな匂いと飲み物の氷が揺れる音がしてくると早く食いたくなっちゃって。
でっかい川の堤防が見えああここでいいじゃない。
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と思ったけれど工事をやっておりだめか。
写真に写らないけどあの金色の犬の尻尾みたいなのが風で波打って、その下にはいろんな小さな花が咲き乱れてとても綺麗だった。
少し移動する。
ここは大丈夫だろうというところ、
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なんだ川遠くて見えねーよ。
まいいか。
人が・・いっぱいいるな。
ちょっと離れるべく奥の方へ。
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これじゃ河川敷に捨てられたゴミの写真みたいだけど。
水門への通路が作る僅かな日陰の下に座って食べることにする。
向こうで野球をしているのは高校生くらいだろうか?
私の世代で野球をしなかった男の子はいないだろう。
私には、あれもなかった。
家に閉じこもってファミコンってのもなかった。
それは・・とかは今いいか。
サッカーボールをもって一人やってきたあの子は中学生だろうか?
昼寝用シートをもって一人やってきた半裸のおっさんはおっさんだろう。
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あんまり見えないけど手前の草はコバンソウだ。
昔学校に小判草を持ってきた女の子がいて、先生が前に呼んでみんなの前で紹介してたりしたのを覚えてる。花瓶に生けられたそれを眺めてへーと思ったのも。
貴重な植物を見せてもらったんだと思ったまま40年近くたったけどこんなとこに散々生えてんのね。
その子は子分を何人か引き連れてるような子だったと思う。
すぐ前の席になったことがあってしょっちゅう振り向いてなんだか色々話をしてくれた記憶もでてきた。
6年生ともなればいろいろあるのに平気で目の前で着替えてた記憶も。自分もまだそれを見てどうかなるとこまで行ってなかったけれど、もう少し隠すか何かすればいいのに位は思ってたような気がする。
あとわずか半年もすればお互い全然違ったでしょうね。
エロ思い出とかじゃなくて、ろくな思い出がないと思っている自分の記憶にもちゃんと小さくいろいろあるのね。
いまどこでどうしているだろうか?
元気でいるかな?
たぶんもう一生お会いする機会もないのか。

先日のマックで胃が歳をとってることを実感し懲りたので、何とかバーガーみたいなのは頼まずシンプルなチーズバーガーを二つ。マックのよりやわらかくておいしいと思ったけどどうかな?
ポテトはフルフルなんとかじゃなくて普通のでもよかったかな。
こんな油をすっちゃって塩のかかったもんを俺は食っちゃいけないんだよなと毎回思うけれど、でもああいうとこいくと頼んじゃうよねえポテトとコーラ。
今なら空いている時間帯だからといつも行くのと違うスーパーへ行き、いつもと違う銘柄のいろんなものを買って帰ってくると
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小さな可愛い花はもう閉店。
日照を感知し虫が飛ばない無駄な時間は自動的に花を閉じるシステム完備。
すごいね。
きっと長く咲いてるためにはには工夫が必要なのね。


Tag:ショスタコーヴィチ  Trackback:0 comment:4 

自転車と死んじゃいそうな人

連休もおしまいの頃、悶々としたものをぶつけるべく自転車で長い坂を登り続けヘロヘロになって止まっちゃったりしながらも思い出の場所へ着いた。たどり着けないだろうと思っていたし感慨深かいものがあった。
その時血の汚れだけじゃなく心に張り付いたぬめりが少し溶け出たような気がして気分が軽くなり、自転車いいなぁ・・いいなぁじゃなくてしばらく中断していた自転車通勤をいい加減再開しろってことか。
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このあたりは街全体が巨大な片勾配の上にあるので帰宅時はずっと登り勾配。
何故だか寒さのため自転車通勤を中断する前よりも足や息が軽い気がする。
良かったもう歳のせいで下り坂を落ち始めてるのかと思ってた。
きつかろうが疲れようが少しづつでも進んでれば前進む。はあはあいいながらやっとうちのそばまで来ると夕日と道端の花がきれいで。
ちょうど散歩をしていた犬が
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駆け寄ってきてしっぽを振ってくれる。
嬉しいよこっちも。

帰れば、
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ボンタンの花が今にもさく裂しそうだ。
今年はいつになくというか異常なほどたくさんの花をつけているけどなんだろうこれ?
ふと、以前別な樹が時期でないのに突然たくさんの花を咲かせたことを思い出す。
元気がなかった樹が花をつけたので一瞬喜びかけたけど違う。もう自分は生きられないと悟り実をつけ種を残そうとしているのだと思った。
なんとか助けようとしたつもりが追い込み枯らしてしまったのは私だ。
前の年、初めて一つだけ実をつけてくれたのを見てとてもうれしかった。
その実から種を取り植えてやればよかったけれどそれをしなかった。
なんでも気づいたときには遅く、もう取り返しはつかない。
このボンタンは多分この冬霜に当たらなかったのがよかったんだろう。
花がたくさん咲くのを楽しみにして。

別な日も自転車で帰ってくれば
道端、縁石に座り込み肩を落とすワイシャツのおっさん。
肩の落ちようが尋常でないため目が釘付けとなり・・
ふり返るとハンカチを鼻に当て激しく・・荒い息をしている様子はないので体調不良ではないだろう。
うれし泣きをしている可能性は考えにくく、どう見ても逆方向だろう。
体調を悪くしているのなら声をかけなきゃならないけれど、そういうのじゃないと思った。
なにがあったか知らないけれどみんな色々あるんだろう。
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夕日がきれい。

学生の頃、自転車できつい坂を登っていると道の反対側に息も絶え絶え倒れそうな顔のおっさんが目に入った。
当然すぐに駆け寄・・ることをせず私はそのまま通り過ぎ、それでいいのかと振り返れば人だかりができているのが見える。
どうなったかはわからないけれどそれより俺が見て見ぬふりをして逃げたことは間違いのない事実である。
いつか自分もその辺で倒れ虫の息になったりするかもしれない。
通りがかった人に助けを期待する瞬間が来るかはわからないけど、無視されたり指をさして笑われたりするかもしれない。
世の中や人間とはそういうものだという思いがあるけれど、その前にまず自分がそんな人間だった。
だったって過去形で書いているけど今ならちゃんとできるんだろうか?

また悪夢で目が覚めた。最近心に張り付いているぬめりみたいなものはこれだろう。
だけどもう死んじまうというような状況に比べてみればそんなもん犬のしょんべんみたいなものかもしれない。
起きるとなんでかマーラーの9番の冒頭あたりが頭の中で流れてた。
あの第1主題はベートーベンの「告別」から引用されていると昔指摘した人がいて、長年曲を理解するための重要な要素というか公然の事実みたいに言われていると思う。
けど私はぞれは全然違うと思ってる。
死、というものに強く魅かれその非情さ不条理さや恐怖を曲の中に織り込み続けてきた作曲家が、自身の死の恐怖に駆り立てられ書いた作品がこれ・・という事になっているけどそれも大きな間違いだと思っている。
彼がこの曲で言いたいのはそれじゃない。
こんなとこでそんなことを言ったってしょうがないだろうけど。

https://www.youtube.com/watch?v=mQO7XnL7oqs
この曲というか・・身をよじるような・・噛むと肉汁が染み出る様な・・・心・・・みたいなのから最も遠い気がするショルティーのマラ9を聞いてみたら意外なことにかなり良くて驚いたのももう何年も前か。
いつまでも古い盤なんか聴いてないで最新の演奏をどんどん聴きに行かないといけないと思いつつ、まだ当分いけない気もする。
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気の置けない人と何という事もなく長い時間語り合ったりすると心がスーッと軽くなる。間違いとは言え私も何度か経験させてもらった。
今は話し相手がブログの入力画面で・・
おまえ生きてて意味あるのか?
先程こんな声が聞こえ血がサーっと下がって寒気がした。
じゃあ死ねばいいんですか?
うるせーばか。

ここに書いたからショルティーのマラ9を聴いてみるとそこには素晴らしい世界と時間があった。
実際がどうかは知らないがこの指揮者もこの曲へなにがしかの思い入れがあるのではないかと思いながら・・
ありがとう。
誰とも通じなくていいから生きていきたいし死にたくない。

Tag:マーラー交響曲第9番  Trackback:0 comment:0 

まずいとかいってら

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人なんか来ないところ。
またここで飯を食った。
宮沢賢治がどこかの河原をイギリス海岸と呼んだんでしたっけ?
私はここを勝手にイギリスの丘と呼んで・・はいないけど、なんとなくちょっとイギリスっぽいかなと思わないでもない。
イギリスなんか行ったことも調べたこともないけれど。
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すき家のドライブスルーで買って来きたうな丼を食う。
鰻ってのはこんな外でじゃ無くもっと落ち着いたところでゆっくり食うもんじゃないかとちょっと思いながら。
確かにちょっと落ち着かないけど、でもいいじゃないなんだって。
山椒をかけようとしたら風でみんなどっか飛んでった。
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あさりの味噌汁とおしんこ付き
どうせインスタントみたいなのだろとか期待もしてなかったあさりの味噌汁がちゃんとおいしかった。
おしんこは悪くないけど高血圧な人は食っちゃだめな塩分感じゃないのこれと思いながら食っちゃった。
イギリスの丘でうなぎ。
イギリスには伝統的なうなぎ料理があったような気がして検索してみると、たくさん出てくる「まずい」という文字。
イギリスの料理がまずいみたいな話は定型文みたいに昔からよく聞くけどうなぎ料理は特にまずいことで世界的に有名らしかった。
モーツァルトが英国の飯を評してあいつらこんなもん食って馬鹿かくらいなことを言ったとかなかったっけ?
興味深いのはヘンデルに始まってメンデルスゾーンとかいろんな有名作曲家がイギリスに呼ばれて行ってたらしいこと。
エルガーとかブリテンとかいるじゃないかとも思うけどイギリスに超絶大作曲家がいないのは偶然ではく選んだ結果なのだとどこかで読んだ。ほんとかどうかは知らない。
ドボルザークの交響曲第8番がイギリスと呼ばれるのは最初の出版がイギリスだったからだっけ。
サンサーンスの交響曲第3番はロイヤルアルバートホールのこけら落としのために書かれたんだっけ。
フォーレのペレアスとメリザンドもイギリスで初演されたから英語だったりするんじゃなかったっけ。
ブラームスは呼ばれたけど船が怖いと海を渡ることは一度もなかった・・じゃなかったっけ。
いま適当に思い付きで書いてるのでいろいろ誤認があるかもしれない。
ブラームスの船が怖からというのが単純に事実なのか別な訳や考えに被せたしゃれみたいなものなのかはわからないけど、その話がなんとなく好きだ。
ブラームスがイギリスに行きたがらなかった本当の理由が、飯がまずいからだったら面白いけどちょっとくだらないか。
ある店の肉団子の煮込みだったかが好きだったという話は有名。

https://www.youtube.com/watch?v=NIpAqkXD6zM
この流れでイギリスな音楽じゃ負けのような気もするからフランスの作曲家のフランス組曲の中の一曲を聴いてみる。
この組曲は吹奏楽みたいな編成でやるのがオリジナルだと思うけど私は訳があってちょっとそっちは聴きたくない。
ピアノ版は好き。
食ったこともないけどフランスでも鰻を食うらしく、こっちは美味しいんだって。
イギリス人どうしちゃったの?

昔病院の待合室に貼ってあったこういう症状のある人は食べちゃいけない食材番付みたいなポスターの横綱が鰻だった。
私は多分その対象に該当しておりあんまり鰻なんか食ってちゃいけないんだと思う。
でも食っちゃった。
私がunagiさんなのは別に鰻が好きだからではないけれど、おいしいもんね。
20年くらい前にもネット上でunagiさんだったけどブログというのが流行りだし人であふれてきたら居場所がなくなっちゃってきえてた。ブログ斜陽らしい今頃また出てきたりして。
インターネットなんかなかった25年以上前のローカルパソコン通信でもうなぎさんと呼ばれていて、あの時は知り合った人に実際会ったりもした。
思い返せば全くないと思っていた人との出会いは複数あったのに、全く微塵の縁も残っていないのは私の不徳の致すところなのでありましょう。
世間標準を意識してこんなこと言ったり書いたりするけどほんとにそう思ってたら生きてられないかもな。
じゃあどう思ってるかを出しちゃったらそれこそ不徳というものでしょう。
あれからもう26年もたったのか、あの人どうしているかな?
いろんなお店に行ってまずかったひどかった思い出が写真付きであったりはするけどそんなの書いて悦に入ってるようじゃ不徳な人だよね。
イギリスの人は世界中から飯がまずいとか言われてどう思ってるんだろうか?
これだけ言われるんだから確かにまずいものだらけなのかもしれないけどでも、
きっとおいしいものもたくさんあるんでしょう?
行ってみたいけどな。
行ってみたいなんて言ってるようじゃ行かないままかもな。
ブラームスじゃないけど飛行機嫌いだし。

Tag:プーランク  Trackback:0 comment:2 

見えるわけないとか

スーパーへ夫婦そろって入る必要はないし
その辺をほっつき歩いていると駅の末端部みたいなところにでた。
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踏切の真ん中に立って眺めると線路の先にわずかながら海が見える。
このあたり、高い建物に登れば海も見えるかなとは思うけれど地表から海が見えるわけがないと考えているようなところなので意外と言えば意外。実際ここから海が見えることに気付いたのはもっと前ではあるけれど。

最近自分の中で実は家から海が見えるんじゃないか問題というのが勃発した。
ずーっと何年も海なんか見えるわけないだろうと思っていたし実際見えたこともないのだけどこの冬、夜間犬と外へ出ると見慣れた景色に違和感を感じた。
遠景をふさぐ大屋敷跡の巨木たちが葉を落とすと見えないはずの遠くの街の明かりが透けてみえるらしい。
並んだ明かりは水平を描いておりあれは海岸線を示しているのではないか思ってみたり・・昼間は白っぽくなってしまい何だかわからないのだけど条件が合えばあそこにわずかながら海が見えてもおかしくないのではないか・・
もう葉が茂っちゃったので次の冬まで確かめようがない。
〇〇を使えば簡単に確認できるとかいう話はとりあえず置いとくこととして。

見えないといえば、
昔箱根の温泉で露天風呂に入っていると若い女性の笑い声が聞こえ、おっさんが岩にのぼって向こうが見えないかとかやりだしたことがあった。
見えねーなという素振りをみせつつ諦めきれずにずっと・・
いかにも変態っぽい人じゃなく体もがっちりしたイケメンだった。
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東北の奥の方に行くと古い温泉はみな混浴だ。
始めは驚いたけれどすぐに慣れるし女性がいたとしてもおばあちゃんだから・・と思っていたらそうでもない人の声がして驚いたこともあった。
とはいえ眼鏡をしないとほとんど見えないので私の中では女性もおっさんもかわらないのだけど。
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岩手と秋田の間にあるんだっけ、八幡平にあったこの温泉も混浴。
それより露天風呂がよく見る整備構築されたようなのじゃなくて山からお湯が湧き出ているところにそのまま入っちゃう感じなのが面白すぎた。
足元から炭酸か泡がぼこぼこと湧き出ていたり・・
外から丸見えとかそんなことももうどうでもよく素晴らしい体験・・
なのだけど、若い女性の軍団がきゃーきゃー言いながら入ってきた。
周りには数名のおっさん。
どうなるかというとマンガ的にチラチラ見てみたいな雰囲気にはならず、みんないたたまれない感じで風呂から出てしまった。
来たばっかりのおっさんとかちょっと気の毒なような。
入ってもいいことになっているところへ入っていい人が入ってきただけだから文句を言っちゃいけないんだろう。
私はゆっくり長居し満足できてたからいいけどね。
女性専用の風呂が別にあったようだけどどっちかというと男性専用を作ってくれた方が喜ばれたりするんじゃないか。

https://www.youtube.com/watch?v=ksm7qnNQgl8
これもショスタコらしいというか・・
何をか知らないけれど心を圧迫されピンチな人みたいだ。
これを書いてるときこんな感じだったの。
しっかり踏ん張って自分が頑張ってみるしかないのか。
最初の踏切で振り返ると
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左に見える木立は神社のもので、鎌倉時代の武将たちが祀られている。
遥か遠くの地で命を落とした大将は和歌の名手として知られていたそうだ。
昔、命をかけた人たちがいた。

家の裏には蛍がいる。
正確にはいた・・かもしれない。隣が田んぼをやめて川を手入れしなくなってからだろうか急に数を減らし昨年は見られなかった。
でもいたんだよ。
私は何年もそんなものはこんなあたりにいる訳がなくどっかずっと遠いところに行かなければ見られない特殊なものだと信じ切っていた。でもその間すぐ裏で毎晩あんなにたくさん光ってたのね・・
見えないと思ってるとすぐそばにあるものも見えない。いろんなこと見えないで終わっちゃったかも。
そしてその大事な機会は気づくころにはもう二度と手に入らないことも多いといろいろ振り返ると思う。
風呂覗けばよかったとかじゃないよ。
見えちゃまずいもんもたくさんあるけどさ。

Tag:ショスタコーヴィチ  Trackback:0 comment:2 

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