行ってみたかった
晩飯を食ってる最中に嫁さんが、
ブログにどんなこと書いてるの?
書いてないよ。
・・・・・・・・
あなたのことは多分私よりブログを見てる人の方が良く知っているはず。私には何にも喋ってくれてないんだよ
みたいなことを言った。あなたなんて言わないけど。
言っていることはよくわかる。
だけど、じゃあと口を開いてみれば何かがペラペラ出てくるとかいうもんでもない。

家のそばから山へ向かって伸びる道があり、幼いころからあの道はどこへ続いているんだろう?とずっと思っていた。
昔から国を守る擁壁ととらえられ歌に歌われるようなでっかい山だ。峠を越えるとそこには・・
何度か歩いてもみたけれど30年くらい前にできた基幹林道に到達するその先がずっと見つけられず謎が深まり私の中で知りたくてしょうがないことの一つとなっていた。
犬と歩いたときは楽しかったけれど犬が高齢化してしまいもう無理かな・・

ここはたまたま日が差しているけれど、日本中のいろんな山と同じくこの山も杉と桧が植林されたのち放棄された悲惨な感じの森におおわれてしまい森に保水力がないせいか大雨が降ると道が河になるらしくえぐられて道と呼べる状態じゃない区間も多い。
生きていれば100歳どころじゃない近所の大おばあちゃんから聴いた、
旦那さんが朝三時起きで馬を連れてこの道を登り柴刈りに行ったという話は忘れられない。
道は峠を越え芦ノ湖のほとりにまで通じていたという話が特に。
何度も何度も頭の中でその様子を想像して・・
最近ふと気づいた。
その想像は私が見たのと同じうっそうとした杉の森に囲まれた真っ暗で湿ったイメージであったのだけど、国策で?杉が植林されたのは昭和30年代後半くらいなわけで昔はなかったはず。先月発見した地誌をまとめた本によると山はかなり高い位置まで開墾されており柴刈り場もたくさんあって野焼きをしたり・・実際は、明るく開けた道がずっと続いていたのではないだろうか?
そう思って昔の航空写真を見てみると

昭和37年、ああ確かに開けてるし開墾された畑のようなものも見える。
杉の植林はすでに行われているけれどまだどれもかなり背が低く明るい日差しが地面に届いている様子も見て取れる。
二本見える道のうち左側が家のそばから続く道。
道に沿って等間隔に木が植えられ並木道みたいになっているようにも見える。
山の尾根を走っているから並木越しに遠くの景色が見える素晴らしい場所だったのではないだろうか?
ここへ行ってみたい。
今じゃなくこの時の・・・それは絶対かなわないことなのだけど。

同じあたりの現在状況。
畑なんかあるわけもなく、同じ樹ばかり単色のうっそうとした森で覆われ道は見えない。
左の尾根に行きたかった道があるはずではある。
縦に走る黒い筋は大雨により山が崩れ土石流が起きた跡。この山水を受け止める力がないので15年前くらいからいたるところにこんな跡がみられるようになった。
中央下部には流木をせき止めるダム。
私が馬鹿みたいに楽器を吹き散らして山の神の顰蹙を買った場所。
何年か前にある人から聞いた祖父は自分で鉛を溶かして鉄砲玉を作るような旧式の銃を持って山中を駆け回り、シシをとっては温泉宿に売って・・のはなしも、あの明るい山ならイメージがしやすい。
数日前に犬と散歩をしていると道端て休んでいるお爺ちゃんの声が聞こえ
車じゃいけねーけどバイクでなら・・おれはバイクで芦ノ湖までいってやった・・
多分こんな道の話をしておりもっと詳しく聴かせてくれなんて言いたかったけどできなかった。
あのお爺さんが若い鉄砲玉みたいだった60年前とかの話だろう。
途中まで車が入れるような道幅となっているのは昔馬力と呼ばれる多分耕運機でリアカーを引っ張るようなので燃木とよばれる柴をとって街で売りさばく商売が盛んにおこなわれたかららしい。昭和40年代に入りプロパンガスが普及すると商売はすたれガソリンスタンドとかガス屋や土建屋を始めたという。該当するようなうちが近くに何軒かある。
昔の、人の生活場であり収入源であったという山が見てみたかったなぁ
基幹林道と交差したその先が見つけられないと思っていたのは間違いで、その基幹林道が探している道をなぞっているだけなことにも気づいた。
・・・・・と、こんなのを嫁さんに話したら聴いてくれんのかな?
訳が分かんなくても聴こうとしてくれるけどねうちの嫁さんは。
この記事の反応も悪いと思う。
私は書いてて楽しいからいいの。
時間をさかのぼっていってみたいといえば歴史的作曲家の演奏を生で聴くことがあるだろう。
一般に自作自演はあまりよくないもんだよなんて言えばよく知った通の顔ができることになっている。
とはいえ名を遺す作曲家にはまず演奏家とし一線で活躍してたという人間が多く、ブラームスとかショパンのピアノ演奏も聴いてみたかった。
指揮者として誰もが文句なしに絶賛し、指揮者へレッスンをつけているようなスコアを残したマーラーの自演が聴いてみたかった。
その彼のミュンヘン万博でだったか8番の初演なんかその場で聞いてみたかったなぁ・・
https://www.youtube.com/watch?v=NSYEOLwVfU8&t=5s
バーンスタインの演奏は見てても聴いてても自身がマーラーその人なのだと思って演奏しているのが伝わってくる気がする。
けど多分マーラー自身は俺なら絶対にあんな風にしないとか言いそうな気がしてもいる。
一部の人には大変不評かもしれないこの大爆発演奏が私は結構好きだ。

何を写しているのか誰にも通じないだろうけどここから左手へ降りて行く道が分岐している。
でももう森に埋もれてしまった。
バブルの終わりごろに森を切り開き大規模に造成されたのだけど北斜面だからか全然売れずそのまま森に帰っていった。
数年前までは荒れているとはいえまだ歩けていぬとも散歩したんだけど。
もう道自体が崩壊して通れないと思う。
山ってほっとくとすぐ森に帰るのね。
この日家のすぐそばでカッコウの声が聞こえた。
カッコウが家の近くにいるとは思わなかったので感動した。
嫁さんと犬とでカッコウの鳴き声を聞き・・
それでいいじゃない。
周りが敵だらけのような気がしても
まだ大丈夫。
ブログにどんなこと書いてるの?
書いてないよ。
・・・・・・・・
あなたのことは多分私よりブログを見てる人の方が良く知っているはず。私には何にも喋ってくれてないんだよ
みたいなことを言った。あなたなんて言わないけど。
言っていることはよくわかる。
だけど、じゃあと口を開いてみれば何かがペラペラ出てくるとかいうもんでもない。

家のそばから山へ向かって伸びる道があり、幼いころからあの道はどこへ続いているんだろう?とずっと思っていた。
昔から国を守る擁壁ととらえられ歌に歌われるようなでっかい山だ。峠を越えるとそこには・・
何度か歩いてもみたけれど30年くらい前にできた基幹林道に到達するその先がずっと見つけられず謎が深まり私の中で知りたくてしょうがないことの一つとなっていた。
犬と歩いたときは楽しかったけれど犬が高齢化してしまいもう無理かな・・

ここはたまたま日が差しているけれど、日本中のいろんな山と同じくこの山も杉と桧が植林されたのち放棄された悲惨な感じの森におおわれてしまい森に保水力がないせいか大雨が降ると道が河になるらしくえぐられて道と呼べる状態じゃない区間も多い。
生きていれば100歳どころじゃない近所の大おばあちゃんから聴いた、
旦那さんが朝三時起きで馬を連れてこの道を登り柴刈りに行ったという話は忘れられない。
道は峠を越え芦ノ湖のほとりにまで通じていたという話が特に。
何度も何度も頭の中でその様子を想像して・・
最近ふと気づいた。
その想像は私が見たのと同じうっそうとした杉の森に囲まれた真っ暗で湿ったイメージであったのだけど、国策で?杉が植林されたのは昭和30年代後半くらいなわけで昔はなかったはず。先月発見した地誌をまとめた本によると山はかなり高い位置まで開墾されており柴刈り場もたくさんあって野焼きをしたり・・実際は、明るく開けた道がずっと続いていたのではないだろうか?
そう思って昔の航空写真を見てみると

昭和37年、ああ確かに開けてるし開墾された畑のようなものも見える。
杉の植林はすでに行われているけれどまだどれもかなり背が低く明るい日差しが地面に届いている様子も見て取れる。
二本見える道のうち左側が家のそばから続く道。
道に沿って等間隔に木が植えられ並木道みたいになっているようにも見える。
山の尾根を走っているから並木越しに遠くの景色が見える素晴らしい場所だったのではないだろうか?
ここへ行ってみたい。
今じゃなくこの時の・・・それは絶対かなわないことなのだけど。

同じあたりの現在状況。
畑なんかあるわけもなく、同じ樹ばかり単色のうっそうとした森で覆われ道は見えない。
左の尾根に行きたかった道があるはずではある。
縦に走る黒い筋は大雨により山が崩れ土石流が起きた跡。この山水を受け止める力がないので15年前くらいからいたるところにこんな跡がみられるようになった。
中央下部には流木をせき止めるダム。
私が馬鹿みたいに楽器を吹き散らして山の神の顰蹙を買った場所。
何年か前にある人から聞いた祖父は自分で鉛を溶かして鉄砲玉を作るような旧式の銃を持って山中を駆け回り、シシをとっては温泉宿に売って・・のはなしも、あの明るい山ならイメージがしやすい。
数日前に犬と散歩をしていると道端て休んでいるお爺ちゃんの声が聞こえ
車じゃいけねーけどバイクでなら・・おれはバイクで芦ノ湖までいってやった・・
多分こんな道の話をしておりもっと詳しく聴かせてくれなんて言いたかったけどできなかった。
あのお爺さんが若い鉄砲玉みたいだった60年前とかの話だろう。
途中まで車が入れるような道幅となっているのは昔馬力と呼ばれる多分耕運機でリアカーを引っ張るようなので燃木とよばれる柴をとって街で売りさばく商売が盛んにおこなわれたかららしい。昭和40年代に入りプロパンガスが普及すると商売はすたれガソリンスタンドとかガス屋や土建屋を始めたという。該当するようなうちが近くに何軒かある。
昔の、人の生活場であり収入源であったという山が見てみたかったなぁ
基幹林道と交差したその先が見つけられないと思っていたのは間違いで、その基幹林道が探している道をなぞっているだけなことにも気づいた。
・・・・・と、こんなのを嫁さんに話したら聴いてくれんのかな?
訳が分かんなくても聴こうとしてくれるけどねうちの嫁さんは。
この記事の反応も悪いと思う。
私は書いてて楽しいからいいの。
時間をさかのぼっていってみたいといえば歴史的作曲家の演奏を生で聴くことがあるだろう。
一般に自作自演はあまりよくないもんだよなんて言えばよく知った通の顔ができることになっている。
とはいえ名を遺す作曲家にはまず演奏家とし一線で活躍してたという人間が多く、ブラームスとかショパンのピアノ演奏も聴いてみたかった。
指揮者として誰もが文句なしに絶賛し、指揮者へレッスンをつけているようなスコアを残したマーラーの自演が聴いてみたかった。
その彼のミュンヘン万博でだったか8番の初演なんかその場で聞いてみたかったなぁ・・
https://www.youtube.com/watch?v=NSYEOLwVfU8&t=5s
バーンスタインの演奏は見てても聴いてても自身がマーラーその人なのだと思って演奏しているのが伝わってくる気がする。
けど多分マーラー自身は俺なら絶対にあんな風にしないとか言いそうな気がしてもいる。
一部の人には大変不評かもしれないこの大爆発演奏が私は結構好きだ。

何を写しているのか誰にも通じないだろうけどここから左手へ降りて行く道が分岐している。
でももう森に埋もれてしまった。
バブルの終わりごろに森を切り開き大規模に造成されたのだけど北斜面だからか全然売れずそのまま森に帰っていった。
数年前までは荒れているとはいえまだ歩けていぬとも散歩したんだけど。
もう道自体が崩壊して通れないと思う。
山ってほっとくとすぐ森に帰るのね。
この日家のすぐそばでカッコウの声が聞こえた。
カッコウが家の近くにいるとは思わなかったので感動した。
嫁さんと犬とでカッコウの鳴き声を聞き・・
それでいいじゃない。
周りが敵だらけのような気がしても
まだ大丈夫。