実は時間はないのかもしれない

最近周りはみな敵だみたいになっちゃっているんだけれど、これを書いている前の日は久しぶりに心の休日みたいな日になった。
自分の残り時間を意識しつつ見つけたやりたいことに取り組んでいる人と話していて、それができない数か月というのがどれほど長く重いものなのかという話が強く心に残った。
自分が今その段階だというのではないけれど、でも今何を考えるかがその時へ影響するかもなと思うしそんな話をしたことを多分一生忘れない気がした。
とても蒸し暑い日だった。
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これはもうちょっと前か、逆に肌寒いくらいだった日の多分元工場だったところを改装した店。
以前来た時物置みたいだけどここでいいのか?と思った戸は全開。
感染症対策であるのとそのアピールでしょうね。窓は全閉とか余計か。
入り口でマスク必須な旨を伝えられ、目の前で手をアルコール消毒するところをガン見して初めて入れてもらえる。
いいと思いますそれで。
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パンケーキに3つのトッピングが選べますを適当に頼んだらこんな形で出てきた。
オレンジはなんかそういうソースかと思ったらオレンジそのものだったのはまあ、そりゃそうなのか。
レモネードティーだったっけ・・はおいしかった。
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嫁さんのイモも芋そのものだ。
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乗っけてみましょうアイスひっくり返っちゃったけど。
肌寒く長袖だなという気温なのにクーラーがガンガン稼働しており
秒速で冷めていったパンケーキにバターを溶かす力はもうなかった。
寒けりゃ寒いと言えばいいわけだからそこに文句はありません。むしろちょっと笑いそうだった。
オレンジ乗せて食ってみたら予想を超えておいしかったよ。
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若い人が数人で動かしているこのお店、何の文句もないけれどなぜか疎外感のようなものをすこし感じるのは多分私の中に理由が色々あって・・はいまはいいか。

昔地方都市に住んでいた時、世界的な有名指揮者と超名門オケが来たことがあった。
でも曲目が新世界とグリーグのコンチェルトかなんかで、行ったレコード屋で古参のクラシックファンみたいなのが憤慨してるのを聞いた。
田舎はそんなんでしか客を呼べんと思うとるんやろ
憤慨というより虚しく悲しい感じが漂ってるというか・・
わかるよ。あんなメンツが来るんだもん、なんかこうマーラーの10番とかショスタコの4番とか・・ブルックナーの・・なんでもいいからもっとほかにあるだろ?みたいなね。
だからといって武満の後ヴェーベルンとベルクとかだったらそれはそれで嫌というかこまるけど。
こんなこと言ったらドボルザークと作品に失礼だけど、一生に一度かもしれない憧れの店に行けるチャンスが来たと思ったらナポリタンとハンバーグが出てきたみたいな・・ナポリタンやハンバーグが駄目だっていう話じゃないことが分からずそこに突っ込んじゃう人も多いのはおいといて、ここでパンケーキと書いちゃまずいのはわかるよ。
当時も言ってる意味はよく分かったけれど、人生の残り時間みたいなものも意識するようになるとあの頃わからなかったニュアンスというか・・


https://www.youtube.com/watch?v=EG7dtVPbVfg
重ねて書くけどこの曲が駄目だというような話をしているのではなくて。
パンケーキが駄目だでもないですよ。
変に有名になっちゃったせいでで損してるかもしれない曲とか人っていますよね。

一時期月一くらいだったかコンサートに通ったらはまってしまい、どこかの会員になって生音楽生活をしようかと考えたことがあった。
けど平日仕事を定時で終えてから東京へだどうしても開演に間に合わず確かどのホールもあと15分あればというところだったと思う。
全然間に合わないんじゃなくてあとちょっとなところが笑わせるというか。
いまなんとなく調べたら例えばサントリーホールだと就業のチャイムと同時にタイムカードを打ち駅までの渋滞もなく駐車場も素直に開いていてどこで何のトラブルもなければ、開演だから席に就けの放送を聴きながら切符をもいでもらうことが可能かもしれない。
そういうのを、大丈夫だ行ける!と判断し笑いながら強行する人生もあるんだろうけど、私は無理です。
実際一番考慮しなくちゃいけないのは時間とかお金じゃなくて嫁さんの顔色だけどね。
もめてて工事が出来ないらしい中央リニア新幹線が開業すると山梨の人はコンサートに通えるようになるのかな?
あ、その影響で新幹線の列車パターンが再編されひかりが停まるようになれば・・もういいけど。
それはそれとして、休日か休みを取れば苦も無く行けるところに魅力的な演奏会があふれてるという点で私は少なくとも地理的に恵まれた音楽聴きたい人なんだと思う。
なのに行かないとか今の俺は何やってんだ。
頭がおかしいと損ね。
大丈夫、そのうちまた行けるようになる気がする。
待ってるんじゃなくてそのためにやれることもやって。
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窓の外は普通の住宅地でどうという事もなく・・
むしろ土砂降りくらいが絵になっていいかな。
パンケーキ食って飲み物飲んで気のあった人と気楽に過ごすとかいいよね。
もう閉店時間なのでそそくさと帰る。

知りたくないし知ったら耐えられないと思うけど、
私に残り時間はどれくらいあるんだろう?
やりたいこと、行きたいところが本当にあるのなら今やんないとダメなんでしょうね。
今やれるのに後でってのは放棄してるのと一緒で。
お前どの口で言ってんだと自分で思うけど、もういくつか手遅れになっててそう思う。

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霧の向こうでがんばる

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仕事が終わって帰宅すると犬とわー!みたいなのがあって、それから楽器の練習をしてる。
最近日が伸びてきたので結構遅くまで明かりもあって。
夏至の日だったかまた嫁さんが夕日がきれいだとか言うので中断して見に行った。
真っ赤だねー
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台所が真っ赤になるらしいのね。
やりたいことに没頭するのもいいけどそういう何気ない声を聞き流したりしてると何年か後にそれなりの結果が返ってくるんじゃないかと思ったり。
スランプというかめちゃめちゃだったらどんな声がかかってもいかないかもな。
いや、子供のころから私はずっとそんな感じで他人の声に聞こえないふりをして生きてきた。
行ける今に今の自分を知る。

楽器のレッスンを受けに行くのはすごくおおざっぱにいうと山の上というか小さく高原みたいなところ。
霧が多発しひどいときはすぐ目の前も見えないような状況になる。
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ここは明かりがあるので色々見えてるけど超絶濃霧ですぐ目の前も真っ白な状況だった。
とはいえまだ帰宅ラッシュ時間なのですぐ前にテールランプの明かりもあり・・
時々前の車が左折しちゃっていなくなると手掛かりがなくなる。
毎日走ってる地元の人はいいだろうけど車線が変則的に変わっていてその先に陸橋の柱とか死の冗談みたいだ。
始めてきたのなら結構危ないと思う。
毎日は来ないけど隔週のレッスンももう2年目?あれ一年半だっけ?・・そんなことも分かんないけどどっか突っ込みもせず遅刻もせず教室にたどり着いた。

最初の音出して
あなたまた練習しましたね?
好意的な声で先生が・・
はいなんて嬉しそうに答えたけれど、練習自体はずっとしてるつもりなのは今はおいといて。
なかなかきれいな音だ出ていますよの声をちゃんと理解して自分の中に埋め込まなくちゃ。
今やってるこれをちゃんと確保するという意味で。

一曲吹いて
コロナ前とコロナ後ではあなたはまるで別人のようです。
と言われて素直に喜ぶ。
ずーっと何を言われてもやってもわからず、だれもいなく見えないところで一人どうすればいいかわからずにいた・・霧の中なんて流れに合わせてる場合じゃなくて。
いちいち裏を読まなくてもいいんだけどたぶん世間的には
練習もしないで毎回のこのこレッスンにやってきた変なのが外出制限で暇になり練習をしたのでようやくまっとうにという解釈があてはめられるのかもしれ・・
も置いといて。
その後音楽的なレッスンがあって嬉しかったと同時にまだまだ安定性が危ういことを自分で感じ・・・
でもうれしかった。

https://www.youtube.com/watch?v=waoKj8tAb7A
ショパンのノクターンは後半に行くほど作者の私的な日記かエッセイみたいなものなんじゃないかと思う曲になってゆく。
これはその入り口というかもう飾りみたいな音楽から脱してなんか言ってると思う。
すごく穏やかでいい感じの主部が暗転しびっくりするほど荒れ狂う・・だけど人の心ってこうだよね。

帰路は車も少なく、路肩のラインも見えなくなるとあの世へ続く道みたいでもあった。
写真撮ろうかとも思ったけどそんなことやってて事故ったら恥さらしな人生がほんとに恥さらしな感じで終わっちゃいそうだからやめる。
先日も書いたけれど高校時代に私は身も心も腐ったことに長年縛り付けれ、その後30年たっても近づいてはいけない地帯というのが存在していた。
楽器のレッスンを受けている場所はその真っただ中にあって、毎回の道中は自分を縛っているものと対面する時間でもある。
反対方向付近の教室を探したんだけれど空きがないとかでどうしてもそこでなければもう習うこと自体あきらめるしかないという・・
こんなことを書けば人は笑うだろうけど私は神様か誰かが、お前ついでにそれも直していけよと導いてくれたんだと思ってる。

私、毎回飯屋に行った話を書いているけれど店名とか絶対に書かないでしょう?
どこか分かるような写真も極力載せないようにしてる。
見る人が見ればどこだか簡単にわかるのに。
そもそも誰も気にしてないのに。
そんなことをしても何の意味もないのに。
自分を人から隠そうとしてるのか・・頭のおかしいのがまだ治ってないのか

帰宅し、今日言われた注意を忘れないよう楽譜に書き込む。
書き込みってレッスン中にしていいもんなの?
楽団の練習とは違う?
あ・・俺音楽してる人みたいじゃない。
まだ死にたくありません。がんばります。

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比較と大丈夫

移動制限が解除になったけど私的にはむしろ・・
あの個人宅な店ならいいかな。
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どうみても複数台用の駐車スペースを一台で塞ぐとか逆にすげーなな先客男女は草々に食べ終わって帰っていった。
雨があがったこの日は窓全開で風通しもよく、人もいないしソーシャルなんとかでもない。
お店の人が水をもってオーダーを捕りに来てくれるけれど
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出来たものはあのカウンターに置いてくれるので自分で取りに行く。
その代わりご飯は自分で入れ放題のお替りし放題。
味噌汁もおなじで、2種類おかれた自家製ドレッシングもおいしい。
これまで何度か来るたびに、ご飯とみそ汁はそこに・ドレッシングは・・とか説明があったけど今日はなし。
来る人が常連で固まったのか、言わなくてもわかるだろう的な話か

どんぶりに大盛にしときながらお替りしちゃう美味しく炊けたご飯のほか野菜も何もみんなおいしく・・
嫁さんの日替わり定食なんかすごい安価で笑う。
低価格チェーンとは一線を画すどころか変に高くて気取った店よりおいしいく腹いっぱいになるし、毎日どこかで食わなきゃなんない営業とか運転手みたいな人にも使える価格設定。
以前おしゃべりなお客さんと店主が、
今はそうでなければお客さんは納得してくれないけれど実現しようとすれば厳しく、自宅を使い人も使わずセルフサービスにして何とかというところ・・というような話をしていた。
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あのスイカ甘かった。

いい気分で食いながら近所の店がランチを始めたので行ってみたときのことを思い出していた。
お皿の上からこの値段じゃこれが精一杯ですよという声が聞こえるのはいいとしてでもちょっと間引き感が度を越してる感じで。
もっと安価でもずっと魅力的な店を知ってるとどうしても比べちゃうしね。
店の構えが違うんだしもっと価格を上げてできる内容にした方が・・大きなお世話ですね。
そのお店は最近ランチをやめたようだ。
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普通に民家の玄関。
でもでっかい家だよね。
こういうリアル民家なお店でネックというかプレッシャーを感じるのはトイレですよね・・は今書かなくていいか。
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近くの、なにということもないけれど静かな場所。
と思ったけどどこかへ抜ける裏道になのか意外に車が通ったりして。
ちっちゃく北海道みたいかなとか思いながらぼーっとしてると後ろを電車が通り過ぎていった。
昔毎日あれに乗ったんだから毎日ここを見たのかもしれないけれど何も思い出せないなぁ。ちょうどそのころの統合失調症的な記憶に私は長年縛られ、さっきの飯屋もこのあたりもつい最近まで絶対に近づいてはいけない場所だった。
時間てすごいな。
無駄に終わっちゃったけどもう言ったってしょうがない。

https://www.youtube.com/watch?v=2oYaEHzn6Kg
あの頃聴いてたなってだけだけど。
ショパンの演奏なんかほんとに腐るほどあるんだろけど毎回ルービンシュタインてのも見る人が見ればちょっとおかしいでしょ?
クラシックに限らないだろうけど、音楽って作曲家が作品を書きおろしたらそこで唯一絶対のものができるわけじゃないのね。
いろんな人が同じ楽譜を正しく演奏しても聴こえてくるものは同じにならないし、同じ人が同じ曲をやっても昨日と明日では違うものが聞こえたりする。
なぜってそりゃ人は心も体もみんな違い、そのどれもがみんな正しく正解は無数にあるから。
そして聴き手にも個性があるからその差分のぶつかり合いからいろんな衝撃が生まれ、そこにまた新しい何かが創造されるわけだ。変にアレンジするとかそういう意味でじゃなくて。
クラシック音楽は、同じ曲でもいろんな人のいろんな演奏を聴きまくるということも重要だったりするわけなん・・と音楽を聴くことの中にも比較による評価的な要素がみたいなことを言おうとして書き始めたんだけどまたしても
だけど俺は・・と自分を貶めるようなことを書こうとしてた。
そんな自分の一番大事なことでまで自虐書こうとしなくていいんだよそんなもん。

それより今日も楽器の練習をした。
レッスン前日になると無意識に力が入って変なことをするのは相変わらずだけど。
でも大丈夫。
最近思うけど俺に必要なのは大丈夫という実感じゃないか。
長年にわたって体のあらゆるところまで駄目だこりゃみたいなのがしみ込んじゃって巣くっちゃってるから何やっても駄目になっちゃうんだろう。
具体的には成功体験を重ねるということで、楽器なら大丈夫できると心底思えるまで練習するということですよね。
小さな子供からやり直すような話なわけだけど、でもそれができるなんてありがたい。
そんな屁理屈はいいから、やりたいことがあるのはありがたい。
楽器やるようになって音楽を聴く時間は激減したんだけど、でもいいよ。
聞くしかできなかった人で終わるのが一番怖いわ。

Tag:ショパン  Trackback:0 comment:8 

潰されてゆくけどつぶされない。

近所に45年くらい前に分譲された住宅地があって同じ形の家が立ち並んでた。
いつごろだったかある朝突然でっかいクレーンが来たかと思うと鉄骨を組み始めて既存の家をまたぎ周囲を見ろす要塞みたいな建物が建った。
なにかと思ったけどただの住宅でなんであんなにでっかくする必要が・・は大きなお世話ですね。
ランドマークってのは好意的な意味で使うんだろうけど威圧的で難攻不落感のあったその家、最近あれ?空き家になった?なんて思っていたら
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解体されていた。
あのハサミみたいなの、咥えるだけじゃなくてでっかいH鋼をすごい速さで裁断しちゃうのね・・
カッターという名前らしくてそのままだけど。
すげーな。
パワフルなのもすごいけど2台の重機が阿吽の呼吸で連携し人間の両手みたいに支え合ったり薄鋼板を折りたたんだりしてるのに感心しながら・・
でっかい方に乗ってるのは多分社長さんでしょうね、そのほかみんな私よりずっと若いけど良く動いて。
むかし重機に乗れる車両系建設何とかという免許を取りに行ったけど、ああいう解体系の重機に乗るにはまた全然違う免許が必要、あれはあぶねーからな・・みたいな話を聞いた。

すごいねあれ。
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え?なにが?
解体ってボルト外してくんじゃないの?とか嫁さんがくらいついてるのが意外で笑った。
他人の仕事の場だから写真なんか撮っちゃいけないと思ってみてたけどなかなか興味深く面白い。
あっちゃいけないけどなっちゃうんだろう、隣の家の塀は崩れ落ちちゃってた。
ちゃんと手当てしてくれるんだろうしよくあることなのかもしれない。

でっかい家の人とは全く接点もなかったしどんな人だったかも知らない。
いや、昔ここの窓から顔を出していた小さな女の子とは小学校でのある理由で接点があり全く覚えていないけど名前も知っていたはず。
この家の前を通るとたびたび思い出して、それをここに書こうかと思う事もあったけれど書かなかったのは
またいつものような自虐でしかないから。
名前も思い出せないのも古い記憶だからというだけじゃないと思う。
最近になって、実は思ってるほど事実は悪くなかったんじゃないとも思うけれど今更意味もないか。
そんな記憶も一緒にガラガラはがされ刻まれてトラックに積まれてゆく。
ついでに他の嫌な事もばらして持ってっちゃってくれないかな。
俺自体がなくなっちまうか。
あると何とも思わないけれどもう金輪際見られないかと思うとなんか見とかなくちゃいけないような気がしたりして
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もうかえろーよー

鋼鉄のイメージと言えばラフマニノフの第三協奏曲に2種類あるうちのでっかい方のカデンツァが浮かぶ。あれをものすごいスケール感というか轟音感で聴かせてもらえば大満足な反面、提示部をやった後はほとんどピアノがひとり弾きまくって終わちゃうような印象というか実際そんなで。曲の趣旨から考えればそれでいいんだろうけど余興じゃないまじめなシンフォニーを残した作曲家なんだからおしまいにもう一工夫おいてけたら誰も文句を言わない不動の名作になったのではないか・・なんてお前が言うなという話ですね。


https://www.youtube.com/watch?v=1Kwajecmh2c&t=20s
もっと極端にちょろっと提示の後ほとんどカデンツァで終わっちゃうプロコフィエフの2番も
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なんかこう鋼鉄振り回してるような印象が。
同じく交響曲を残した作曲家だけどこっちのはこれでいい気もする。
ちがうか後続楽章はなんだかよくわからずほとんど聴かなないままだ。
なんかこう、かっこいいのにまだ自分を抑えられてない訳の分かんない放蕩息子みたいな曲だよね。
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演奏者に寄るんだろうけど最後のあたりとか世界が終わっちゃうくらいに・・
ほとんどピアノが弾いてるだけの曲じゃないのかと思ったりもするけど最後にオケが受け止めてくれるからこんなあばれちゃってても様になるんだろうね・・

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夕方見に行ったら鋼材やコンクリートのガラはほとんど排出されわずかに基礎を残すだけとなっていた。
残された植木たちは何も言わないけれどきっと自分の明日を知っていると思う。

建った家が壊されるような時間が過ぎたんだなと思いながら戻る途中、小さな子を抱いたお母さんとすれ違いざまにあいさつをされる。
私の半分くらいの年じゃないだろうかあのお母さん。
記憶の中のあの小さかった女の子は今40すぎか、家壊してんの見に来たりもしないんだなってそりゃそうか。
あっちを見ればあったはずのものがなく遠くまで見通せる景色に目が違和感を訴える。
だけどもうこうだったという絵が出てくるわけでもない。
時間はどんどん過ぎて行き、意味があってもなくても、すべては過去のものとなってゆく・
顔から血の気が引いて口の中乾いて変になっちゃうような不安は多分勘違いじゃないんだろう。
だけどつぶされたら終わっちゃうしそんなわけにいかないんだから。
なんとか・・・

Tag:プロコフィエフ  Trackback:0 comment:0 

耳の劣化といろいろあってもまだかろうじて素敵な世界

家の隣は山の裾であるけれど、近所が畑を作っていて少し前から猪などを検知すると大きな音を出して追い払う的な装置を取り付けたらしかった。
誤検知だろう不快な音が鳴りまくるので苦情をと思ったところでふと自分の楽器の音は?というのがよぎり踏みとどまったりして。
朝の5時からそれで起こされた時はさすがに文句を言いに行きかけたが別件に時間をとられている間に音は止み以降鳴らなくなった。もしかすると別な誰かが先にクレームをつけたのかもしれない。

数日たつとまた嫁さんが何だか言い出したので話を聞くとどうも周波数の高いモスキート音みたいなのを発するものを付けたらしく、私には聞こえない超高音で嫁さんはまいってしまっているようだった。
それじゃまずいと畑へ行ってみると確かになんか鳴ってる。
ちょうど人がいたので・・人間嫌いとか言っても会社員をやってるとクレームをつける側もつけられる側もこなす中で得てきた対応技術みたなものを投入して・・主張するものはしつつ今後に悪影響を残さないよう少なくとも外面的には穏便に終結終了。
詳細は省略。
私の場合、とっとと切り替えないと相手は気を悪くしたんじゃないかとかへんなのが自動的に開始されちゃうのでもう鍵をかけて停止。おわり。

もんくやクレームの話となると途端に生き生きして武勇伝を撒き散らかす人がいるけどいたっていいんだろう。
それとは別に人に謝罪の表情と言葉を並べさせることへの病的な執着を持った人というのがいて私の考えでは実際病気なのだと思う。
なんかそういう植物があったと思うけど近くにいる人間を餌食にし潰しながら生きていくようなところがあり・・この先も書いちゃいけない気がするので終了

仕事で周波数可変電源をいじりながらあるものを唸らせたことがあるけれどその時点で私は15KHzくらいから上は聞こえなかったと思う。13kだったかもしれないけどそこは今どうでもいいか。
二十歳くらいをピークに耳の高域特性が鈍化していくことは全人間に共通の事象であってどうこう言う事ではないけれど、年齢差3つだったか嫁さんに聞こえてしょうがない音が私には聞こえないんだという事にはわずかな衝撃を受けた。
そんな耳で音楽が聴けるのかみたいな話があるとすればそれは無知からくる愚論ですよとか、はりきって俺には聞こえるよとかねじ込んでくる人は馬鹿に見えますよとか
そういうのが頭に浮かぶ私はいかにも人間失敗気味で小さくなって生きてきた人だなて感じがしますね自分で。
まいいか飯食った話でも
久しぶりに行った店
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窓の外は何かちいさな花であふれてた。
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いつもに比べれば空いてるかな。
でも女子会が盛り上がってギャーギャー言ってる。
全然新しい生活様式じゃないと思うけれど、まあそりゃそうなっちゃうよね。
私はギャーギャーいう声が病的に苦手だけど、こういうとこに自分出来といて文句を言うのは筋違いだろう。
ここへ来たらランチプレート一択だけど
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あー涼しげなのが出てきたな。
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ゴボウと根菜の冷製ポタージュは上の方というか最初の一口は液体なのにサクっとした歯ごたえを感じ楽しい。
選べるメインはアワビの甘煮とかもあったけど
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真鯛の和風ブイヤベース。
いい出汁が出てておいしかったこれ。


https://www.youtube.com/watch?v=0N9avP5CxfQ
なんでかフォーレのピアノ曲をずっと聴かなかった。
ようやく、いらん拒絶みたいなのが消えてなんとなく聴こうとするようになったところ。
ああいいねと言う感じで始まるこれ中間部が全然違う感じに暗転する構成とか真珠みたいにちゃらちゃら言ってる装飾とかショパンの最初の方のノクターンにもそっくりなのがあるなと思いつつ、でも全然違う全く別な人という感じが強くする。
文句を言ってるんじゃなくて、2番煎じじゃなく強いオリジナリティーを持ってるんでしょうね見たいな感じかな?多分そこになじめずずっと聴かず嫌いみたいになっちゃってたと思う。
意味が分かんなくても嫌いでも無理やり何度も聴いているとある日ふっと見えなかったものが見えたような気がして、霧が晴れるように理解が進み気が付けば大好き・・と言う経験が何度もある。
多分、人間関係でもそんなことがあるのかもしれないけど
私はそっちはこの先もきっとずっと駄目ね。
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トマトは冷たい出汁に浸かってておいしかった。
鯵のマリネは寿司みたいな味で・・まあそうなるか。
あんまり写ってないけど金山寺味噌を載せて素手でかじって根的な野菜が何点か添えられていて
これがおいしく楽しかった。
庭で自分で作った野菜を食ったりしたら楽しいかもな。
やるにはいまある木をみんな切っちまわなければならず、できずにいる。
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この日いた女子会は盛り上がれば騒ぐけれど基本的に節度を守る感じで露骨なカーストみたいなのもなく・・いや・・あるんだろうけど、でもいいねああいうの。
私にはなかったしこの先もないと思う。
みなれない外車を乗り回すような生活にも色々あってきっと大変なんだろうね。
そう書くとなんか超高級店みたいだけどそうじゃなく私にも行ける感じが魅力の素敵な店。
いつもと違う飯を食っていいなーなんて思う機会が持てている今、私はかなり幸せであると思う。
別に今もめてるとかリストラ対象に上がっているとか自分に病気の兆候を察知しているとかそういうことでは全然ないけれど、
これが突然なくなる可能性はいつでも十分にあるんだという事をなんとなく感じ続けながら。

Tag:フォーレ  Trackback:0 comment:6 

休んだらいい

胃がものすごく痛い。
なんでかというのはここに書いてはいけないと思う。
なんとか凌いで週末へ逃げ込む感じ。
休日に立て直して、なんとかまた・・
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これは先週だっけ
スマホの位置情報もカーナビもつかえない別荘地に前回と違う入り口から入り、迷った末のこのお店には当面営業しません的な張り紙。
へらへら来ちゃたけど考えてみればこのあたりは日本中に移動制限のかかっている頃に都会の人がたくさん来て麓のスーパーへ降りてくると地元から顰蹙を買っていたあたりかも。
そんなよそ事は今どうでもよくて、
人生、一歩踏み外せば奈落の底ですね。
感染症とかじゃなくて。
それは
あれ?え?いま?
みたいに突然訪れる癖にもうどうにも戻れなかったりするんだろう。
罠みたいなものが待ってるのが見えるいろんなとこで。
毎日。
見えてるようなのは気を付ければいいだけだけど・・

嫁さんが行きたいといってた店がちょうど近くにあったので。
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昔一度来たときは満員で入れなかったこの店はこの日誰もお客がいなかった。
普段から人がいないほうが好きだけど、安全性とか言ってるときはまたそこが・・
いいですか?なんて入ってみると、どうぞと案内され。
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女子会とかできそうだけど今風というよりちょっと昭和な感じでしょうかね。
対面にならないように対角に座ってくれと言う指示もあったけど椅子自体が
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座れないように・・・
いいねこの手書き感が。

罠に落ちても終わりだけど、自分で投げ出しても逃げても負けても終わりだ。
もう次なんかない。
そうならないために
ケーキでも食うか。
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嫁さんが写真撮るなら全部写しなとかなんとか言って。
嫁さんのあの三角っぽい物体は富士山を模したモンブランでここの名物らしい。
雪がかかってないなとかいらんこと言わなくていいんだろう、
紅茶の名前は花の家だっけかな・・ローズっぽいとか言っておっさんが飲む感じじゃないけどなんか頼んじゃった。
そして流れてたBGMはポールモーリアだ。
いよいよある種の雰囲気に包まれ始める


https://www.youtube.com/watch?v=fDblE1CcrR4

超絶技巧系ピアノ界に巨大な壁のように君臨する・・かは知らないけどラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。
どっか外国の音大の先生だったかが書いた本の中でピアノ科の学生はみなこれの楽譜を持って嬉しそうに歩いているけれどほんとに弾ける人間はまれだと言ってた。弾けるの意味も色々だろうし、また食って掛かるようにに今時これくらい!みたいなのがはじまっちゃう人もいるんでしょう?
いたっていいしどうでもいいけど、この曲聴くならそこも無視できないだろう。
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そんな曲なのに冒頭は多分わざと一見易しいというかポールモーリア的に始まる・・・と思ったこともあったけど、聴いてみるとポールモーリアってもっと違う感じなのね。
何曲も流れてるのを聴いてるとちゃんとフォーマットというか型がある感じで・・当たり前か。

この曲はラフマニノフ自身がアメリカで演奏旅行を行うために書き持っていった曲であるのだけど、その際ニューヨークでやってた指揮者としてのマーラーと共演したという話が大変興味深い。
練習中、拒否反応気味の団員に対して諸君、これは傑作だ・・
私にとっては人類が月に到達したときの話より興味深く感動的な事件。
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本当はあそこに富士山が見えるんでしょう、その手前に富士山のケーキとかなかなかいいのかもね。
こういうところは結構あるけれど雲っちゃってということも結構多い。
遠くから来た人は残念でしょうね。

最近嫁さんが入浴剤に凝ってて
今日のは香りが鼻から入って頭に抜けていく際、腐ったあたりをなでてくれるような気もした。
別にお香の香りじゃないけど、奈良の古い寺で感じた不思議な気持ちを思いだすような・・

明日・・その後・・まずいなぁ・・・とか思いながらこんなの書いてたら
ちょっとあなた私がそばに座ってんだから撫でるかなんかしなさいよ
と犬。
いつもより大げさなリアクションで甘えてくれる。
あー、俺は大丈夫だ。

Tag:ラフマニノフ  Trackback:0 comment:4 

雨音とたりない調べ

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雨はいいね。
騒がしい世界を遠ざけてくれる気がするし、豪雨になると自分の楽器の音をかき消して練習し放題にしてくれるような気が。
スランプになりかけていたところからああでもないこうでもないとやって戻る糸口らしきものを発見出来るとぱぁーと世の中が明るくなったような気がする。
逆に、これ一つができないということで全自分がダメなような気がして真っ暗い気分でいることがあり、それはずっと昔から続いてきた。
つかんだと思ったら一瞬で消え、再びつかむまで半年くらいかかったりしていたものが4か月になり2か月になり・・2日になり2時間になり・・2分になってそもそも失わなくなったらそれができるという事なんでしょう。
普通の人、子供は5分とかそこらでできるようになるらしいけどね。
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それで、今思うのは
ここでDCDなんて言ってみてもしょうがないけど
私は自分の体の状態を把握すること
それを記憶すること
それを文字に置き換えること
文字を体の状態に置き換えること
視覚的な情報を自分の体に反映させること
を行う能力が異常に低いか欠落していると思う。
アンブシャについて教わったり読んで得た言葉は自分の今感じているこうすると良いという内容と全然違ってた。
聞いたことの解釈も標準からすれば明後日な方向なんだろう、そのままやろうとすると絶対音が出ない変な方向へ驀進していく。
元々把握と記憶もできてないので過去と照らしてずれを認識・・とかそこも毎回違う明後日になちゃっているかもしれない。
おかしいと思ってやめればいいのに馬鹿正直に結果が得られないのは自分のせいだと同じことをやり続けようとしてしまい・・そこへなんでそんなことをやっているのか?指示に対して反抗するとは何事たという煽り・・昔はもっぱら暴力とつるし上げであったけれど・・がきてパニックへと導かれてゆく。
幼少期から動作を伴うあらゆることに対して繰り返されてきたその積み重ねによって形成されたのが自己否定と人間不信に凝り固まった私であったのだと思うけれど、長年なにがおこっているのかよくわかっていなくてただ何となく私はどうしようもない人間で・・とか思って生きてきちゃった。
周囲から非難や罵りが入ってしまうため断念逃避してしまい、小さな子供にできてが私にはできないままになっていることが本当にたくさんある。例えば・・の先を書いちゃったらおわりかなぁ・・

今日の練習は調子のいい状態を確保して進行し崩れる前に終えた。
そうはっきり記憶しているにもかかわらず、私の頭は自分でそれを今日も駄目だったという印象に書き換え憂鬱な気分で満たそうとしている。
日中いたところでも周囲の人間は自分を疎んじそれを態度として表し・・という記憶が何度も再生されているのだけど、殆ど40年近くこのあたまと付き合って来た経験からそれは勘違いというか頭が暴走し作る妄想だという事が自分でわかっている。
解ってるのに気分と考えは作られた自己否定の方に支配されてしまい・・

大丈夫。
ここにこんなことを書いて自分で読んだりしてみることで結構、ぐしゃぐしゃになっていた意識系が整理された。
楽器のレッスンも最初は、自分の人にばれてはいけないものがバレる的な強迫観念みたいなのが出て体が痙攣し制御不能になったりして自分で驚いた。
まるで幼児、いや実際俺は子供のままは止まっちゃってるんだなと思った。
蓋をして逃げてそれらを外へ見せないようにすることでここまで何とか生きてきたけど、構造は変わらないにしろたまって腐ってる膿をちゃんとみて洗ってから死にたいんだよなぁ。


https://www.youtube.com/watch?v=YCp5XC2rsEM
強い雨は楽器の音をかき消してくれて、弱い雨は音楽をゆっくりじっくり聴く時間をくれる。
この動画のじゃないけど久しぶりにフランクのヴァイオリンソナタを聴いて
明るい花の道を行くようなフィナーレの前に置かれた暗く孤独な第3楽章の語りは、
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雨あがりの空みたいなピカデリー終止で次につなぐことをせず、真っ暗でどうにも動きようのない固定感の中に終わっていった。
待っていれば自然に明るくなるというものではない。
背負ったものは変えられないことを受け入れた先に、花は咲くのだ
と作曲者が思っているかは知らないけど、聴いててそう思った。
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誰が何言ってようが関係なく5年でも10年でもかけてやってみればよかったんだろうけど、考えてみるとそうしてみたものは一つもない。
この歳になってやっと、それをしようと思ったの。
もう少し早く気づけてていればと思わなくもないけどそんなこと言ったってしょうがない。
どうしてこうなっちゃうんだろう?もっと違う人生があったはずなのにと思い続け終わっちゃった人生というのは嫌だ。
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楽器出して音階やってたら嫁さんが空がきれいだよっていうから。
もっときれいな桃色だったけど写真にそれは写らなかった。
裏の蛍は今年も沈黙してる。
みると1匹だけがたった一回だけ光って、ここにいるんだよと教えてくれた。

Tag:フランク  Trackback:0 comment:0 

変化と定着

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今度こそつかんだかなと思った楽器は翌日また元に戻っちゃって・・以前のように崩壊溶解しちゃうわけじゃないけれどでも焦る。
あんなに当たり前のようにここにあり、たったこれだけのことだったのか?と思ったあれは・・はどこへ行っちゃうのか。
ちゃんと理解把握できてないし定着もしてないんだよという事でしょうね。
取り戻そうと必死になっているとまた変なことをやり始めて・・でも、もう今までとは違うと思う。
またみつけられたし。
底なし沼は時間をかけて少しずつ埋まっていき、ちょっともがけば足の着く浅瀬を見つけられる気がしてきた。
大丈夫、落ち着いてください。
私はここに40年来抱えてきた自分の問題がを重ねてみているから・・を今書くと湿っちゃうので置いとくとして、いつか平気で立っていられる日が来ると信じて。
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暑かったある日嫁さんが行きたいと言い出したこのお店、地図上のえ?みたいなところに発見したときはまだレビューもついていない謎の店だった。
2、3度通ううちに今日は予約で入れませんみたいな札が入り口をふさぐようになって、ああ軌道に乗ったのねと思いつつあなたはもういいよと言われた気がしてしばらくこなかった。
またどうせと思いつつ来てみれば意外なことに空いてて。
以前駐車場だったところに入ると店主が出てきてそこじゃないと怒られたけど今まで案内されたことのなかった窓の開いたテラス席に座れたら少し機嫌がよくなった。
風が時折吹くととても気持ちいいのだけど長続きしてくれず暑いな。
けど今は空調の密閉空間よりまど開けっ放しな部屋のがいいか。
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窓の外は近くの施設の駐車場となっていて車だらけなんだけど、まあ緑。
もともと国道から隠したような細道にあったのだけど最近国道が付け替えられてさらに隠した感が強まった。
峠まで長く追い越し車線付きなこの道はみんな馬鹿みたいにぶっ飛ばしてく登ってくるからここだっけ?なんてやってると追突されると思う。
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グリンピースのポタージュ
いいですね緑が。
いま皆スマホで調べるから隠したような場所というのはとっておき感みたいなのが出てかえってよい演出になるんですよね。
最近近くに人であふれる観光施設もできたりして好条件がそろいましたかね。
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サラダにコンソメのゼリー寄せがついてるのは以前と同じ。
なんか手がかかってて景色がいいね。
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たくさんの焼き野菜が囲むメインの皿は花のようですね。
これも前と同じ・・変化がないという意味じゃなくていい意味で。
この日の主役は卵の下に隠れた煮込みハンバーグだったけど周りの野菜を色々食べてるだけでも十分いけると思う。

https://www.youtube.com/watch?v=53prdVru3Yk
マーラーの2番の2楽章は、少なくとも作曲当時には衝撃的に暗く重くしんどいものであったろう第1楽章の後に来てちょっと休憩という場・・はいいけどこの楽章だけ他とのつながりが薄く若干浮いた印象がなくもない。もっと言えばほかのどの曲にもしみ込んでいるマーラーマジックみたいなものがなく、いや久しぶりにスコア見たらいろいろ見つかっちゃったんだけどでも一見サラの織物みたいでちょっと若書きのような気もする。
実際昔書いてあったものを持ってきたんだったかな?
10代から二十歳くらいの間、マラ2をやたらに聴いたしスコアを毎日なめるように眺めた。
どこでだったか歳をとったらマーラーの2番は聞かなくなったというような人の話を聞き、そんなもんかな俺はそうはならないだろうと思った記憶がある。
何時頃からだろうか、飽きたわけでも嫌いになったわけでもないけれど2番は久しく聴かないしそうそう聞いてみようと思うこともなくなった。
その時感じることはそれでいいんだしそれしかないんだろうけど、でもどんどん変わってくもんなのね。
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素敵なランチプレートが多彩でおいしいのは以前のままだけど、でも価格が倍くらいになってた。
前の価格がちょっと安すぎたのであって今が適正であると思うし文句は全くないけど、この値段でこんなのが食べれていいの?すげーな!はなくなちゃった。
帰り際のシェフからのあいさつも前と同じ。
そうかと思って話しかけると会話がかみ合わず、ああ喋るのよせばよかったとか思うのも。
だけど外まで出てきてくれてすごく丁寧に送ってくれるのをみてありがとうと思うのも。
なんか書きようがよくないけどきっととてもいいお店。
もう行かないなんて言わずに、また来てみればいいかなと思った。
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これを書いている今、外は雨でわずか数日前にあったあの日差しが強く暑かった日が嘘のようだ。
すべてはまるで嘘のように変わっていくんだと思う。
いい方に変わることもあるかもしれない。

Tag:マーラー交響曲第2番  Trackback:0 comment:2 

やったー

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今年は富士山が雲に隠れてる率が高いと思う。
市街化調整区域のはずなのに家が結構建ってどこにでもあった絵的に素晴らしい富士山はもうない。
代わりに多分私よりずっと年下の絵にかいたような幸せ家族がやたらに目に入るようになり・・そんな話はどうでもよくて、久しぶりに楽器のレッスンに行ってきた。
事前の連絡にあった久しぶりなので基礎からやり直しましょうという言葉の裏側を読んだり、前々日くらいからまたスランプになっちゃったりとかでもあったりもしたわけだけど。

音出し。
音階を一回上昇し終わったところで
なにか曲を吹いてみてください何でもいいから・・
じゃこれを・・
なかなかいい・・から始まっていくつかの曲をやったけれどアンブシャがどうこうの話じゃなく
歌い方について教えられやってみる音楽のレッスンだった。
始めから最後までそれで終わったのは初めてで・・客観的に見れば非常に初歩的な段階でありとか、その素晴らしいという言葉は場に合わせたものであってとかそういうことは解っての話であって・・とかもいいから。
他人はいいから。
嬉しかった。
どうして、それがどれだけ嬉しいのか・・は省略。
入り口のドアは開けっ放しで消毒用アルコールが用意されてたとか、この距離がソーシャルディスタンスですとか言ってた先生との間はいつもとおんなじ距離のような気がしたとかそれどころじゃなくて。


https://www.youtube.com/watch?v=QrdwSnnhHBM
1938年だそうで結構最近まで生きてた気がするメニューインはバルトークとつながってたり演奏家としてはSP時代からの人なのか。
変な時代がかった演奏かと思って聴いてみたこのバッハのBWV1016の3楽章は結構よかったというか好き。
1楽章は悪くないけどちょっと美術館的というか陸軍大臣の別荘の茶室みたいな演奏でいいんだけど今の気分とちょっと違うかなぁ。

中学生の頃にあるコンサートでこの曲をやってるのをビデオに撮って何度も何度も見聞きした。
なんとなく雨のイメージがあるのはそれが今頃だったからだろうか?
自分がこの曲を演奏したいと思いつつそんな自分であるわけがないと思っていたし実際そんな私になることもなかった。
あれから30年以上か自分の頭の中で演奏し続けているので自分の演奏ができてしまい、誰のどんな演奏を聴いてもそこ違うなんて思ったりしてる。
とはいえ録音じゃなく目の前で真剣な演奏を聴くと自分の好みと合うあわないを超えて心を動かされ受け入れられることも経験上知っているけどね。
いろいろ経てきて人間が嫌いとか楽器をやっている人を見ると変な拒絶反応が出るとか頭がっぱっぱらぱーみたいになっちゃって今じゃコンサートも行けない。
ふと時々、どんなに音楽が好きだと言っても自分は傍から眺めるだけ、他人の家を覗いているだけの・・
でもこれでこのまま死ぬまで行くつもりはないから。

先日行ったカフェはギャラリーも兼ねていて、好きかどうかは別として目に力強く飛びこんでるく数々の絵が展示されていた。
作者のあいさつ文を読むと絵なんか勉強したこともなかったが60歳で急に描き始め今はそれがすべてだとあった。
46になっちゃってとも思うけれどまだ46だと思えばこの先に少しくらい楽しみを感じたっていいかもしれない・・・・・と、

これを書き終えたその後の展開も知ってる私としてはいろいろ言いたいこともあるけれど、これはこのまま締めとけばいいんだよ。
そして、今そのさらに後の私。
大丈夫だから。
まだまだずーっと続く。
がんばります。
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毎日毎日、練習してるときには足元で付き合ってくれるこの方のおかげ。

Tag:バッハ  Trackback:0 comment:6 

落ち着こうよまだ死なないし

何か書こうとするといろいろ出てくるものがみんな自逆になってしまうのは、心が無駄に過剰防衛反応状態みたいになっちゃっているからだろう。
複数あるように見える原因は何かとかもどうでもいいから、
まず落ち着こうよ。
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11年前の今頃、北の果て。
ちょうど今頃がこのあたりの一番美しい季節なんじゃないかな。
最近廃止の危機に瀕したこの愛すべき小駅は、地元の人たちの熱意でその危機を免れたらしい。
ここはほんとに静かな・・いや意外に、風の音、鳥の声、農業機械の音・・
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北海道の牧場と言うとサイロのイメージがあったけどそういうのは昔の話で、今は草ロールをラップで包んで発酵させるみたいで・・
草の香りに包まれ見慣れない機械や作業を見るのが楽しく・・
こういう写真を撮ったのをあとで見たら運転席から鬼の形相でにらみつけてるものがあった。
見せもんじゃねーぞてめーという事でしょうね。
ごもっともでどうもすみませんでした。
一度追いかけられたこともあった。
もちろん逃げた。
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そういう自分も今日仕事をしてきた。
あたりまえか。
いや仕事があるって得難いことだと思う。
私の人間的特徴を考えればなおさら。
そこ忘れたら終わりだよね。
いまいろいろあるけど、そんなのみんな色々あるだろう。
そんなことよりちょっと彩雲が出てる。
素晴らしい光景じゃない。
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何か月ぶりか、また楽器のレッスンが。
ずっといい形で積み重ねてきたつもりのものが、そのレッスンの2日前くらいから壊れてぐしゃぐぐしゃになっちゃうのがいかにも私ですね。
またパニックになっちゃってるんだろう。
落ち着かないけど落ち着こうとして、ゆっくり・・・
ずっと駄目だったけど今回は珍しく前の日の最後の30分で戻る糸口をつかめた気がするよ。
それが今。
またあした、ぐしゃぐしゃになってたりするのかもしれないけど
もうそれが俺だと思って笑おう。
何がどうなったって俺は止めねーからな。
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いっぱい咲いてるのはエゾカンゾウだっけ?
昔、肝臓を悪くして入院した。
酒も飲まないのに何で肝臓?とはいいか。
通ってた医者は風邪かなぁぐらいな診断だったんだけどあまりにおかしいから仕事を抜け出し違う医者へ行った。
今すぐ入院しろと言われ、じゃいったん会社に戻ってなんて言ったら
お前は命をなんだと思ってるんだ!
と一括された。
いきなりそんな言い方があるか!なんて思ってる場合じゃない。
入院先で医者同士がひそひそ話してたのが聴こえたり、私はそうとう危なかったんだと思う。
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普段そんなこと考えないけど、考えてみれば生きてられるって素晴らしいよね。
入院したのは4人の相部屋だったけれど、なんだか打ち解けて楽しくしゃべり倒す展開となって人間不可能な私にとっては貴重な体験であった。
何の病気だったか1人ものすごい咳をしている人がいて最初に退院していったけれど、私以外の3人はみんな同じ咳をしながら再入院してあつまっちゃったらしい。
私だけそうならずに済んだのは医者の指示で定期的にうがいをしてたからじゃないかと思ってる。
最近過度のうがいは善玉菌まで排除してしまうのでよくないくらいな話を聞いたけど今でも私の中ではうがい最強。
もうあれから15年くらいかな?
もしかしたら終わってたかもしれないのに15年も生きられたんだから。
まだあと50年くらい生きたいけど。

すぐそばにある浜に行って
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これには感動した。
今の仕事は自分がやりたかったことなんだけれど、そこにつけるかもしれないチャンスが来たとき自分のある特性を自分でよくわかっていおり、多大な迷惑をかける可能性を認識していた。
果たして自分はそれをやってよいのだろうかと悩んだ記憶もある。
でも、やりたいんだからだましてでも押しきりゃいいんだよと思って突入・・
あれから20年。
考えてみれば46歳まで死なずに生きてこれたよ。
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もし、末期がんの宣告をされたら全部すてて
ここへ来ようと思ってる。
だけどそういう時に限って外せないような邪魔が勃発したりしそうだよね。
あそこに行きたかったぁ・・とか言いながら死んでくの。


https://www.youtube.com/watch?v=ZH38G-Sx7CE
天体としての金星はなんか灼熱地獄的なイメージがあるけど、この曲が言ってるのはそれじゃなく平和の神だっけ
昔はこの曲が嫌いだったけど
無駄に騒いだ頭を沈めてくれるような気がする。
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死んだらここへ散骨してもらいたいと一時期本気で考えてた。
本当の孤独は死んでから始まるのではないかと思う事がある。
そんなこと書かなくていいのか。
死んだ後も嫁さんと犬に会えるといいけどな。
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この日、この夕方、素敵な時間だった。
生きてた意味があるじゃない。
まだ死ぬつもりないけど。

Tag:ホルスト  Trackback:0 comment:4 

プロフィール

unagi

Author:unagi
結構さみしいけど結構楽しいよ。
クラシック音楽が好きです。

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