2020/12/06

オリジナル

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この先山へ登っていく壮大な散歩コースが二つあって昔ははりきって登ってたんだけど、歳を食った犬は勝手にこの灯篭を折り返し地点に設定して勝手に帰ってゆく
楽器は正しく練習を積み重ねれば継続は力なりなんだろうけど、まちがった物を練習と誤認するとやればやるだけおかしなものが身についてしまい治すに治せない所へ落ちてく。
この写真を撮って貼った1週間前あたりかもっと前からだったのかアンブシャが壊れてしまいなおそうと思えばさらに壊しもう何が正しくどうすればいいのか自分ではわからなくなっていた。
いつまでたってもスタート地点に固着しているところに自分でも自分にあなたは一生無理ですとかやる気があるのかとか・・いわないけど他人から言われるのはわかる。
行っても形にならないだろうレッスンは風邪とかなんとか言ってにげるというのもあるだろう。でもその間に自分で立て直せる感じでもないしありのままで突っ込んだ。
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レッスン室に入ると先生がなんか吹いていてああこの楽器こういう音だよなぁ・・
始まる前にタンギングの練習をしていたら変な癖が出てしまってと伝え、
よし、じゃあみましょうと言ってくれたけどその後余りのひどさに・・みたいな一回であった。
とはいえ、ああこうかこれが正解だ・・というのを少なくともその場では押さえさせてもらって。
最近どこでもそうだろうけど職場じゃとにかくパワハラ考慮でとんでもないことをした相手にも優しくそっとでないと自分が処分される恐れ・・でも先生は昭和の罵倒系。
だけどそうなるつもりで行ったのでダメージもない。そうだなーって
おしまいに見ていただけて良かったですとお礼を言うと
どうしちゃったのかと思いました。
笑顔もあってこの人やめたいオーラとかそういう感じでは全然なく。
自分もよしまた頑張ろうとか思って。
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いいから帰りますよ。
その翌日の練習は意識しすぎからくる過剰な動作がまた自分を壊して行くのを観測する。
あまり追い込まずにやめたけれど若干のパニックになっておりここにへんなことを書いたりしてた・・・わかってるよ、たまたまそれらしく鳴ることがあるだけで実はまだ一度も正しいアンブシャなんか獲得したこともない。私に困った。なんで俺はこんな俺なんだろう?
近い所だと3年前、遠い所で30年くらい前、どうにもならない自分に耐え兼ねてことを投げ出したことがあった。最初の1週間くらいは重荷や罪悪感自己嫌悪から解放されて気持ちが軽く明るくなったりする。だけどそのあとに来るものは怖いよ・・

今、そのまた翌日。
理屈的に若干鳴りやすいはずの仕掛けを使い、ゆっくり自分に大丈夫だからと言い聞かせ思い込ませてゆく。ありえないような遅いテンポでエチュードを始め・・
神様は甘くないけれど、見捨てられたわけじゃないはずだ。
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写真の日、あのあとラーメン屋に行った。
考えてみると若い人がやってる新興勢力系なラーメン屋が日本中に乱立し始めたのはネットの普及と重なってるんじゃないだろうか・・10年くらい前に嫁さんとそういう店を巡ったことがあったけどどうも自分は乗れずに遠ざかっちゃった感じが私の中ではSNSとかぶってる。
なんだそりゃ。
ここはそれ系の店じゃないけれど、昔ながらのラーメン屋という感じでもない。
なんかこう、ちょうどよく落ち着けた。
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張り紙に炭焼き炙りチャーシューの店とあり、ちょっと離れてもいい香りのするチャーシューが乗ってた。
醤油はよくあるのとは違い・・なんだろう、オリジナルを出そうとしてるのは伝わってきた。
医者通いで食生活はどうなってるんだと毎回聞かれ、十分気を付けてるつもりですとか答えてる。
ラーメン食ったなんて言うと怒られそうだけど食っちゃってる上に炭水化物控えろという指示に反してプラスご飯。
ご飯頼むと漬物がついてくるのね。
シンプルな白菜だけどおいしかった。
漬物も塩分が・・

https://www.youtube.com/watch?v=pat3ucuaP5U
ラヴェルも医者から肉を食っちゃいけないと強く言われていたらしいけどアメリカでの演奏旅行を終え船から降りると迎えにきた弟子に向かって開口一番「おい、あれ食いに行こう!ビーフのゼリー寄せあるあの店」
彼は晩年脳に障害をもって言葉や体の自由を奪われてしまったけれど意識はしっかりしてたので頭の中でどんどん出来上がる新しい作品を形として残すことが出来ないという芸術家にとっては拷問のような状態だった。
このままでは回復の見込みはないが手術に一部の望みがという医者の提案を受け入れ一か八かの賭けにでる。
術後意識が回復すると大声で泣きじゃくり・・という最後の話が忘れられない。
もともと根拠のあるような術法ではなくやれば命を失う可能性も織り込み積みだったのかもしれないというかそうなんだろう。
それに比べて私は・・なんてことを書こうというんじゃなくて。
マニュエルロザンタールというラヴェルから作曲を教わった人の本は生き生きとしているだけでなくラヴェルへの愛情のようなものが感じられて素晴らしい本だった。
レッスンで出題されたフーガにオリジナリティーみたいなものを出してみたら今はそんなことをやる段階じゃないと強く叱責されるシーンが出てくる。
先生は作品としてどんなフーガを書いたのかなと思いながら聴くこれは紛れもなくラヴェルのオリジナルで彼にしか書けないと思わせるものだと思う。
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レッスンから帰ってきて車を降りたところ。
月がきれいだった。
子供のころから何をやってもまともに獲得できないことのほかにもう一つ社会生活に支障をきたす身体的コンプレックスがあって、なんでおまえはそんななのか?と自分からも親からも他人からも言われ続け生きてきた。
でもそれが私にとってのオリジナルなのであって、もし神様が出てきて違う体といれかえるか?と聞かれても
いえ結構ですと言おうと思う。