もう思い出せない

ここに来たのはあれ?銀歯取れちゃった?と思った日。
以前銀歯が取れた翌日入院になっちゃったことを思い出し嫌な予感に怯えたけど、大変ありがたいことにその翌日は無事に終わることが出来た。
急な入院に備えて床屋へ行こうなんて思っていたのも行く手方向に大渋滞を見たら嫌気がさして行かず。
そしてこれを書いてる今はそのまた翌日、予定されていた検査に行ってきた。
ここで2か月前と同じ状況だったならもう手術をしましょうねと言われてる。
おねがいします!なんて言ってるけどあなたの場合内視鏡を入れると必ず炎症を起こしますからそれは手術の直前に・・とか、結構怖い。

CTは造影剤を使わなかったので針も打たれないし撮影もあっという間に終わる。
費用も軽くなるかなと期待したけどやっぱり結構かかるのね。
医療保険で通院に対しても保証があるけれど全然足りない。ただ次が先生の話を聴くだけなのでその分を合わせると・・ありがたいね。
ほんとにありがたいかといえば毎月いくら払ってそれが何年と考えるとああこれ死んだときのために払ってんだなと思うに至るわけだけど、でも急な出費への精神的バッファみたいな意味はあってやっぱりありがたいのか。

数年前人のいる場に出て行くと親しくしてくれた人が保険屋さんだった縁で今の保険に変えた。はいいけどその人と2度とお会いできない形になっちゃったのでどうしようかなんて思ってた。
けど実際請求はスマホから簡単にできて今日も病院で会計待ってる間に終わっちゃう。ただそれだけの事だった。
死んじゃった時はさすがにスマホでというわけにはいかないだろうけど、それよりもういらんことを思い出したり書いたりするなと自分が言う。

帰り際、玄関がフラットじゃなくて戸の敷居が高くなってるのを見て心が揺らいだ。
私生まれてから3つくらいまでこんな古い借家に住んでたんだけど、そこにもこんな敷居があったかもしれない。またぐというのはできないから四つん這いで乗り越えたような記憶が微かに・・
あの頃遊ぼうと私を迎えに来てくれる子がいたような気がする。
のぶちゃん?
ショパンの晩年の手紙の中で、もう子供のころに歌った歌も思い出せません・・というのがどうも忘れられない。
あの人39だっけか。
https://www.youtube.com/watch?v=15UuB4sPbkU
これはショパンじゃないけど。
このピアニストも昔テレビの中でラヴェルを弾いて私に教えてくれた。俳優みたいなかっこいい人で。
あれもこれももう30年以上。

検査の後小さな台湾料理屋というのを見つけたので昼飯。
夫婦でやってるお店だけど超絶温かいもてなしで開始。
台湾出身というお母さんのお客さん喜ばせたくてしょうがない感がなんかすごいの。
なににする?からのランチは魯肉飯だけ固定であと2つの週替わりランチは2度と同じものを出したことがないそうだ。
やばい俺病人なのにこんなたくさん出てきちゃったと思ったけどおいしく食べちゃった。
全然くどくないし変な刺激もない素朴な味が毎日の家庭料理なんだろうなこれという感じ。
大嫌いなパクチーもいいアクセントだななんて思ったりして。
サラダもデザートもおいしい。

台湾の紅茶。3分経ったら葉っぱを出してね。熱かったら言ってねやってあげるから・・
結構な量のお茶を頂いてたら、もっと飲みたかったらお湯交わしてあげるから・・
これ食べてとみかんが出てきて・・腹病人だけど気持ちがうれしくて。
流れに乗せてまた自分は誰とも・・みたいなことを書こうとしていたんだけどいつもと同じ内容なのと思い出すなとか書くなと自分が言うから。
何か建設的なことが書きたいけれど何もしてないのでない。
腹は手術しないと完治しないと思うけど完治したらまた楽器をやる。
来年になっちゃうのかな。
今年は我慢の一年なんだと自分に言い聞かせ。