2022/02/09

読むんじゃなくて実際話さないとダメね。

石原慎太郎関連の記事を読んでいたら猪瀬直樹氏が副知事時代に「露悪的な太宰治の悪口などよく笑いあったものです」と振り返っ・・
露悪的って強がるようなイメージもあって自分を弱く傷つけて見せる自虐とは違うニュアンスを感じる
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太宰治の実家に昔行きました。
磨き抜かれたピッカピカの木の廊下と、ふすまの文字がどうのこうのと外でリンゴジュースを売ってるおばさんたちが素朴で近所の井戸端会議みたいだったことが印象に残ってる。

私は自分について話したり書いたりすればほとんどがその自虐になってしまい、それは多くの人から疎まれる行為であることも経験的に理解しているけれ・・いやそんなことが書きたいわけじゃなくて。
Wikipediaで太宰について読んでいたら三島由紀夫が出てきて太宰に対し批判的に「治りたがらない病人などには本当の病人の資格がない」と述べたというのが出てきた。
何度もあった練習する気もない癖にこんなところへ出てきてと言われたことを思い出す。
私がさんざんやってるつもりなのは練習なんかじゃないんだろうし結果がすべてだからね。
なんであれ、今日は何もしない。痛いんだよ腹が。
ネットにあった呼吸法という文章を読んで楽器無しでやってみたときも腹の幹部に異様な痛みを覚えまずいと思った。
のでそういうのもやらない。
ネット上にあるいろんな解説や指南みたいなものを読んでみる。散々読んだしそれでできるようになるならとっくになってるだとか言わずに
読んでるとあっ!みたいなのがでてきてやってみたくなってくるけど今日はやらない。
どうにもならない時にそういうのを見つけるとそれが希望の光みたいに見えちゃって出来なかったことが急にできるようになった世の中バラ色妄想が走ったりする。
でもせっかく得た肯定的な気持ちはある出来事であっさり消し去られた。
経験的にそういうの実際やってみるとすぐ意気消沈なのもわかっているんだけど、腹の傷を癒す数日間は勘違いさせておいてほしかった。
病院がくれるのは抗生剤とそれで死んじゃった腸内善玉菌を補完する錠剤だけ。
この傷は自分の治威力で治すしかないんだけどそのためにはある程度肯定的で強気な精神状態が必要だとも思う。
めげたりイラついたりしていると治りも遅れて緑膿菌とかが入ってきそうだよ。
青森行ったのも最近のようで日付を見たらもう15年前だった。
すぐにあなたは多くの月日を何もできないまま無駄にしたんですねみたいなのが出てくるんだけどうるせーよ。
ちょっと救われるようなこともあったりして、まだこの世をあきらめず。
今日はごく少量のおじやと豆腐の入ったスープを食べた。
豆腐って派手に主張しないようで確かな存在感があっておいしいよね。
太宰治も豆腐を好んだようなことを読んだ。
豆腐だからいいだろうなんて思ってたけれど全然違って結構なインパクトが腹に来てしまい。

あれね、なんか悲観的なトーンで書いてたけど仕事で若い人から教えてほしい的な要請を受け色々話しながら知っていることを・・
人と話をすること、自分が必要とされたと感じる事、役に立ったと感じる事みたいなのをほんの20分程度だけど経たらふさぎ込んだような気分がスーッと改善されてるのね。
ついでにずっと張ってた腹の違和感や痛みが引いてたりするのね。
逆に言うと私は自分は役に立たないと思い込む病に苛まれているんだけど、
だから楽器できるようになりたいし、なれないと腐るし
あと・・まいいや内緒。

あそうだ太宰の作品を読んではいないけどどっかでなんで自分がこんな人間になっちまったのかをほのめかしてるみたいじゃないないですか。
私も今自分が役に立たないと思ってる病になった理由を書こうと思ったけどでもやめる。

まああれね、人間と話をするというだけでもいいんだよね。
近所の人と漬物の話をするだけでも気分が入れ替わったことがあるし。

※コメントをいただきまして、どうもありがとうございました。