これからの人 定年後のある人とない人 そのずっと前の大事なところを諦めた人
歯医者で甘いものやめろと言われたのにとあるカフェに向かっていたところ、交差点で最近できたらしい店が目に入る。
グーグルマップで口コミを見るといきなり長文で貶されまくっていたので逆に入ってみたくなったりして。先日別なカフェで話した若いオーナーさんが同じような口コミで心を痛めてたのを思い出しながら・・あの時はその文句系口コミの方がおかしいと私は思った。
今回長文の主の言いたいことはわかるし実際そうだったんだろうなとは思うけれど、
の先は省略。それより座ってまってたら

こんにちわ!
え?
わかります?
一目見た瞬間からわかって仕方がないその人は全然違うところにある別なカフェでよくしてくれた店員さん。そこがやたらに有名になっちゃってもう俺の来る場所じゃないなとか思ってると私を見つけ親しく話しかけてくれて
店が混んでることと私の人生は関係ないのに毎回救われたような気になったりして
でなんでここに?
聞くと畑違いの会社員を定年になって夢をかなえたオーナー夫婦に接客ノウハウを買われて引き抜かれたんだそうで、全権をまかされみたいな話を嬉しそうに話してくれて。
なんだそれすごいなそれよりこんな全然違うところでたまたま入った店で遭遇できたのでお互い笑いがとまんなくなっちゃったりして

フランボワーズだっけ歯だけじゃなく内臓からも甘いもの控えなさいな私にとってはちょうどいいのかもねこれくらいが。
あのお姉さんが頑張ってるんならまた来ようかな
いろんな夢というか野望を持ってるみたいで
希望をもってやってる人ってなんだかすばらしいね。
場所もいいし開店したばかりだけどお客さんがどんどん入ってくるみたいで。実はいま勝負の時なのかもね。
うまくいきますように。
別な日に行ったクラシック音楽な喫茶店で

私ここのお皿アート結構くるなぁ
後ろで新聞を読みながらしばらくくつろいでいたお客さんは常連さんで毎日の日課なんだろう、まだ店に入る前からマスターが水とおしぼりを用意し何にも言わなくてもコーヒーが出てきて・・私は、冗談や自虐でなく経済的な面で私に定年後の悠々自適とかあまり想像もできないというかしないというか
マスターはよく途中の楽章までで別な曲に変えたりするんだけど、ベートーヴェンの7重奏曲は最後まで流れ次にはモーツァルトのグラン・パルティータがかかって長くクラリネット祭りだった。
クラリネット習ってますと言ったこと覚えてるかな関係ないかなどちらであれ挫折しましたとは言えないな。

目の前にグランドピアノがあるのを眺めつつピアノ習ってますってのは言っちゃいけないなとか
その後でっかい足音で入ってきた別なお客さんはLINEの着信音を乱発させ音楽になんか興味ない人だろうと思ったら会話からこないだの交響楽団とか指揮者とか・・なんだ俺よりずと音楽に近いところにいる。
誰にも何にも言われてないのに、音楽に縁がないのは俺かというような・・でも、
その間マスターがー私に向かって盤の説明をしてくれたり他のお客が帰った瞬間押さえていた音量をがっとあげてくれてああ俺に聴かせようとしてくれてるんだなと感じるとちょっと救われ
次にかかったのがグレングールドが弾くブラームスのインテルメッツォで、
https://www.youtube.com/watch?v=Az9c8Skylhk
作品117のあの温かい曲から
もう35年くらい前にグールドのモーツァルトを聴いた時にはなんだこれ?と思ったけれど何年か前に彼のショパン3番ソナタを聴いた時は衝撃を受けつついいねと思った。
今度のこれは少しの引っかかりもなくすごくよくて
私の勝手な解釈では作品117の3曲はつながっていて、
温かい家庭のような曲のあとに寂しさに気づいたような曲が来て、明るいことも言ってみるんだけれど

最後はつぶやきかけた気休めに首を振りながら暗いところへ沈んでしまう。
最後の曲は冒頭から闇が勝ち誇って暴れてるみたいで
彼には親しい人がありほんとの家族のように過ごしたらしいけれど、でも自分の血を引く家族と言いうものを持つことはなかった。
あの人40代に入ると人生大成功な曲をいくつか書き始めるけれど交響曲第3番の最後でもう俺は戦うのをやめてすべて受け入れるわと言っていると私は思っていて
諦め受け入れると次に来るのは
私は自分に覚えがあるので。
つぎに始まったOp118-6の

冒頭ショスタコーヴィッチみたいな単旋律に背筋が凍るじゃないけど衝撃を受ける。
聴いたその時は絶望みたいなものが心に残っちゃったし実際晩年のブラームスっていうのはそういうおっさんの心にくるものがあるんだと思うけれど
面白いのは
面白くないけどそれで気分も絶望的になったかというとそうじゃなく、何がかわからないけれど俺はまだ失敗で終わるわけじゃないんだからと思えたということ

全然気乗りしなかったけれどこのお店に来てみたら一番聞きたくない曲から始まって最も心に刺さる曲が流れて何か自分も次へつなげなくちゃいけないような気がして、こういうのは偶然じゃない気がしたり
それだけ。
毎日ピアノ練習しててもうすぐレッスン。
絵に描いたようにまた風邪ぶりかえした?みたいになっちゃってるけど
やりたいことがあればね。この先も。
これもしちゃんと読んでくれた人がいたら
どうもありがとうございます。
グーグルマップで口コミを見るといきなり長文で貶されまくっていたので逆に入ってみたくなったりして。先日別なカフェで話した若いオーナーさんが同じような口コミで心を痛めてたのを思い出しながら・・あの時はその文句系口コミの方がおかしいと私は思った。
今回長文の主の言いたいことはわかるし実際そうだったんだろうなとは思うけれど、
の先は省略。それより座ってまってたら

こんにちわ!
え?
わかります?
一目見た瞬間からわかって仕方がないその人は全然違うところにある別なカフェでよくしてくれた店員さん。そこがやたらに有名になっちゃってもう俺の来る場所じゃないなとか思ってると私を見つけ親しく話しかけてくれて
店が混んでることと私の人生は関係ないのに毎回救われたような気になったりして
でなんでここに?
聞くと畑違いの会社員を定年になって夢をかなえたオーナー夫婦に接客ノウハウを買われて引き抜かれたんだそうで、全権をまかされみたいな話を嬉しそうに話してくれて。
なんだそれすごいなそれよりこんな全然違うところでたまたま入った店で遭遇できたのでお互い笑いがとまんなくなっちゃったりして

フランボワーズだっけ歯だけじゃなく内臓からも甘いもの控えなさいな私にとってはちょうどいいのかもねこれくらいが。
あのお姉さんが頑張ってるんならまた来ようかな
いろんな夢というか野望を持ってるみたいで
希望をもってやってる人ってなんだかすばらしいね。
場所もいいし開店したばかりだけどお客さんがどんどん入ってくるみたいで。実はいま勝負の時なのかもね。
うまくいきますように。
別な日に行ったクラシック音楽な喫茶店で

私ここのお皿アート結構くるなぁ
後ろで新聞を読みながらしばらくくつろいでいたお客さんは常連さんで毎日の日課なんだろう、まだ店に入る前からマスターが水とおしぼりを用意し何にも言わなくてもコーヒーが出てきて・・私は、冗談や自虐でなく経済的な面で私に定年後の悠々自適とかあまり想像もできないというかしないというか
マスターはよく途中の楽章までで別な曲に変えたりするんだけど、ベートーヴェンの7重奏曲は最後まで流れ次にはモーツァルトのグラン・パルティータがかかって長くクラリネット祭りだった。
クラリネット習ってますと言ったこと覚えてるかな関係ないかなどちらであれ挫折しましたとは言えないな。

目の前にグランドピアノがあるのを眺めつつピアノ習ってますってのは言っちゃいけないなとか
その後でっかい足音で入ってきた別なお客さんはLINEの着信音を乱発させ音楽になんか興味ない人だろうと思ったら会話からこないだの交響楽団とか指揮者とか・・なんだ俺よりずと音楽に近いところにいる。
誰にも何にも言われてないのに、音楽に縁がないのは俺かというような・・でも、
その間マスターがー私に向かって盤の説明をしてくれたり他のお客が帰った瞬間押さえていた音量をがっとあげてくれてああ俺に聴かせようとしてくれてるんだなと感じるとちょっと救われ
次にかかったのがグレングールドが弾くブラームスのインテルメッツォで、
https://www.youtube.com/watch?v=Az9c8Skylhk
作品117のあの温かい曲から
もう35年くらい前にグールドのモーツァルトを聴いた時にはなんだこれ?と思ったけれど何年か前に彼のショパン3番ソナタを聴いた時は衝撃を受けつついいねと思った。
今度のこれは少しの引っかかりもなくすごくよくて
私の勝手な解釈では作品117の3曲はつながっていて、
温かい家庭のような曲のあとに寂しさに気づいたような曲が来て、明るいことも言ってみるんだけれど

最後はつぶやきかけた気休めに首を振りながら暗いところへ沈んでしまう。
最後の曲は冒頭から闇が勝ち誇って暴れてるみたいで
彼には親しい人がありほんとの家族のように過ごしたらしいけれど、でも自分の血を引く家族と言いうものを持つことはなかった。
あの人40代に入ると人生大成功な曲をいくつか書き始めるけれど交響曲第3番の最後でもう俺は戦うのをやめてすべて受け入れるわと言っていると私は思っていて
諦め受け入れると次に来るのは
私は自分に覚えがあるので。
つぎに始まったOp118-6の

冒頭ショスタコーヴィッチみたいな単旋律に背筋が凍るじゃないけど衝撃を受ける。
聴いたその時は絶望みたいなものが心に残っちゃったし実際晩年のブラームスっていうのはそういうおっさんの心にくるものがあるんだと思うけれど
面白いのは
面白くないけどそれで気分も絶望的になったかというとそうじゃなく、何がかわからないけれど俺はまだ失敗で終わるわけじゃないんだからと思えたということ

全然気乗りしなかったけれどこのお店に来てみたら一番聞きたくない曲から始まって最も心に刺さる曲が流れて何か自分も次へつなげなくちゃいけないような気がして、こういうのは偶然じゃない気がしたり
それだけ。
毎日ピアノ練習しててもうすぐレッスン。
絵に描いたようにまた風邪ぶりかえした?みたいになっちゃってるけど
やりたいことがあればね。この先も。
これもしちゃんと読んでくれた人がいたら
どうもありがとうございます。