人と合わせる

ものすごく暗く激しく雨が降ったかと思うとふっと日がさしたりするような天気があるけど、不安をあおるような案件に遭遇し悶々としているとちょっといいことがあり・・と思えばまた
逆らわないで流れに身を任せていればいいやと思うけれど、そうじゃなくて流されちゃいけないんだとも思う。
喫茶店でケーキセットを頼んだら

なんか豪華なのが出てきた。
メロンでもキウイでもなく何なのかはわからないシャーベットがさわやかで美味しかった。
先日レッスン中にこの先どんな曲をという話をしているとき、スルーされてもいいつもりでシューマンがペダルピアノのために書いた曲をドビュッシーが2台ピアノ用に編曲していて・・
意外にも聴くの好きな人って私たちより詳しかったりするんですよねとか言いながら楽譜も持ってるんならまず写真で送ってくださいと言ってくれて
長年そういうのは社交辞令で言ってるだけだからほんとに送ってもなんて思う人だったけどそんなこと言わずに

送ったら、これいつかやりましょうという返信が。
この曲、音楽を知ってすぐ位に出会った。
昔ちょうど今頃の季節、極度に孤立した自分にああ俺はどっかおかしいんだなと思ったのとその日頭の中にはずっとこの曲が流れてたのを覚えてる。
35年近くたった今日も全くおんなじをことを考えていて何も変わらないけれど、でも妄想じゃなくほんとにあれを弾けるとしたら
それも自己満足じゃなく人と2台のピアノで合わせられるんだとしたら
それだけでも生きててよかったかな。
そんな機会は自分にあるわけないと思ってた。
子供の情景をやるという事になって
やるなら全曲だとか思ってるけどなかなか険しいな
最初の曲、

中間のこの辺りは引っかかりながらでも楽譜をみて弾いていけるのに

最初の部分は自動的に事前に覚えて弾く式になってしまうのは
多分最初の小節の後半左手で頭がああこれ今の自分のキャパを超えてます駄目ですと思っちゃったからじゃないかと思う。
一度そう思っちゃうとどんなに楽譜を凝視してももう頭に入ってこない。
なんか、そういうもんみたい。
今のところ私の初見力は単純な2声まででそれを超えると対応不能。
でも希望はあってずっとこのままではないと思うので。
この音楽はそんな話とは無縁のところにあると思う。
これ書いてる間に抱えた状況が急展開して
周りは敵だらけだと思うこともあるけど、人に助けられて生きてるんだなと思うね。

スーパーの魚屋で見かけたつぶらな瞳