静かなところでいらんこと言わずに
連休であるけれどどこかへ行こうとも思えず近くの定食屋へ。
お歳を召した方が集まりでっかい声で盛り上がる内容は体の不調と医者の悪口・・だけど毒がないのね。ちゃんとフォローがあったり。
聴いててああ嫌だなここにいたくないなとか思わない。
むしろつられて笑いそうになる。

この前回と違い二人ともてんこ盛りのご飯が来て、嫁さんが食いきれない分をこっちへ分けてくるから・・
さすがに多いよこれ。
まーきれいに食べてくれてありがとうという声を後ろに聞きつつ、どこいこうか?
買い物に行く気もしない。
ドライブったって・・あそうだ

子供のころには牛や豚を飼ってる農家が近くにもあったよな。
まだこんなのが残っていた山の中へきたのは農家のカフェへ行ってみたかったから。
いつ頃からだったかグーグルマップ上からその存在が消えてた。
感染症問題か別な理由かでもうやめてしまったんだろうか・・

と思ったけど看板も出てるし
明かりが灯って旗も立って
よかった、やってるじゃない。

はいそうですね。
さっき大量に食ったばっかりだからそんなになんか食えるわけじゃないけど
何かちょっと飲ませてもらおうか。

お客さん誰もいないのは時間のせいかな。
マップから表示消えたことと関係あるだろうか?
連休なのに静かで私にとっては最高だけど。

冷たいお茶がきれい。
BGMでクラシック音楽が・・
クラシック音楽も色々で真っ暗で重い曲を聴くのが好きだけどだけどそんなのがBGMで流れてたらお店はつぶれちゃうだろう。流れてるのは親子で親しむクラシック名曲コンサートみたいなのでやりそうなのが並んだあの感じ。
でも喫茶店なんかでよく聞く安っぽいアレンジの入ったあの感じじゃなく演奏自体はかなりちゃんとしており聴いてていい感じ。
なんとなく雰囲気がそうなってればいいという理由で流れているのか、オーナーがこういうのが好きだから流しているのか・・
嫁さんは後者じゃないかという。
そういえば以前来たときは吹奏楽のなんかがずっと流れてたよな。

冷房が効いて涼しいけれど窓は開けてあり換気されてる。
梅雨が明けるとまたお店はいろいろ大変かもな。
涼しくて静かでとてもいい気分で音楽を聴いてるとあろうことか大序曲1812年が流れ出した。
確かにファミリーコンサートなんかでやりそうな音楽だけど、曲のおしまいにある祝砲や街中で鳴り響く鐘の音という場面でほんとに大砲を鳴らしてバカ騒ぎ的に喜んだりすることのある曲だ。そこを批判的にとらえて大駄作と見下す人も多い。
でも、それはそういう側面にばっかり目が行ってる結果であって落ち着いた眼で見ると主部なんかよくかけてていい曲だとも思うけどなぁ。
チャイコフスキー自身もこれはくだらない作品だとか言ってたらしいけど、これに限らず作曲家が自作について語った言葉を真に受けてはいけないと思う。
そんなことよりこの静かなお店があの音楽で満たされるのかと思うと・・
チャイコフスキーの音楽の特色はいくつもあるけどその一つの大きな要素として、リズムパターンをちょっとずらすことにより緊張と面白さを生じさせたリズムアタックみたいな場面があると思う。

楽譜上楽器としてCanonって書いちゃってあるのが笑うでしょう?
この曲大砲はリズムアタック的に歌っているだけでなくシンバルとの掛け合いみたいなものが生じて非常に面白いことになってる。
大砲なんて持ってこないで普通に大太鼓をたたかせても十分聞けるまさに天才作曲家の・・
で流れてくる音楽が最初の大砲炸裂な場面に差し掛かると、
はぁ?
大砲をリアルにやるはいいけど楽譜のリズムを無視し安っぽい演劇の効果音みたいにランダムな大砲の音がミキシングされて・・
台無しじゃない・・
なんていわない。書いてるけど。
私はそう思ったけどそうは思わずそれが好きな人もいるでしょう。
自分の好みと合わないものを聴くと、逆に自分は何がどうして好きなのかに気付かされたりするのね。
https://www.youtube.com/watch?v=8B5PSAD0QyY
この曲もクラシックに目覚めてすぐの夏休みにラジオで知り、同級生の親が買って聞かないままの全集からロリン・マゼールがウィーンフィルを振ったやつをテープにダビングしてもらった。
大砲は実砲じゃなくてシンセサイザーによるというのが1980年録音という感じですね。
たまたま持ってるいくつかの盤もそれ系であのころ流行ったんでしょうね。CDが出る直前、針を飛ばさずに再生できるか?みたいな頃、・・シンセサイザーってのもなんだかものすごいものみたいな頃。
いまクラシック音楽の録音にシンセサイザーな音がミキシングされてたりしたらかなり安っぽい印象になっちゃうだろうけど今とは違う背景の上に作られたものに文句を感じることもない。
鐘もどっかのリアル録音をミキシングしてるけど今聞くとちょっとわざとらしく聞こえないでもない。
でも駄目だとまでは思わないか。
合唱が出てくるのはいい感じ・・
と文句っぽく書いたけど昔散々聞いて刷り込まれてた盤なので愛着があったりして。
昔アマオケのコンサートでこの曲を聴いたときには2台の大太鼓が素晴らしい効果を上げていてリアル大砲とか変な効果音なんか全然いらないことを証明して聴かせてくれた。
その時チューブラーベルを狂ったように連打しているのも2台の大太鼓を爆打しているのも学ランとセーラー服を着た中学生の吹奏楽部員であった。
行きたくないけど付き合いで嫌々行った市民音楽祭みたいなのであったのだけど、
そんなコーダにうっかり感動した思い出。
実際、そんな大音量じゃないので何事もなかったかのように次の曲が流れ出す。

コーヒーフロートでもいただきましょう。
何年ぶりだろう?
黒蜜ゼリーだったかお菓子もくれた。
その後は月の光とか亡き王女のための・・とかしばらく静かでいい曲が続いてた。
お店の人に話しかけようかなとちょっと思ったけどやめた。
ドアのガラス前は透明じゃなかったっけ?とかなんでマップから消えたの?とか・・いらんことは言わなくていいんだと思う。
マップから消えたけど実はやってた店がもう一軒あるんだけど、もし近場の常連以外は来なくていいからみたいな話だったら自分の立場なくなっちゃうかな。
だけどここではそういうことも感じることがなく・・
非常に居心地がよかった。
音楽が好きなんですか?
は、なんでか知らないけどもっと聞けないな。
まあいいや。
またきましょう。
炭酸は糖分がなんて思って敬遠しちゃったけどメロンソーダフロートってのがあったと思う。クリームソーダだよね。
次は絶対それにする。
お歳を召した方が集まりでっかい声で盛り上がる内容は体の不調と医者の悪口・・だけど毒がないのね。ちゃんとフォローがあったり。
聴いててああ嫌だなここにいたくないなとか思わない。
むしろつられて笑いそうになる。

この前回と違い二人ともてんこ盛りのご飯が来て、嫁さんが食いきれない分をこっちへ分けてくるから・・
さすがに多いよこれ。
まーきれいに食べてくれてありがとうという声を後ろに聞きつつ、どこいこうか?
買い物に行く気もしない。
ドライブったって・・あそうだ

子供のころには牛や豚を飼ってる農家が近くにもあったよな。
まだこんなのが残っていた山の中へきたのは農家のカフェへ行ってみたかったから。
いつ頃からだったかグーグルマップ上からその存在が消えてた。
感染症問題か別な理由かでもうやめてしまったんだろうか・・

と思ったけど看板も出てるし
明かりが灯って旗も立って
よかった、やってるじゃない。

はいそうですね。
さっき大量に食ったばっかりだからそんなになんか食えるわけじゃないけど
何かちょっと飲ませてもらおうか。

お客さん誰もいないのは時間のせいかな。
マップから表示消えたことと関係あるだろうか?
連休なのに静かで私にとっては最高だけど。

冷たいお茶がきれい。
BGMでクラシック音楽が・・
クラシック音楽も色々で真っ暗で重い曲を聴くのが好きだけどだけどそんなのがBGMで流れてたらお店はつぶれちゃうだろう。流れてるのは親子で親しむクラシック名曲コンサートみたいなのでやりそうなのが並んだあの感じ。
でも喫茶店なんかでよく聞く安っぽいアレンジの入ったあの感じじゃなく演奏自体はかなりちゃんとしており聴いてていい感じ。
なんとなく雰囲気がそうなってればいいという理由で流れているのか、オーナーがこういうのが好きだから流しているのか・・
嫁さんは後者じゃないかという。
そういえば以前来たときは吹奏楽のなんかがずっと流れてたよな。

冷房が効いて涼しいけれど窓は開けてあり換気されてる。
梅雨が明けるとまたお店はいろいろ大変かもな。
涼しくて静かでとてもいい気分で音楽を聴いてるとあろうことか大序曲1812年が流れ出した。
確かにファミリーコンサートなんかでやりそうな音楽だけど、曲のおしまいにある祝砲や街中で鳴り響く鐘の音という場面でほんとに大砲を鳴らしてバカ騒ぎ的に喜んだりすることのある曲だ。そこを批判的にとらえて大駄作と見下す人も多い。
でも、それはそういう側面にばっかり目が行ってる結果であって落ち着いた眼で見ると主部なんかよくかけてていい曲だとも思うけどなぁ。
チャイコフスキー自身もこれはくだらない作品だとか言ってたらしいけど、これに限らず作曲家が自作について語った言葉を真に受けてはいけないと思う。
そんなことよりこの静かなお店があの音楽で満たされるのかと思うと・・
チャイコフスキーの音楽の特色はいくつもあるけどその一つの大きな要素として、リズムパターンをちょっとずらすことにより緊張と面白さを生じさせたリズムアタックみたいな場面があると思う。

楽譜上楽器としてCanonって書いちゃってあるのが笑うでしょう?
この曲大砲はリズムアタック的に歌っているだけでなくシンバルとの掛け合いみたいなものが生じて非常に面白いことになってる。
大砲なんて持ってこないで普通に大太鼓をたたかせても十分聞けるまさに天才作曲家の・・
で流れてくる音楽が最初の大砲炸裂な場面に差し掛かると、
はぁ?
大砲をリアルにやるはいいけど楽譜のリズムを無視し安っぽい演劇の効果音みたいにランダムな大砲の音がミキシングされて・・
台無しじゃない・・
なんていわない。書いてるけど。
私はそう思ったけどそうは思わずそれが好きな人もいるでしょう。
自分の好みと合わないものを聴くと、逆に自分は何がどうして好きなのかに気付かされたりするのね。
https://www.youtube.com/watch?v=8B5PSAD0QyY
この曲もクラシックに目覚めてすぐの夏休みにラジオで知り、同級生の親が買って聞かないままの全集からロリン・マゼールがウィーンフィルを振ったやつをテープにダビングしてもらった。
大砲は実砲じゃなくてシンセサイザーによるというのが1980年録音という感じですね。
たまたま持ってるいくつかの盤もそれ系であのころ流行ったんでしょうね。CDが出る直前、針を飛ばさずに再生できるか?みたいな頃、・・シンセサイザーってのもなんだかものすごいものみたいな頃。
いまクラシック音楽の録音にシンセサイザーな音がミキシングされてたりしたらかなり安っぽい印象になっちゃうだろうけど今とは違う背景の上に作られたものに文句を感じることもない。
鐘もどっかのリアル録音をミキシングしてるけど今聞くとちょっとわざとらしく聞こえないでもない。
でも駄目だとまでは思わないか。
合唱が出てくるのはいい感じ・・
と文句っぽく書いたけど昔散々聞いて刷り込まれてた盤なので愛着があったりして。
昔アマオケのコンサートでこの曲を聴いたときには2台の大太鼓が素晴らしい効果を上げていてリアル大砲とか変な効果音なんか全然いらないことを証明して聴かせてくれた。
その時チューブラーベルを狂ったように連打しているのも2台の大太鼓を爆打しているのも学ランとセーラー服を着た中学生の吹奏楽部員であった。
行きたくないけど付き合いで嫌々行った市民音楽祭みたいなのであったのだけど、
そんなコーダにうっかり感動した思い出。
実際、そんな大音量じゃないので何事もなかったかのように次の曲が流れ出す。

コーヒーフロートでもいただきましょう。
何年ぶりだろう?
黒蜜ゼリーだったかお菓子もくれた。
その後は月の光とか亡き王女のための・・とかしばらく静かでいい曲が続いてた。
お店の人に話しかけようかなとちょっと思ったけどやめた。
ドアのガラス前は透明じゃなかったっけ?とかなんでマップから消えたの?とか・・いらんことは言わなくていいんだと思う。
マップから消えたけど実はやってた店がもう一軒あるんだけど、もし近場の常連以外は来なくていいからみたいな話だったら自分の立場なくなっちゃうかな。
だけどここではそういうことも感じることがなく・・
非常に居心地がよかった。
音楽が好きなんですか?
は、なんでか知らないけどもっと聞けないな。
まあいいや。
またきましょう。
炭酸は糖分がなんて思って敬遠しちゃったけどメロンソーダフロートってのがあったと思う。クリームソーダだよね。
次は絶対それにする。
Comment
初コメですよね。
前回ですが1,000記事おめでとうございます。こちらに訪問したきっかけは確かショスタコーヴィチでググった結果だったはずです。
私は鮎釣り上達のための備忘録としてブログを始めたのですが、今では目的がだいぶ変わってきています。
チャイコフスキーの1812は娘が高校3年生の時にマーチングで演奏した曲で非常に思いで深く大好きな曲です。
今後もよろしくお願いいたします。
怪しい鱗人さん、こんにちは
コメントを頂けてうれしいです。
打ち込んでること、好きな事の一本通った人は強いというか
いいですよね。
ブログを読んでいてそう思います。
私もそうなりたいなぁと思います。
1812年思い出の曲何ですね。
やった思い出っていうのも強いなぁ。
どうもありがとうございました。
こんにちは。
心模様が出ているような爽やかな緑がいっぱいですね。
お茶の緑も!
yokoblueplanetさん、こんにちは
ほんとですね。
まわりがその緑を浮き立たせてくれてると思います。
やっぱり単独じゃなく、いろんなものの中でのそれっていうのが大切なんでしょうか。
どうもありがとうございました。