2022/02/24

ストーカーみたいかな

これを書いてる今は休日でレッスン前日。
楽器、これはもうご縁がないのかな状態で明日のことが頭をかすめ心は腐る。
それでここにひどいことを書いたりしてたけど、それじゃああんまりだろう。

昼はまたなんか買って外でと言ったら嫁さんが弁当屋の広告を持ってきた。
事前に電話をして取りに行き
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車で山に上がってこんな景色を見ながら。
考えてみると変に気取った店より景色はいいかもしれない。
食事中にこんな景色の見える家に住んでいたら人生違ったかなと思う事があるけれど、その前に人生が違ってないとそんなところには住んでないのか。
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それで、まぐろフライ弁当。
今私揚げ物は避けたいんだけどフライじゃないのもみんなこってり肉系だし。
マグロって火が通ると肉のような迫力と肉にはない美味しさがありますよね。
奥のは玉ねぎでその裏のはなんかよくわかんなかった。
明るい日差しのもと食べる弁当は美味しくて気分も回復・・原因解決してないからすぐ元に戻っちゃうんだけどね。

音楽ごと嫌いになってしまいそうなときは音楽を好きになった時のことを思い出して
13歳くらい、ブラームスなんて音楽の教科書で見た肖像画と小学校で聞いたハンガリー舞曲しか知らずその印象から胡散臭い爺くらいに思ってた

https://www.youtube.com/watch?v=UCxau-HDBqU
そのブラームスのピアノ協奏曲第1番をテレビで始めて聴いて、何だこれ的な冒頭から衝撃的ではあったけれどそれより最初にピアノが出てくるところでいろんなものが吹き飛んだ。
美しいけれど触れば壊れそうな青い花というか‥ブラームスってこんな人だったの!?
あの感動がその後35年間くらい私を音楽にひきつけ続けているのかなと思ったりもする。
このCDの演奏はあんまり好きになれないけどその時テレビの中で弾いてたのはこの人で、今でもその姿や動作ごと焼き付いて忘れられない。
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そのピアノの出だしを20代前半のブラームスの手による自筆で見ることが出来また感動する。
まだ、音楽まで嫌になってはいないみたい。
ブラームスも結構悪筆だと思うけどやっぱり駆け出しのころの意欲作はそのまま使えるくらいに綺麗に書いてあるもんなんですね。

10代で頭がいかれた時も、その後あらゆることに目も耳もふさいで生きていた時もずっと音楽を聴いてた。
いつも音楽だけはそこにあってくれたなんて思ってたけど、一方的なストーカみたいなもんで実は相手は嫌がってるのかもしれないと感じることが・・ないけどさ。
楽器、今度変なやめ方をするともう音楽も聞けなくなるんじゃないかと思う事がある。
35年連れ添ったじゃないけれど、急になくなっちゃったらどうなっちゃうんだろうか。
夜になってまた練習をしたけれどもはや練習と言える状態ではなく。
もう音階もできないくて、うまい下手とか楽しむとかそういう話じゃないんですよ
自分が病的にできないこともそうだけど第三者から・・
追い詰められちゃって、逃げたい気持ちが悲鳴を上げてるのね。
どこまで逃げたって俺は俺でしかないのも知ってます。
今日は何を書いてもこうなっちゃうから
明日はもっとひどいと思うけど

ご縁がないならないで
どうか、
もうちょっとうまくやれますように。

※いつもコメントをいただき、ありがとうございます。