遠くのあの場所

帰宅すると犬が散歩に出かけるところだった。
犬が一緒に行こうよ!と言ってくれるので一緒に散歩に出掛けた。

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途中、遠くの山の上に明かりが見えます。かなり遠く、高い山の上。
私が子供のころから暗くなるとあそこにあの明かりが見えていた。
あそこにはなにがあるんだろう?そう思いながら20年くらいがたった時、双眼鏡であそこを見ると白く丸いものが見える。
どうしてもその丸が見てみたくなっていってみた。
そこにあったのは

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こんなの・・
あんたか、光ってたのは・・子供のころから毎日見てたんだよ・・・
でも、それ以上の何物でもない。この電灯がよく来たね・・なんて言ってくれるわけもない。
一度しっかりその実態を知ったほうがいいとも思うけれど、よくわからないままふもとから
どこの明かりだろう?何を照らしているんだろう?なんて思いながら眺めているくらいのほうがいいのかもなと思ったりもする。

人も、音楽も、みんなそうかもしれない。
私が勝手にこうだと解釈しているそれでいいにしておいた方がいいかもしれない。
無駄に真実なんて欲しがらなくていいか・・

ヘンリク・グレツキというポーランドの作曲家の交響曲第3番『悲歌の交響曲』
17~8年前くらいに話題になりました。
イギリスでラジオ局が第2楽章を繰り返しかけたところ話題となり、CDがやたらに売れたらしい。
その話を聞いて自分もCDを買いに行きました。当時すでに街のレコード屋、少なくともクラシックコーナーは絶滅寸前となっていてショックを受けた記憶があります。でもなぜかこの曲(別な演奏者)は売ってた。



その騒ぎの件で印象に残っているのは、当時まだ健在だった作曲家に「この交響曲をどうして書こうと思ったのか教えてください」みたいなインタビュー。
その答えは
「昔のことなので、もう忘れました」
であった。
忘れるわけなんかないはずだ。
でもここで調子に乗ってペラペラしゃべるようなら芸術家として3流だと俺は思う。
お前が言うなという話でしょうけど・・ものをどう感じるかは私の勝手だから。

買って来たCDはたしか1度か2度聞いてふーんなんて思ったきりしまいっぱなしでした。
今日、18年ぶりくらいに聴いてみた。
そんな前に1度聞いただけなのに結構覚えているもんだな・・
第一楽章はシンプルなつくりだけど、この世の悲しみが全部集まってきて通過していくようにも聞こえる。
私は今少し悲しい気持ちでいるんだけど、でもこんなに悲しくはない。
この音楽に比べたら、私は少しも悲しくない。
私は大丈夫だ。

小学校の頃、山の上の農道を上っていくとあの光のあたりへ行けるらしいということを知ってどうしても行ってみたくなった。
ある日決意して弁当を持って山道を歩いて登ってみたのですが、どれだけ歩いても森が続くだけなのに負けてしまい途中で帰ってきてしまいまいました。あのカーブを曲がると頂上が・・・みえない・・とかやっていたのを微かに思い出します。
中学生になって、別なルートからだけど自転車であの山に登頂することができた。
どちらも別な友達といっしょに・・
書きながら思い出したけれど、俺にも友達がいたんだな・・

諦めたあの道は車に乗れるようになって行ってみました。
どれくらいまで頑張れていたのかが知りたかったけれどよくわからなかった。
頂上付近で行き止まりになるその場所は何もないけれど素晴らしい景色で気持ちよく、宿題が終わったみたいでちょっとうれしかった。
その後不法投棄対策か何かでその道は立ち入り禁止となりもう行くことはできない。
いけるうちに行っておいてよかった。
真実なんかいらないけど、知りたい気持ちも大事にもしたいか。

Tag:音楽を聴く話  Trackback:0 comment:0 

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