後悔

月と夜のユリ
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何も言いませんが花も何か感じて考えてる気がします。
なんでか知らないけれど今年はいつもよりユリがたくさん咲いてくれた。
にぎやかで少しうれしい。
そしてあっという間に花を落とすんですね。

腸の付近が痛くて仕方なかった件は落ち着いてきた。
再度医者へと思ったりもしたけれどこのまま終わっていくと思う。
あほかと言われそうですが一瞬大腸がん勃発か?とか頭をよぎる。
癌で亡くなった父がいよいよ避けられないものが見えてきた頃、なぜあの時医者へ行かなかったのか・・と何度も悔やんでいたのを思い出した。
実際にはそのはるか前から医者にはその後の展開が見えていたと思う。その悔やんでいる段階で病院へ行ったとしても結果的には同じような状況を迎えていたような気もする。
それよりあれを思い出すのは、自分は繰り返すなという事だろうと思う。

私もかつて肝臓を悪くして入院したことがあり、よくわからないけれど一時は何かの数値が医者も驚く値だったようだ。
振り返れば予兆はかなり前から色々な形で出ていたのだけれど、自分で風邪だと決めつけていた。
普段通っていた医者も私の話を受けて風邪薬みたいなのを出していたんじゃなかったかと思う。
体が食べ物を全く受け付けないのも風邪で胃がやられたのだろうと思っていた。湿疹や激痛は風邪じゃ説明できないのに。
熱で仕事も手につかなくなったので中座して別な病院へ駆け込んでみたところ
紹介状を書くからすぐあの病院へ行きなさい。
は?なんていったら君は命をというものをどう考えているんだと叱責された。
入院先で同室となった人から肝臓がんで急逝した同僚の机から胃薬が大量に出てきたという話を聞き、他人事じゃないと思った。
あのまま放っといたらどうなっていたんだろう?
後悔してもしきれない・・となる所だったのだろうか。

昔、なんとなく読んでいたブログがあり内容から見て年齢は私とかなり近い人だったと思う。
更新も途絶えてしばらく見ることもなかったそのブログを久々に見てみると更新されて・・いたのだけれど末期がんで手の打ちようがないことを告白する内容だった。
ネットだからそれ自体ネタ・・みたいな可能性もあるけれど、それならそのほうがいいと思う。
体の異変はいろいろとあったようだけれど癌とは気づかず放置していたようだ。
非情に冷静に無駄のない形で書かれたそれは、もう心の整理が済んだ後であることをうかがわせた。

普段自分が死ぬわけないと思っているけれど、考えてみればそれは何の根拠もないことだ。
しかし私はまだ死にたくない。
情けない人生でも死にたくない。

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あさ、通勤途上に何気なく見た富士山。
え?
なに怒ってんだよそんなに・・
これからこの世がひっくり返りそうなこの光景が衝撃的で朝から大回りをして通り過ぎたこの場所へ戻って写真を撮った。
わざわざ戻ったのは、撮らなかった後悔みたいなのが残るとがうざいと思ったから。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=430&v=_JlGS1m1PL4

関係ないけど数日前から私の頭の中でこの曲のこの辺が勝手に鳴り響いていた。
鳴ってたのはこの録音じゃないけどまあいいや。
なんかこの辺ぽい・・・
ハチャトリアンの名はクラシックを嫌いな人でも知っているでしょうか?ガイーヌは知らなくても剣の舞は知っているでしょう?
小学生の時音楽発表会みたいなのでどこかのクラスの子がやったのを覚えてる。
メロディオンとかじゃないか?
ピッコロのパートがグロッケンにアレンジされていていかにもできますみたいな女の子が合やっていたのが今でも耳に残っている。が
しかしなぜか私は続ぎの舞が聞こえると何だか馬鹿にされてるような気がして・・
それ以外の曲はみんな好き。
この人変な曲もあるけれどわかりやすい曲も多くていいですよね。


誰でもそうだろうけれど、仕事をしていれば意見のぶつかり合いとなる場面が訪れる。
相手が上長である場合もある。
よくそういうのを得意げに武勇伝として語りたがる人がいますが言いたいのはそんなことじゃない。
仮に自分の主張が通り、それは正しいことだと信じていたとしても、その後必ず機械的な自己批判が開始される。
もっとうまい言い方はなかったのか、相手の主張を受け入れられなかったのか・・そもそも私は主張すべきじゃなかったのじゃないのか・・
幼い頃から虐げられていると感じコンプレックスとなっているためだろう、相手が反発していると感じると自分も高圧的になるところがあると思う。
上長へそんなことを繰り返していれば、いつか私の立場は非常に厳しいものとなる日が来るだろう。
その兆候もすでに読み取れる。
実は今これを書いている今日もそんなことがあり心中は波立ったままだ。
しかしこれ、いらないんじゃないだろうか?
仮に今日何も言わなかったとしても、そのことが別な自己批判を引き起こすだろう。
押し付けた不満は形を変え圧力を増して後日取り返しがつかないことを引き起こすかもしれない。
この自己批判や後悔は、実際の出来事とあまり関係ない気もする。
無駄に後悔する癖があるかもしれない。
まぁ、いいや。
明日は休みだ。
どっか行ってうまいもんでも食おう。
もっと涼しくなったら犬も一緒に行こう。


私は何にもできないしやらない人間なのに、後悔だらけだ。
いろんなことを昨日のように思い出し、そこへ行ってやり直したいと願い続けたりしていた。
今はもう、そうは思わない。
何度戻ってみたところで同じ。
私が私である以上、その後またおんなじコースを同じようにたどってここへ来る事を実感的に確信している。

アマチュア吹奏楽団にはいって結局何にもできないままみっともなく逃げ出して終わった事を何度か書いていてほかにないのかという感じだけれど、私は30年近く前にも同じことをしている。
もし、あそこで投げ出さずやれる楽器を続けていたなら・・なんていうのを何度も考えてきた。
それはグダグダ言ってないでやってみればいいだけの話じゃないか・・と言うお告げが来たのでそれもそうだと思いやってみた。
やってみると、忘れていた何故駄目だったのか、何が嫌だったのかを実感的に思い出しただけでなく、付随する色々なことがいいことも悪いこともあの頃と同じように起こり、同じ経過をたどっていったのに自分で驚いた。
ある夜、もうだめだこれで終わるんだなという時に思った。
これは見たくて仕方なかった、あるはずだったあの続きを見せてもらったというこのなんだなと。
もしあそこで投げ出していなかったら・・・もうしばらく先で結局投げ出していたんだろうと思う。
ただその間少しくらいいいこともあっただろう。
しかしそれも自分の都合のいいシナリオ通りにはいかずみっともなく中断して結局トラウマになっていたと思う。
嫌な結果ではあるが非常に説得力があり妙に納得できた。
みっともない形で終わりはしたけれど、もう一度やってみようと思ったことは全く後悔はしていない。
さらにもう一度・・くらいな気もあるけれど、今度は何か違うやり方じゃないといけないだろうとは思う。
音楽じゃなくてもいいので、死ぬ時に俺はこれをやったというのを見つけたいなぁ。
なにも探さないと後悔すると思う。

Tag:ハチャトリアン  Trackback:0 comment:0 

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