初氷から思い出したいくつかのこと
もう数日前になるけれど、
やけに寒いなと思っていたら

車のガラスが凍ってた。
今年初。
氷といえばラヴェルに弟子入りした人が残した本のなかに毎日夕方になると機械式製氷機のハンドルを回し続けるのが日課だった・・・というようなことが書かれてあった。
とても面白かったので大事にしまってあるその本を今読み直す気がないため詳細は忘れたままだけど、ハンドルを回すのは同情せざるを得ないようなとても長い時間だった気がする。
散々回すと、小さな氷が一つ出来上がる。それを入れたカクテルを飲むことをラヴェルはとても楽しみにしていた。
家庭に冷蔵庫なんかなかった時代、それはとても美味しかったでしょうね。
仕組み的にはコンプレッサーを手で駆動みたいな話か・考えてみると冷凍庫の基本原理は100年くらい変わってないということ?
日本人はビールを冷やして飲むけれど中国人は常温で飲むそうだ。
私は飲まないのでかまわないけれど何だか気持ち悪そうだ。
仕事で日本へ来た中国人とその辺へ飯を食いに行ったとき、
「なんでいちいち冷たい水が出てくるんだ?」
え?どこでもそうだよ。
「氷が入ってるじゃないか!」
と不可解な顔をしているので
もてなしの気持ちだろ?というと
「今は冬だぞ!?寒いのに冷たい水?」
おまえらあほか?みたいな顔してた。
なるほど話の筋は通っているし気持ちはわからないでもない。でもそういうのお互い様だとも思う。
みんな正しいと信じているものなんてたまたま周りがそうだったくらいなもんでしかないのかもしれない。
常識や気持ちの解釈なんて場所が変わればひっくり返っちゃうものなんでしょうね。
どんなものでも何が正しいかとか俺は正しいとかムキになったってしょうがないんだよな。
そしてなんとなく逃げてる感じだった中国出張が確定した。
それがどうしたというところでしょうけどいろいろあって。
チャンスととらえてと思うけれど同時にリスクを背負う役が登場みたいな側面もあると思う。
そんなのあたりまえか。
あったっていいよなるようになるだけ。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=0&v=1VA7OLh-2ZA
中国と酒といえばこの曲。
1曲目は「大地の哀愁に寄せる酒の歌」
これを初めて聴いたのは高校に入った頃。
ネットもない時代CDジャーナルという雑誌が毎月の情報源で、巻末にあったはがきにCDのカタログ番号を書き入れて送ると廃盤でない限りどんな盤でもゆうパックで送られてきた。
今じゃ考えられないけれど料金は同封された振込用紙による後払いで、この盤の代金を振り込みに農協の派出所みたいなところに歩いたときの映像がなぜか焼き付いている。草も田んぼも枯れている、冬だったのか。
30年も前の録音かぁ・・なんて思ったあの時からもう30年だもんな。
農協はたたんで駐車場となり、お世話になったベルトランという通販会社はAmazonの前じゃなすすべもなかっただろう検索しても誰かの思い出話すら見つけられない。
初めて買ったCDジャーナルは偶然なんだろうけどその後も興味を持ち続けるいくつかのことが記事になっていた。
なくなってしまったその一冊がどうしても見たくて数年前国会図書館に行ってみるとあの一冊と再会することができた。宝物みたいに何度も何度も読んだためか隅の方のちっちゃな広告まで頭にコピーされていたことを知り懐かしかった。
あの頃の紙面は流行歌の他ジャズも洋楽もクラシックも演歌もまたく分け隔てなく同じように扱われているうえ、かなりまじめで踏み込んだ論調もありいろんなことを教えてもらえた。
虹色に光るあの盤がまだ未来技術の象徴みたいな印象で扱われていたころ。
雑誌自体は今でもあるようだけどいまの中高生はもうCDなんか見たこともないんじゃないのかな?
当時の私にはまだこの音楽は理解できず、かっこいいと思った冒頭の3分間くらいだけど何度も聴いてたような記憶が。

この辺りに萌えた覚えていた・・
今はそういう聞き方はしないけれど、流して聴けばさっと通り過ぎちゃうここも譜面を見ればいちいち細かく書きこんであっても見てると萌える。
この曲が自分にとって大事なものだと思うようになるのはもう10年くらいかかった。
いつも酒が絡んでいる交響曲大地の歌のテーマは生と死、最終的には死を受け入れること。
ほんとに身に染みるのはこれからかもしれない。
その後私は頭がいかれて暗黒の地獄を一人で生きているような気分で何年か過ごし今も引きずっているけれど、何にもできない私に唯一音楽を聴くという事がいつもあってくれたおかげで何とか生きた。
ありがとう音楽。
そういえば自分が下戸だと悟ったのは中学のころ知人宅でカクテルを飲もうという話になった時だった。
何が起こったのか理解できなかったし、それが自分にとってどういう意味なすのかはまだわからなかった。
人は昔話ばかりするようになると終わりが近い気がするけどまだそんなのじゃないよ。
最近新しいことを初めて今はそれが心の支え。

朝顔は12月に入ってもつぼみをつけてくれてうれしかった。
そのつぼみはもう開くことができなかったけれど。
ありがとう。
頑張った朝顔にお前も今からでもなんか頑張れよと言われた気がする。
ほんとだね。
なんかやるよ。
すだちは採らずにほっといたら黄色くなった。

富士山もまた新しい雪を受けて綺麗に化粧してた。

元気になったと思った犬は今朝またくだしてた。
でも食欲はあるってなんなんだ?
冷えるからね。
あったかくして、がんばろ。
やけに寒いなと思っていたら

車のガラスが凍ってた。
今年初。
氷といえばラヴェルに弟子入りした人が残した本のなかに毎日夕方になると機械式製氷機のハンドルを回し続けるのが日課だった・・・というようなことが書かれてあった。
とても面白かったので大事にしまってあるその本を今読み直す気がないため詳細は忘れたままだけど、ハンドルを回すのは同情せざるを得ないようなとても長い時間だった気がする。
散々回すと、小さな氷が一つ出来上がる。それを入れたカクテルを飲むことをラヴェルはとても楽しみにしていた。
家庭に冷蔵庫なんかなかった時代、それはとても美味しかったでしょうね。
仕組み的にはコンプレッサーを手で駆動みたいな話か・考えてみると冷凍庫の基本原理は100年くらい変わってないということ?
日本人はビールを冷やして飲むけれど中国人は常温で飲むそうだ。
私は飲まないのでかまわないけれど何だか気持ち悪そうだ。
仕事で日本へ来た中国人とその辺へ飯を食いに行ったとき、
「なんでいちいち冷たい水が出てくるんだ?」
え?どこでもそうだよ。
「氷が入ってるじゃないか!」
と不可解な顔をしているので
もてなしの気持ちだろ?というと
「今は冬だぞ!?寒いのに冷たい水?」
おまえらあほか?みたいな顔してた。
なるほど話の筋は通っているし気持ちはわからないでもない。でもそういうのお互い様だとも思う。
みんな正しいと信じているものなんてたまたま周りがそうだったくらいなもんでしかないのかもしれない。
常識や気持ちの解釈なんて場所が変わればひっくり返っちゃうものなんでしょうね。
どんなものでも何が正しいかとか俺は正しいとかムキになったってしょうがないんだよな。
そしてなんとなく逃げてる感じだった中国出張が確定した。
それがどうしたというところでしょうけどいろいろあって。
チャンスととらえてと思うけれど同時にリスクを背負う役が登場みたいな側面もあると思う。
そんなのあたりまえか。
あったっていいよなるようになるだけ。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=0&v=1VA7OLh-2ZA
中国と酒といえばこの曲。
1曲目は「大地の哀愁に寄せる酒の歌」
これを初めて聴いたのは高校に入った頃。
ネットもない時代CDジャーナルという雑誌が毎月の情報源で、巻末にあったはがきにCDのカタログ番号を書き入れて送ると廃盤でない限りどんな盤でもゆうパックで送られてきた。
今じゃ考えられないけれど料金は同封された振込用紙による後払いで、この盤の代金を振り込みに農協の派出所みたいなところに歩いたときの映像がなぜか焼き付いている。草も田んぼも枯れている、冬だったのか。
30年も前の録音かぁ・・なんて思ったあの時からもう30年だもんな。
農協はたたんで駐車場となり、お世話になったベルトランという通販会社はAmazonの前じゃなすすべもなかっただろう検索しても誰かの思い出話すら見つけられない。
初めて買ったCDジャーナルは偶然なんだろうけどその後も興味を持ち続けるいくつかのことが記事になっていた。
なくなってしまったその一冊がどうしても見たくて数年前国会図書館に行ってみるとあの一冊と再会することができた。宝物みたいに何度も何度も読んだためか隅の方のちっちゃな広告まで頭にコピーされていたことを知り懐かしかった。
あの頃の紙面は流行歌の他ジャズも洋楽もクラシックも演歌もまたく分け隔てなく同じように扱われているうえ、かなりまじめで踏み込んだ論調もありいろんなことを教えてもらえた。
虹色に光るあの盤がまだ未来技術の象徴みたいな印象で扱われていたころ。
雑誌自体は今でもあるようだけどいまの中高生はもうCDなんか見たこともないんじゃないのかな?
当時の私にはまだこの音楽は理解できず、かっこいいと思った冒頭の3分間くらいだけど何度も聴いてたような記憶が。

この辺りに萌えた覚えていた・・
今はそういう聞き方はしないけれど、流して聴けばさっと通り過ぎちゃうここも譜面を見ればいちいち細かく書きこんであっても見てると萌える。
この曲が自分にとって大事なものだと思うようになるのはもう10年くらいかかった。
いつも酒が絡んでいる交響曲大地の歌のテーマは生と死、最終的には死を受け入れること。
ほんとに身に染みるのはこれからかもしれない。
その後私は頭がいかれて暗黒の地獄を一人で生きているような気分で何年か過ごし今も引きずっているけれど、何にもできない私に唯一音楽を聴くという事がいつもあってくれたおかげで何とか生きた。
ありがとう音楽。
そういえば自分が下戸だと悟ったのは中学のころ知人宅でカクテルを飲もうという話になった時だった。
何が起こったのか理解できなかったし、それが自分にとってどういう意味なすのかはまだわからなかった。
人は昔話ばかりするようになると終わりが近い気がするけどまだそんなのじゃないよ。
最近新しいことを初めて今はそれが心の支え。

朝顔は12月に入ってもつぼみをつけてくれてうれしかった。
そのつぼみはもう開くことができなかったけれど。
ありがとう。
頑張った朝顔にお前も今からでもなんか頑張れよと言われた気がする。
ほんとだね。
なんかやるよ。
すだちは採らずにほっといたら黄色くなった。

富士山もまた新しい雪を受けて綺麗に化粧してた。

元気になったと思った犬は今朝またくだしてた。
でも食欲はあるってなんなんだ?
冷えるからね。
あったかくして、がんばろ。
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